あけましておめでとうございます。宇野常寛です。
2021年も、よろしくお願いします。
2020年は、僕たちにとって節目の1年になりました。インターネットをもう一度「考える」場にするために、一石を投じたい。そう考えていた僕たちは「遅いインターネット」という運動をはじめました。どうして「遅い」インターネットなのか? 詳しいことは昨年に僕が出したこの本に書いたのですが、かいつまんで言えばいまのインターネットは人間の情報に対する「速さ」を均質にすることで人間から思考力を奪っていると考えたからです。タイムラインの潮目を読んで、シェアされるニュースにYESかNOかで態度表明をするとき、果たしてユーザーはその問題についてきちんと考えているでしょうか。そこで語られる問題そのものが妥当なものなのかを検討しているでしょうか。ニュースのソースを確認しているでしょうか。同じニュースを報じる記事を、比較検討しているでしょうか。僕たちはいまの「速い」インターネットは、こうした思考の機会を奪っていると考えました。
そこで僕たちは、タイムラインの潮目を読む必要のない、そうした場所から遠く離れた位置からの情報発信を行う基地を建設することにしました。5年、10年と読みつがれるものを、ゆっくりと味わってもらえる記事を、あらかじめ望まれていた結論をサプリメントのように与えて安心させるのではなく、むしろ惑わせ、考えさせる記事を無料で公開し、かつてネットサーフィンということばが輝いていたころのように、宝探しをするようにインターネットの記事を探す。そんな体験を取り戻す運動を、問題提起的に展開すること。そしてこうした良質な記事の書き手を、自分たちの手で養成すること。そんな運動を、コツコツとはじめました。
もちろんこれは小さい、まだびっくりするくらい小さい、ささやかな運動です。しかし、こうした小さな運動が何年も、何十年も続いていれば、たぶん僕たちはひとつのモデルケースになると思います。こういうやり方をすれば、タイムラインの潮目を読んで汚いことをしなくても、業界の空気を読んで嫌なやつに頭を下げなくても、言いたいことを言って、つくりたいものをつくっていけるのだということが証明できるはずです。そのとき、この運動にはたくさんのフォロワーがついているはずで、そのときその小さな運動の集合は小さくない流れになっている──僕はそう、考えています。
もうすぐ本を出して、ウェブマガジンとスクールをオープンして1年になるので、最初の見直しというかもっと良くするにはどうしたらいいのかな、と振り返りをやっているところです。
もちろんこの1年で思った以上にうまくいったと思うこと──自分自身がものすごく得るものの大きい取材ができたり、意外とたくさんの人が読んでくれたり──もあれば、うまくいかなかったこと──段取りよく進行できなかったり、もっと面白くなるはずのものがならなかったり──もありました。この運動のことを書いた本は予想外に売れて、いい意味でビックリした一方でウェブマガジンの運営は本当に手間もお金もかかって、悪戦苦闘しています。書き手の養成をめざしてはじめた講座(スクール)は大反響で、これもいい意味で戸惑っているのだけどその一方で基本的に「読む」ことよりも「書く」ことのほうが身近な世の中で、本のようにまとまった文章を書くことを教えることの難しさにも直面しています。毎日が試行錯誤の連続で、ああでもない、こうでもないと迷い続けています。まだまだ、完成には程遠い。しかし毎日、少しずつ前に進んでいっているはずです。ウェブマガジンはもっともっとおもしろくなるはずだし、スクールの指導内容もどんどん良くなるはずです。ゆっくり見守ってください、なんせ「遅い」インターネットですから──と、言いたいところですが、そう言ってしまった以上は逆に毎日少しずつでも良くなっていないといけない。そう思って、今日も試行錯誤しています。
ものすごく皮肉なことですけれど、僕がいま必要なのはもっと「遅い」インターネットだ、と啖呵を切って小さな運動をはじめたその直後に、世界はパンデミックに襲われました。そして、人々は見えない敵に対する不安と苛立ちをこれまで以上に情報を(拙速に)発信することで発散しているように僕には思えます。未知のウイルスへの恐怖を、「分からない」ことへの苛立ちを、多くの人が(その立場にかかわらずに)拙速な発信のもたらす手応えによって埋めようとしている。そしてこうした快楽と充実感を求めた「発信」の濫発がインフォデミックというかたちでパンデミックを支援し、そして民主主義すらも麻痺させつつある。それが2020年という1年だったと僕は考えています。
僕の書いた本は、一部ではまるで予言の書のようだと言われました。人々は以前にも増して「速い」インターネットに身を任せて、フェイクニュースや陰謀論を拡散するようになってしまった。僕が「遅いインターネット」を提案した途端に、世界はより「速いインターネット」に覆われてしまったわけです。
誰もが危機に直面したことで得ている不安と興奮を言葉にしてシェアすること。この無自覚なつながりが、たくさんのものを失わせている。僕はいま、そう強く感じています。だから僕は、少し、しかし決定的に離れた場所に、つながらない(しかし大切な)言葉をつくっていこうと考えています。それを口にすることで、不安から目をそらすことも高揚を共有することもできない。しかし、確実に世界の見え方を変えることができる。この閉じた相互評価のネットワークに取り込まれていては見えてこないものを指し示すことができる。そんな言葉を、一つでも多く残していく。そのための試みを、一つ一つ、コツコツとつくっていく。それを僕の2021年にしたいと考えています。
そしてだからこそ、僕は声を大にして言いたいと思います。やっぱりいま必要なのは、(なおさら)もっと「遅い」インターネットだ、と。
[了]
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