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野島伸司とぼくたちの失敗(2)──「純愛」から人間の暗部を描く「タブー」破りへ 成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010)〈リニューアル配信〉

2020/11/16 07:00 投稿

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(ほぼ)毎週月曜日は、ドラマ評論家の成馬零一さんが、時代を象徴する3人のドラマ脚本家の作品たちを通じて、1990年代から現在までの日本社会の精神史を浮き彫りにしていく人気連載『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』を改訂・リニューアル配信しています。
フジテレビのトレンディドラマ路線を築き上げたヒットメーカー・大多亮プロデュースのもと、坂元裕二とともに頭角を現していった野島伸司。しかしその路線は、1990年代に入ると『素敵な片想い』に始まる「純愛三部作」を機に、大きな転換を遂げていくことになります。

成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010)〈リニューアル配信〉
野島伸司とぼくたちの失敗(2) ──「純愛」から人間の暗部を描く「タブー」破りへ

1990年の『すてきな片想い』

 1989年1月7日に昭和が終わり、翌日から平成がはじまると、少しずつ世の中の雰囲気が変化していき、その影響もあってか、フジテレビのドラマも少しずつ変わっていく。
 野島に続く形で坂元裕二も柴門ふみ原作の『同・級・生』(’89)で連ドラデビュー。野島真司も89年に明るい学園ドラマ『愛しあってるかい!』をスマッシュヒットさせるものの、既存のパターンを踏襲したトレンディドラマに大多は手応えを感じなくなっていく。そしてトレンディドラマの集大成と言える90年の『恋のパラダイス』が平均視聴率14.4%(関東地区、ビデオリサーチ社)と不調に終わったことで、次の路線を模索するようになる。その結果、生まれたのが野島伸司脚本の『すてきな片想い』である。

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 本作は大多にとって初めての単独プロデュース作品。本作のコンセプトについて大多は以下のように語っている。

 キーワードは“一途な想い”。
 今までのトレンディドラマが華麗な多重恋愛をしながら“よりいい恋”を探していたのに対して、ここでは、届かないかもしれないけど、決して揺れない、一途な恋を描いていこうと思ったのだ。[21]

 本作と、その後、作られる坂元裕二脚本の『東京ラブストーリー』(’91)、そして野島伸司脚本の『101回目のプロポーズ』(’91)の三作を、大多は純愛路線だと『ヒットマン』の中で書いている。
 この三作はトレンディドラマと混同されて語られがちだが、大多の中では明確に区分けされている。もっとも大多自身も、トレンディドラマを全否定したわけでなくポイントを変えただけで「リニューアル」だと語っているため、ある程度は地続きなのだろう。しかしここでポイントを変えたことが作り手にとっては重要だった。

 ではどこが変わったのか?

 物語は海苔問屋で働く地味で平凡なOL・与田圭子(中山美穂)と小さなおもちゃ会社で働く野茂俊平(柳葉敏郎)のラブストーリー。二人は友達を介して知り合うのだが、電車の中で野茂に醜態を見られたことがある与田は正体を隠し、本棚にあった小説の作家、林真理子と吉本ばななの名前をもじった、林ナナという名で野茂と話すようになる。
 物語はリアルでは与田圭子、電話では林ナナというキャラクターで野茂と接する与田の二重生活がコミカルに描かれる一方で二人の友達を交えた3×3のグループ交際を描いた恋愛ドラマとなっている。
 インターネットが登場して以降は複数のキャラクターを使い分けるコミュニケ―ションが当たり前のものとなっているが、そういった感覚をいち早く“電話”で描いていたドラマだと言えるだろう。もちろん、すでにテレクラや伝言ダイヤルは存在しており、1976年の山田太一脚本のドラマ『岸辺のアルバム』でも、間違い電話をかけてきた男と不倫関係になる主婦の姿が描かれていた。そういった先行事例を踏まえると、「嘘」というモチーフをラブコメにうまく落とし込んだ秀作というのが、妥当な評価だろう。
 一方、大多が言うような純愛路線として、それ以前のトレンディドラマから脱却していたかというと、当時の筆者の感覚としては、そこまで差があるとは思えなかった。確かに主人公の職業はマスコミ系のオシャレなものでもリッチな金持ちでもないが、華やかさで浮ついた印象は相変わらずだった。

 それでも大多にとっては手応えがあったようで、本作について以下のように語っている。

 このドラマがコケてたら、もしかしたらトレンディドラマは死んでいたかもしれないし、そうなったら現在のテレビ界におけるフジのドラマ黄金時代というのもなかったような気がする。
 ドラマの重心を主人公の一途な想いに集中させることによってトレンディドラマは生まれ変った。それを最も効果的に表現できることができるテーマが“純愛”だった。[22]

 大多は「物欲的なトレンディから地味な純愛路線に」[23]路線転換を狙った作品だと本作を解説するのだが、この対比をみていると大多がトレンディドラマの向こう側に、80年代後半に日本で達成された高度消費社会を見ており、その先に来るものとして「純愛」というテーマを持ち出したように見える。
 この次に大多が手掛ける『東京ラブストーリー』は柴門ふみの同名漫画が原作だ。当時の柴門は「恋愛の神様」と呼ばれていた。邦楽では90年にKANの『愛は勝つ』が200万枚を超えるヒットとなり、恋愛こそが唯一信じる価値として様々なメディアで語られていた。それを準備したのはトレンディドラマやファッション雑誌が提示した高度消費社会における男女のゲームとしての恋愛カルチャーだったが、そこから発展して恋愛の宗教化が加熱しはじめたのが90年代だったのだろう。その状況を大多は「純愛」という言葉に集約させたのだろう。


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