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文化現象としてのBLM|柴那典・藤えりか

2020/10/26 07:00 投稿

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今朝のメルマガは、イベント「遅いインターネット会議」の冒頭60分間の書き起こしをお届けします。
本日は、音楽ジャーナリストの柴那典さんと朝日新聞経済部兼GLOBE編集部記者の藤えりかさんをゲストにお迎えした「文化現象としてのBLM」の前編です。今年5月、白人警官の取り調べで黒人男性のジョージ・フロイド氏が死亡した事件に対する抗議活動は、2012年の同種の事件から連綿と続く「Black Lives Matter」運動と合流し、世界中に広まっていきました。アメリカを、そして世界を揺るがすこのムーブメントを、文化の視点から読み解きます。(放送日:2020年9月8日)
※本イベントのアーカイブ動画の前半30分はこちらから。後半30分はこちらから。
【明日開催!】
10/27(火)19:30〜山口真一「正義を振りかざす『極端な人』から 社会を守る」」
計量経済学を利用したメディア論の専門家である山口真一さん。
SNSにおける誹謗中傷の問題はどこにあるのか? コロナ渦において出現した「自粛警察」と呼ばれる人たちの背景とは?
9月に刊行する山口さんの新著『正義を振りかざす「極端な人」の正体』をテーマにしながら、SNSユーザーの実情と、課題の解決方法を考えます。

生放送のご視聴はこちらから!

遅いインターネット会議 2020.9.8
文化現象としてのBLM|柴那典・藤えりか

宇野 こんばんは、宇野常寛です。

得能 「遅いインターネット会議」では、政治からサブカルチャーまで、そしてビジネスからアートまでさまざまな分野の講師の方をお招きしてお届けしております。本日も、有楽町にある三菱地所さんのコワーキングスペースSAAIからお送りしています。それでは早速ですが、ゲストの方をご紹介したいと思います。今日のゲストは、音楽ジャーナリストの柴那典さんと朝日新聞経済部兼GLOBE編集部記者の藤えりかさんです。よろしくお願いします。

 よろしくお願いします。

 よろしくお願いします。

得能 さて、本日のテーマは「文化現象としてのBlackLivesMatter(BLM)」です。今年5月、黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人の警官によって殺害された事件をきっかけに、BLMの運動が大きく広がったかと思います。この運動はハリウッドスター、著名アーティストといったトップのエンターテイナーをはじめ多くの人々を巻き込みながら、いまだ大きなうねりとして世界中で展開されているかと思います。アメリカのみならず世界を揺るがすこのムーブメントについて、今夜は文化の視点から読み解いていきたいと思っております。

宇野 最初に僕、言っておきたいことあるんですが、僕はこの問題はまったく詳しくなくて、本当に何も知りません。もちろん、大事な問題だと思っているからこそ取り上げていますし、報道とかもそれなりには見ています。

 ただ、この問題の背景にあるアメリカの人種差別の問題や、現代アメリカの政治力学みたいなものに関しては当然詳しいとは言えないですし、この問題が世界中に波及して語られていく中で、別の問題に半分変化してしまっているところがあると思うんです。たとえば日本では、デモという評判の悪い手段を肯定するのかというどうでもいい問題の方がやたらと大きくクローズアップされてしまっていて、問題そのものに対してあまり語られていないような気がしています。いや、確かに語られてはいるんですが、情報が錯綜していて、語る人の立ち位置や意見も様々で、どう距離を詰めていけばいいのかがよくわからないままになっている。そんな中で、ずっと文化批評という切り口から世の中を見てきたこのPLANETSだからこそ、ちょっと変わった方面からこの問題に距離を詰めていけるような企画ができないかなと思って、僕の信頼するお二人をお呼びいたしました。そういうことで、今日の僕はマジで聞き役です。よろしくお願いいたします。

得能 かなり珍しい展開になりそうな予感がしますね。私もあまり詳しくないところがありますので聞き役に徹するところがあるかもしれませんが、今日はぜひ詳しく、深い視点でお二人からお話が伺いできれば大変嬉しく思います。

『ゲット・アウト』が突きつけたクリエイティブ・クラスの欺瞞

得能 それではさっそく議論に入っていきたいと思います。今日はBLMを考える上で重要と思われる映画を藤さんから3つ、柴さんからは音楽作品を3つ挙げていただいております。それらをきっかけに、関連した他の作品にも言及していただきつつ、カルチャーの領域からBLMという運動を考えていきたいと思います。

 まずはお二人にそれぞれ挙げていただいた作品を見てみたいと思います。藤さんからは『ゲット・アウト』(2017年)、『フルートベール駅で』(2013年)、『義兄弟』(2010年)の3つの映画を挙げていただいております。そして、柴さんからはDaBaby & Roddy Ricch「Rockstar」、Kendrick Lamar「Alright」、Pharrell Williams「Entrepreneur ft. JAY-Z」のこの3つの楽曲を挙げていただきました。

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 それでは藤さんにあげていただいた映画『ゲット・アウト』からお伺いしていきたいと思いますが、こちらの作品はどんな作品なのでしょうか?

 これはご覧になった方もけっこういらっしゃるんじゃないかと思うんですが、概要を語るのがとても難しい映画ではあります。簡単に言えば、少なくともアメリカで黒人として生きることはホラーだ、というコンセプトのもとに作られたホラー映画です。脚本と監督を務めたのはジョーダン・ピールというコメディアンで、私がロサンゼルスにいた頃にはキー&ピールというコンビを作っていて、すごく好きだったんです。オバマのマネをしてみたり、弾丸トークで面白いんですよね。その彼が、なんと人種問題に切り込むホラー映画を撮った。しかも、かなり画期的だったんです。オバマ大統領が誕生してから、アメリカ国内に限らず、国外でも「オバマ大統領が誕生したから人権問題は解決した」とか「オバマ大統領を支持しているから人種差別はしませんよ」と言うような人がすごく増えたんですが、それは違うだろうと突きつけた作品です。たいていBlack Movieでの黒人差別というと、白人至上主義者の人が出てきたり、KKK(クー・クラックス・クラン)の人たちが出てきたりと、右翼との戦いみたいな感じなんですが、この作品は、白人リベラルエリートにも実は差別心があるでしょう、ということを突きつけました。実はこの作品にはタナカという人が出てきて、在米日本人なのか日系人なのかわからないんですが、「自分は黒人側ではなくて白人側である」というふうに振る舞っていて、勘違いしていませんか、ということを突きつけられる。黒人の視点で撮られているので、この映画を観ると白人が怖く感じるんです。こんな怖い思いをしてるんだっていう疑似体験ができる映画でもありますね。

得能 日常の中に潜んでいる様々な差別が出てきたり、意識されないようなコメントが実は差別的な発言であるといったことも絡んでくるのかなと思いますけれども。

 そうですね。これは3年前の映画なんですけど、製作中にちょうどトランプ大統領が誕生したことで、ラストを変えたそうなんです。ご覧になった方はラストがわかると思うんですけど、本当はあのラストじゃなかったんですよ。ジョーダン・ピール監督にはこの作品と、『アス』(2019年)っていう作品でも電話インタビューをしたんですけども、オバマ政権下だったら警鐘を鳴らす意味で、元のラストのままで良かったけれど、トランプ大統領誕生となると、あまりにも悲惨なラストに見えてしまうから、希望と言っていいのかわからないんですけど、それを見出したいから変えた、というふうにおっしゃっていましたね。ご覧になった方、これから観る方はその点を注視していただけるといいな、と思います。

得能 ありがとうございます。柴さんはこちらの作品はご覧になられましたか?

 はい、『ゲット・アウト』も『アス』も当然観まして、いわゆるジャンルムービーであるホラーにおいて人種差別をモチーフにすること自体がかなり挑戦的なことだったと思います。

 これ、かなりセンシティブですよね。

 その社会の暗部というか、あまり触れてはいけないところを掘り起こすような作業だと思いますね。

 アメリカのコメディアンって、白人が黒人差別をネタにすることはないんですけど、当事者である黒人が、自分自身も含めて人種差別もネタにしちゃうことがけっこうあるんです。その延長とはいえ、かなり冒険だったと思います。

得能 作中で描かれる怖さは、実際にゾンビとかが出てくる怖さとかではないんじゃないかと予想していますが、どうでしょうか?

 正直、ゾンビの方が怖くないですね。実生活において、一見普通に暮らしている隣人である白人が怖いということがいかに恐ろしいか、ということです。ジョーダン・ピール監督ご自身は白人のお母さんにも育てられていて、奥さんは白人です。ちなみに奥さんはBuzzFeed創業者の妹なんですけども。白人の家庭との遭遇を多く経験してきて、そのたびに怖い思いをしていることがベースにあるとおっしゃっていましたね。

得能 実体験も含めて描かれているんですね。

宇野 『ゲット・アウト』は、えりかさんが挙げた3つの映画の中で、僕が唯一観ている作品です。この作品とは違って、もっとストレートに人種差別はよくないことで、黒人には苦難の歴史があるのだと訴えている映画は山ほどあるじゃないですか。でも、そういったものは2008年以降のオバマ政権下においては、今日のクリエイティブ・クラスだったら当然ダイバーシティを擁護するでしょう、という白人エリートのアクセサリーに回収されてしまったんだと思うんです。こうした状況下では普通のやり方ではちょっと描きづらい領域を、このコメディホラーというファンタジックな手法で掴み出そうとしたのがこの映画なのかなと思って観ていたんですよね。

 まさにそうですよね。ちょうどこの映画をめぐってアフリカ系アメリカ人の男性と話をしたときにリベラルの話が出たんですけど、リベラルはレイシストだということをもっとちゃんとわかってほしいって言っていて、すごくそういう認識があるんだと思います。白人至上主義者がレイシストっていうのはすごくわかりやすいし、広く認識されているけれども、リベラルの人が持っている差別心はなかなか認識してもらえないんですよね。


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