(ほぼ)毎週金曜日は、ゲームAI開発者の三宅陽一郎さんが日本的想像力に基づく新しい人工知能のあり方を展望した人気連載『オートマトン・フィロソフィア──人工知能が「生命」になるとき』を改訂・リニューアル配信しています。今朝は第九章「社会の骨格としてのマルチエージェント」の前編をお届けします。
今回は、ある役割を与えられた人工知能・エージェントの振る舞いについて考えていきます。自律的かつ複数で協働するマルチエージェントは、やがて人間と似た「社会」を構築し、「文化」に似た情報の集積を行うようになります。
エージェントとは何か?
エージェントとは、役割を持つ人工知能のことです。それは小型の自律型人工知能を意味します。つまり、自分で感じ、考え、行動する人工知能のことです。自律型エージェントとも言います。この自律型エージェントを相互作用させることが、多様な知能の創生につながっていきます。これをマルチエージェントと言います(図9.1)。
エージェントの相互作用にはさまざまな型があります。上下関係をつけて司令官が全体の指揮を取る方法や、それぞれがそれぞれコミュニケーションを取るという方法です。
ゲームでは『高機動幻想ガンパレード・マーチ』(アルファシステム、ソニー・コンピューターエンターテインメント、2000年)という複数のキャラクターの相互作用からなるゲームがあり、「マルチエージェントシステム」(厳密な意味でアカデミックなマルチエージェント技術ということではなく)と呼ばれる場合があります。また『NOeL NOT DiGITAL』(パイオニアLDC、1996)というゲームは画面越しに女子高生の姿をしたエージェントたちにアドバイスを行うことで、事件を解決させていきます。
また『ポケモン』(ポケットモンスター、Nintendo/Creatures Inc. 、GAME FREAK inc.)のポケモンたちもエージェントです。プレイヤーの代わりに彼らが戦ってくれるからです。『デジモン』(東映アニメーション、BANDAI)も同様です。プレイヤーがエージェントを行使し、エージェント同士が戦い、ドラマが生まれて行くという図式を生み出しました。
現実世界でエージェントが活躍するには、ユーザーエンド側にも、ある程度のコンピューティングパワーが必要であり、それらをサーバーを通して連携させる必要があります。つまり高速で大容量の通信環境と、エージェント固有の豊富なコンピューティングリソースが必要とされます。人間と同じ速度で動作するために、2020年代という時代まで待つ必要がありました。
今やエージェントたちは、携帯電話の中の対話エージェント、ドローン、ロボット、デジタルサイネージ上のキャラクターなどの形で世に放たれつつあります。
エージェントとマルチエージェントは、社会を具体的に変えていける技術力です。社会の仕組みの一つになると同時に、人間と人間の間に入り込み、個人の環境をも変えて行きます。本章では、そのようなエージェント指向の開く世界の可能性を紐解いていきましょう。
(1)世界に溢れるエージェントたち
「エージェント」は役割を持って、人間の代わりに役割を遂行してくれる人工知能です。人間そのものの知能を再現しようとするのが人工知能ですが、エージェントは単一かいくつかの役割を果たすために作られた人工知能です。人間の「代わりに」役割を果たすのでエージェントと名付けられています。単体では一つの役割を果たすだけでも、複数のエージェントたちが協調することで、より難しい課題を克服できるはずです。これを「マルチエージェント」と言います。エージェントがある程度の自律性を持ちながらも、全体として協調するという点が、個別性と全体性を兼ね備えたシステムを可能にします。 「マルチエージェント」の考え方は、1990年代を通して流行しました。一方、単体としての「エージェント」は90年代後半に一度隆盛がありました。Windows(マイクロソフト社)シリーズのOSのインストールや、アプリのヘルプで、イルカや魔法使いなど解説用のキャラクター・エージェントが現れていたことを覚えている方もおられるでしょう。
人工知能の協調は、エージェントの考えが基本となります。一つひとつのエージェントが明確に定義された単一の役割を持ち、それを組み合わせることで、より大きな役割を果たすマルチエージェントになります。
エージェントが急激な進化を遂げたのは、インターネット環境が世間に広がった90年代でした。インターネット上を動き回るエージェントを「ウェブエージェント」と言います。2000年前後には人工知能学会でも、書籍でも、よく「ウェブエージェント」と言う言葉を目にしました。もちろん、現在でも発展を続けています。
ダイナミックに連携することの中には、ある程度の「不安定さ」を許容する、という前提があります。それぞれのエージェントが自律的な活動をしながら、メッセージで連携することは、タイミングによる不安定性をまぬがれません。自律性と全体性は相反する属性であり、両者がせめぎ合いながら、個として、同時に全体としての運動を形成することに、マルチエージェントの真髄があります。
しかし、この手法は手堅いサービスにするには、やや大げさで不安定性があります。エージェントという自律化した単位は、ロボカップサッカーや自動株式といった流動性のある状況で威力を発揮するものの、複数のサーバーをまたぐオンラインチケット販売や、オンライン銀行の口座受付と言った手堅いサービスにおいては不向きなところがあります。むしろ、一つのシステムの中で各機能をモジュール化する方が、ソフトウェアのアーキテクチャとしてはシンプルで設計しやすいのです。
そこでマルチエージェントは人工知能のハイレベルな技術としてのポジションとなったものの、ソフトウェア開発の主流というよりは、難易度の高い問題のシミュレーション技術として限定的な場で導入されるようになりました。対して、大規模化するソフトウェアではモジュール化(部品、分散オブジェクトなどと呼ばれる)とクラウド化が促進され、シンプルなモジュールの組み合わせによる多様性のある機能の実現が目指されたのでした。現在、Google やAmazonが展開するサービスは、このような分散オブジェクト・モジュールの多様な組み合わせを基盤としています。最近ではディープラーニングもまた一つのモジュールとして準備され、クラウド上のサービスとして利用することができるようになっています(図9.2)。
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