今朝のPLANETSアーカイブスは、石川県能登町でジェラートショップ「マルガージェラート」を営む柴野大造さんへのインタビューをお届けします。ジェラートの世界大会でアジア人初の世界チャンピオンとなるなど職人として国際的な評価も高い柴野さんにとっての地元・能登の価値とは? 地方から新しい「モノ」と「コト」を生み出していく方法について、柴野さんに伺いました。
(取材:PLANETS編集部 構成:友光だんご)
※この記事は2018年11月28日に配信した記事の再配信です。
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奥能登の知られざる魅力を満喫!奇跡の地方創成モデル「春蘭の里」訪問記(前編・後編)
外の世界へ出て気づいた、実家の牧場でつくる生乳の価値
―― まず、柴野さんはなぜ能登でジェラート作りを?
柴野 僕は能登で生まれ育ったんですが、実家が牧場だったんです。東京農大で勉強したあと、家業を継ぐために能登へ戻ってきました。当時は農産物自由化や生産調整など、酪農家を取り巻く環境が非常に厳しい状況で、なんとかしたいという思いがありました。乳加工品のなかで一番幅広い年代の方に好まれる食品を考えた時に、アイスクリーム、とりわけジェラートだったんです。
―― 家業を継ぐにあたって、葛藤みたいなものはなかったんですか?
柴野 はい。というのも、牛乳の価値に衝撃を受けた経験がありまして。大学3年の夏休みに実家の牧場を手伝っていて、冷蔵庫に入ってる牛乳を何気なく飲んだら、驚くほど美味しかったんですよ。
―― それは、今まで意識したことはなかった?
柴野 ええ。当時は実家を離れて、一人暮らしをしていた時期。近くにいたら見えないけれど、外に出て改めて価値に気づかされることってあると思うんです。僕にとっては、それが牛乳でした。その時の「このおいしさをもっと多くの人に知ってもらいたい」という気持ちが原点にありますね。
―― 実家で搾る生乳のポテンシャルを活かそうと思って、その手段がジェラートだったと。
柴野 あとは、牧場を継いだときに「生産者と消費者の遠さ」を感じたんです。僕たちが情熱をかけて搾った生乳が、飲んだ人にどんな感想を持たれているのかなかなか伝わってこない。当時ブームになり始めていた「6次産業化」のように、酪農家自身がブランドを立ち上げて消費者に直接届けることで、消費者と近づくことができるメリットもありました。
「組成理論」との出合いがジェラートを変えた
―― 柴野さんのジェラートを先ほどいただきましたが、本当においしかった。ただ、それだけではなく、ジェラートの世界大会で入賞したり、「世界ジェラート大使」にアジアから初めて選ばれるなど、国際的にも高い評価を受けていますよね。先ほどの「実家の牛乳の素晴らしさを知ってもらいたい」という動機から、ここまでのレベルのジェラートをつくってしまうことの間には、相当な距離があると思うのですが。
柴野 独学で始めて、10年目くらいでジェラートの本場であるイタリアを意識し始めたんです。地方でやっていると情報も回ってきづらいし、自分オリジナルの味が本場でどう評価されるのか知りたくて、イタリアの大会へ出場するようになりました。ただ、箸にも棒にもかからないわけです。それで3回目か4回目になぜ自分の味が通用しないのか、一から研究し始めました。
―― その原因はなんだったんでしょうか?
柴野 エクセレントなジェラートをつくるためには、組成理論(composizione gelato finito)
に裏付けされた基本ルールがあったんです。つまり、ベストなジェラートの水分率・固形分率・空気含有率の配合比率は既に決まっており、もっと言えばイタリアで通用する固形分の中の脂肪分のパーセンテージも実は化学的根拠のもとに決まっている。その基本ルールの中で既存の素材同士をどう組み合わせるかが職人の想像力の見せ所です。そこに自分のエッセンスを少し加えることが、世界で通用する日本のジェラートを生み出すコツ。そのことが、イタリアの職人と交流してわかってきました。
日本人はここのfantasia(ファンタジー)の世界がどうしても弱い。どの食品の組み合わせでどのような味わいを目指すのか。イタリアの職人たちは普段の何気ない感性に至るまで圧倒的に上の領域にいましたね。
そこからイタリアで売られている分厚い専門書を買って、自分で翻訳して勉強しました。新しい味を生み出す基礎となる構成理論が身についてくると、どんな素材がきても食品成分データベースに照らし合わせて、固形分やたんぱく質の割合を調べて、そこに自分の感性をぶつけることができるようになってきました。すると、世界大会で次々とタイトルをとることができたんです。
―― ジェラート作りには化学理論が必要というのは面白いですね。どんな素材が出て来ても取り入れられるのはすごいと思うのですが、何かロールモデルのような人はいるんですか?
柴野 「ガストロノミージェラートの父」と呼ばれるクラウディオ・トルチェという人がローマにいるんです。その人がアンチョビのジェラートやモルタデッラハムのジェラートを作っていて(笑)。しょっぱい味でもおいしいジェラートになるんだと衝撃を受けて、ジェラートの概念が変わりました。
―― それはちょっと、味が想像もつかないですね。
柴野 全部に砂糖が入って、ジェラートの固形分を構成するんです。本当に奥深いんですよね、ジェラートの世界は。
「地方だからこそ」のアドバンテージがある
―― 柴野さんのお話を伺っていると、地方だからこそのアドバンテージみたいなものを感じます。結果論かもしれませんが、ジェラートが好きだったからではなく、「自分の持っている手持ちのカードを最大限活かす方法」としてジェラートを選んだことが、マルガージェラートのユニークさになったのかなと。
柴野 なるほど。本場のイタリアで言葉の壁を超えていろんな理論を教えてもらえたのも、僕のジェラートへの情熱ゆえだったと思うんです。その情熱も、情報が少ない地方にいるからこそ生まれたのかなと。
―― マルガージェラートは石川県内の2店舗のみですよね。メディア露出も多いですし、県外出店の話は来たりしないんですか?
柴野 たくさんありますが、すべてお断りしています。東京や大阪に行った時に、大量消費の波に飲み込まれるんじゃないかっていう怖さもあるし。味の監修などの店舗プロデュースや期間限定のデパート出店は時々実施しますが、やはり”出来たての生きているジェラート”は石川県に来ないと食べられない状況ですね。
―― 能登のお店も金沢近郊のお店も、ずいぶん駅から遠いですよね。車でないとたどり着けないような。それでも、遠方からお客さんがいらっしゃっていると聞きます。
柴野 僕が狙っていた状態ですね。これはFC展開していたら起こっていなかったと思うんです。「ここに来なければ体験できない」「ここに来なければ食べれない」「ここに来なければ会えない」……これらがすべてのキーワードかなと思ってます。僕のジェラートをきっかけに、世界中から能登へ人が集まってくる仕組みを生む起爆剤になるんじゃないかと。
地域素材をジェラートに加工することもできますから、地域の生産者さんと連携することで、彼らに自信を取り戻してほしい。顔の見える生産者さんとお付き合いして、農産物の背景を知り、その人の空気に触れることで、お客様にジェラートとして提供する際にそのストーリーを語りたいですよね。そこが商品の価値だと思うので。
―― 猫も杓子も「地方創生」と叫ばれて、どこにでもあるようなご当地コロッケやゆるキャラを作るような現状がある。そこには実は東京の同じ代理店が関わっていて、東京のシーンに合わせて地方が背伸びをしている。この状況は、絶対に間違いだと思うんです。地方で何かしようとしている人たちが「東京からいかに人と金を引っ張ってくるか」を考えすぎている。でも、本当はマルガージェラートのように、東京や大阪の人たちをいかに地方に来させるか、合わさせるかのゲームをやらなければいけない。
柴野 体感してる時間も流れている空気感も都心と地方ではまったく違うので、こちらのペースで自分たちが継続していける仕組みができればいいと思いますね。
―― これだけインターネットも流通も発達すると、鮮度は落ちるけど遠方のモノを食べるハードルは下がっている。そこで、いかに実際に足を運んで人に会う経験を作るか。そこには物語が必要です。モノではなくてコト込みで人に価値を提供するということがないと、独自性は存在し得ないと思うんです。「Amazonでポチれるものに人は物語を感じられるのか」って話ですよ。
柴野 マルガージェラートに来ないと、この圧倒的に美しい能登の風景には出会えませんから。面白いことに、金沢近郊のお店と能登のお店で食べるのでは、ジェラートの味が違うって言われるんです。ミルクもレシピも使ってる機械も同じなのに。雰囲気や空気感も、味を作る大きな要素なんだなと思います。
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