今朝のメルマガは『宇野常寛コレクション』をお届けします。今回取り上げるのは、堀江貴文著『刑務所なう。』です。「僕と堀江さんは、いつもくだらない話をしていた」という宇野が、長野刑務所に収監中の堀江氏を訪問した際に交わした会話とは? 天才的行動家・堀江貴文の本質を、獄中で書かれた膨大な手記を参照しながら考えます。
※本記事は「原子爆弾とジョーカーなき世界」(メディアファクトリー)に収録された内容の再録です。
堀江貴文にとって、この世界は貧しくもなければ停滞もしていない。可能性と突破口への手がかりは、世界に溢れかえっているのだけれども、僕たち人間がその活かし方に気づいていないだけだ──
面会に来てください、と電話口で秘書のTさんに言われて反射的に行きます、と答えていた。この一年弱、僕はずっと彼について書こうと思っていて、でも書けないでいた。獄中の彼も、自分についての僕の文章を楽しみにしているという。だからその手掛かりをつかむために、長野まで会いに行くのもいいんじゃないか、とTさんは言った。そして2月の寒い日の朝、僕らは東京駅で待ち合わせた。生まれて初めて乗る、長野新幹線だった。行き先は、長野県須坂市にある長野刑務所──同所に収監されている堀江貴文氏に面会してくることが、旅の目的だった。
僕と堀江さんが知り合ったのは、2年ほど前のトークライブの席上だった。堀江さんが月に一度開催していたトークライブのゲストとして、僕を呼んでくれたのだ。たぶん週刊誌のインタビュー記事か何かで、堀江さんを再評価すべきだと発言したことを覚えてくれていたのだと思う。イベントの席上での僕は一緒に呼ばれていた先輩評論家のおまけのようなものだったけど、このとき何故か楽屋で話が盛り上がり、それから度々渋谷の書店でトークライブを開くようになった。僕と堀江さんは、いつもくだらない話をしていた。マンガやアニメ、ゲームなどオタクな話、食べ物の話、そして女の子の話……。お客さんはもっと日本の未来とか、メディアが作る新しい社会とか、グローバル資本主義を強く生き抜くための知恵とか、そんな話題のほうが聴きたかったのかもしれないけれど、僕は堀江さんとこんなくだらない話を延々としていることが、楽しくて楽しくて仕方がなかった。そしてこのトークライブを本にしよう、と話していたところで実刑判決が下り、堀江さんは収監された。
僕は出版社から対談本に書き下ろしの堀江貴文論を追加するように要求された。書いてみたい、と思ったのでふたつ返事で引き受けたけれど、なかなか進まなかった。そして、僕は途方に暮れた。堀江さんは饒舌な人だ。それでいて無駄なことは一切喋らない人だ。その膨大な生産量に誤魔化されがちだけれど、彼の著述には無駄なところが一切ない。だから堀江貴文という人間の書いたものをまとめ、整理する仕事には意味がない。そう、僕には何も書くべきことがないのだ。それが、僕が堀江さんの著作をまとめて読み返して得たひとつの結論だ。だからこそ、僕は堀江さんとのくだらない話こそが刺激的だったのだ。明晰な論理で自らを説明する力を持った人物に批評的にアプローチするなら、そんな無駄で過剰な部分こそを読み解くしかない。だとすると、僕が今、必要としているのは、堀江貴文という天才がその優れた頭脳を持って整理し、適切に著述した意識下の文章ではあり得ない。もっと彼の無意識が漏れ出したもの、生活の記録のようなものこそが僕には必要だった。
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