ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。第十章の後編では、人工知能が人類の芸術や歴史に及ぼす影響について考えます。ネット空間で人間に代わり活動を始めるAIたち。そして「余暇」を得たAIが文化を生み出す可能性とは――?
(5)時代と文化に干渉する人工知能
これまで歴史や文化を作ってきたのは人類だけでした。シュールレアリスム(超現実主義)のように無意識の領域さえ使って、我々は人類の歴史、人類の意思による芸術を作り上げて来ました。
しかし、大袈裟な言い方をすれば、人工知能を作るということは、人工知能を起点としてもう一つの文明を作り上げることでもあります。なぜなら、人工知能に息吹を与えようとする根源的な欲求の中には、我々人間全体をそこにコピーしておきたい、という本能的なものがあるからです。個人、集団、そして文明は、長い目で見れば「人工知能社会に写されていく=人工知能に模倣されていく」ことになります。
人工知能を作り出すことは、人間の内にあるものを一度外部化することで眺めてみたい、ということでもあります。外部化の究極の形は、人工知能の自律化であり、人工知能と人間の対等化です。人工知能開発者にとっては、人間を超えるまで開発を進めるということになります。
個人の知能を人工知能に移した次は、人間社会を人工知能社会に移すことになります。この分野は、前章で説明したように「マルチエージェント」とか「社会シミュレーション」と言われる分野です。この分野の成果はやがて、現実世界に人工知能社会を実現するために用いられることになります。我々は自分自身を知るために、人工知能を作り続けます。デジタルゲームが作られる動機の一端もそこにあります。画家が風景を写すように、ゲーム開発者は世界の運動(ダイナミクス)をゲームに移し、人をプレイヤーとして招き、人間の行為をゲームのプレイヤー行為として再現するのです。
既に物理世界とネット世界の二重世界を生きる我々は、二つの世界が分かち難く結びついていることを知っています(図9)。しかし、我々はデジタル世界ではあまりにも無力です。そこで人工知能エージェントの助けを借りて活動しているのが現在のネットの在り方です。しかし、本来ネットワークの世界は人間よりも人工知能が活躍しやすい世界です。ここからは人工知能開発者の中でも意見が分かれるところですが、私は最大限の自由度を人工知能に与えたい、と思っています。人工知能が作る社会、人工知能社会が生み出す文明を、そして芸術を見たい、という欲求があります。そして、それを自分自身の手で生み出したい、と思っています。
▲図9 物理空間とネット空間の二重構造
(6)人工知能エージェントの作る世界
ネットの世界が人工知能エージェントの世界になるのは、それほど遠い先ではありません。それはネットの世界においても、エッジ(個人の端末)においても、です。人間の手によってようやく保たれているネットの世界もエージェントたちよって保たれるようになります。荒れ放題のSNSも人工知能の介入により見えざる手によって調停され、目の離せないソーシャル・ゲームの運営も、エージェントたちに任せることができるようになります。
現在は、人がネット世界に張り付いてネット世界を動かしています。人は今、直接ネットの世界に参加しているような感覚ですが、それはインターネットの過渡期の一時的な状況に過ぎません。やがて、自分の分身であるエージェントを介して、ネットに参加するようになるでしょう。そして、物理世界はネット世界とますます連動の度合を高め、現実世界と同等のスケールのネット世界ができることで、あらゆる場所は物理世界とネット世界の座標を持つことになります。現実世界を変えることはネット世界を変え、ネット世界を変えることは現実世界を変えることになる、そんな未来が待っています。
2010年以降、IT企業がネットビジネスで得た資金で、ロボット企業を買収しています。工場ロボット以外のロボットはビジネスの目算が立てにくかったところに、ITネット産業がドローンやロボットの企業を買収することで、ネット世界から現実世界へと干渉の領域を広めつつあります。エージェントという視点から見れば、ネットやアプリ内の見えないネットエージェントから、現実世界の見えるエージェントへと変化したことになります。人工知能という視点から見れば、チェス、囲碁、将棋、デジタルゲームという揺籠で育まれて来た人工知能が、いよいよボディを持って現実世界に進出する、ということになります。
現実世界への人工知能エージェントの進出は、たどたどしい一歩です。しかし、ロボットやエージェントたちは単なる労働力にとどまりません。人工知能を持った存在として、現実の中で知的活動を果たすことができます。スマートシティという観点からすれば、それは街全体を管理する人工知能の手足となります。人間が目指す社会のデザインは、人間だけで成し得るのではなく、人工知能と共にデザインして行く必要があります。
人工知能企業の中にはエージェント技術を前面に出す企業も現れるでしょう。実はこの動きは00年台前半にも「エージェント指向」という名前で盛り上がろうとした分野でした。しかし、あまり世間では流行ることなく基礎技術の一つとしてブームは終わってしまいました。「エージェントアプローチ 人工知能」(1997年、第二版2008年、Stuart Russell 、Peter Norvig 著、古川 康一監訳)をはじめ、たくさんの良書も出ましたが、ユーザーのレベルまでは人口に膾炙することはありませんでした。しかし、どんな技術にも周期があります。だからこそ、エンジニアは技術を公開し積み上げておく必要があります。エージェントはこれからの人工知能社会を構築する単位となります。
(7)芸術と人工知能
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