ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。第5回では「花の24年組」を代表する漫画家、萩尾望都と竹宮恵子を取り上げます。1970年代、二人が「少年」という主題を持ち込んだことで、少女漫画は飛躍的な発展を遂げますが、そこには戦後サブカルチャーに伏流する「成熟」の問題の萌芽が、すでに現れていました。
「花の24年組」とは何だったのか
週刊少女コミックで漫画を描いていた当時のことを、あだちは次のように語っている。
竹宮恵子さんの『風と木の詩』をはじめ、かなり革新的な漫画が載ってて面白い雑誌だったんだよ。掲載されてる連載はほとんど読んでた。
(中略)
少女漫画は読切が多かったから、漫画家はいろんなことに挑戦していた感じがします。少年誌は「こうあるべき」という決まりが多くて、少女漫画のほうが圧倒的に自由だった。
まあ、自由にしてくれたのは、「花の24年組」の人たちがいたからなんだけど。それ以前の少女漫画はお涙頂戴みたいな話ばかりだったのが、24年組の登場でシーンがガラッと変わったんだよね。少年誌はそういう変革が遅れていたんだと思います。
(中略)
当時の少女漫画はセールスより作家性を重視していたと思う。それはやっぱり大きいことだよね。漫画家になってからは、少女漫画からの影響のほうが大きかったかもしれない。
また、週刊少年ジャンプの黄金期を作り、のちに編集長になった鳥嶋和彦(鳥山明『Dr.スランプ』のDr.マシリトのモデルとしても知られる)も、当時の少女漫画に関してこのように言及している。
ある時、ふっと資料室を見回したらジャンプ以外の漫画雑誌が置いてあったので試しに読んでみると、面白い漫画もいくつかあるなと思いました。竹宮惠子さんの『風と木の詩』とか萩尾望都さんの『ポーの一族』とかね。漫画はいろんなテクニックやバリエーションもあって、意外と面白いと感じたのです。でもその中のごく特殊な「偏った形の漫画だけがジャンプにある」と感じました。
(『Dr.スランプ』で「マシリト」と呼ばれた男・鳥嶋和彦の仕事哲学【前編】)
「花の24年組」の漫画家たちの作品にはセリフだけではなく、内面のモノローグ、複雑な画面構成やデザインのようなコマ割り、枠外にも言葉が書かれるなど、それまでにはないものがあった。
萩尾望都 私は子どもの頃、石森さん、手塚さん、水野英子さん、牧美也子さんたちのマンガを読んで育ったでしょ。この方たちのマンガは、コマの一つ一つが映画的だったんですよ。視野がものすごく拡がるんです。つまり、視点が遠くまであるんです。この拡がりが好きで、これがテレビなどが出てきたせいもあるのか、ある時期から少女マンガが構図的にアップが多くなってしまって、視野の拡がりみたいなものがなくなってしまったんです。私は、ずいぶん画面が窮屈だなと思いながら、長いこと読んでいたんです。それで、視点の遠いのを描きたいなあっていう願望が、少年マンガを描く際に根本にあるものだから、なんとか画面を広く持ったものを描きたいんです。
(『萩尾望都対談集 1970年代編 マンガのあなた SFのわたし』石ノ森章太郎との対談より)
萩尾望都たちの世代からすると、幼少期から先行する女性漫画家はさほど多くなかった。彼女たちは手塚治虫や石ノ森章太郎などを読んで衝撃を受けており、無意識に描いた絵やコマなどが、彼らの漫画にあったものと似ている部分があるとも発言もしている。また、少女漫画の読者が少女であったにも関わらず、彼女たちは一度は「少年」が主人公の漫画を描いているという共通点もあった。
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