ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。今回は番外編として、現在放送中のNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』を取り上げます。宮藤官九郎作品の総決算的な意味を持つ本作が、大河ドラマの鬼門である「明治以降」をどのように描こうとしているのか、スポーツや落語を通じて、政治性抜きの「男の子の物語」を復権させようとする、その試みについて読み解きます。
次回からこの連載では、クドカンこと宮藤官九郎について語ることになるのだが、今回は番外編として宮藤の最新作『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)について触れておきたい。おそらく本作はクドカンドラマの中で、もっとスケールが大きな野心作であり、今まで彼が追求してきたテーマの総決算となるのではないかと思う。
『いだてん』は日曜夜8時から放送されているNHKの大河ドラマだ。プロデューサーは訓覇圭、音楽は大友良英、チーフ演出は井上剛と、宮藤が手がけた連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『あまちゃん』(NHK)のスタッフが再結集している。同時に外部ディレクターとして『モテキ』(テレビ東京系)などで知られる大根仁とVFXスーパーバイザーとして『シンゴジラ』などを手がけた尾上克郎が参加している。
物語の舞台は1964年の東京オリンピックを控えた昭和の東京からはじまり、50年前の明治時代へと遡り、二つの時代を行き来しながらオリンピックに関わった人々の姿が次々と描かれていく。
主人公は日本マラソンの父と言われる金栗四三(中村勘九郎)と、東京オリンピックの招致に尽力した日本水泳連盟元会長の田畑政治(阿部サダヲ)ということになっているが、脇を固める俳優も役所広司、綾瀬はるか、森山未來、生田斗真、杉咲花、シャーロット・ケイト・フォックス、竹野内豊、神木隆之介、星野源、小泉今日子、ビートたけしetcと実に豪華。
作品の規模、出演俳優、参加スタッフの座組を見るだけでも、本作が2019年現在におけるフィクションの最前線をひた走っていることは明らかだろう。まさに総力戦である。
宮藤にとってはもちろん日本のテレビドラマ史、サブカルチャー史においてもっとも重要な作品となることは間違いないだろう。
全員主役の群像劇
『いだてん』は、主演級の俳優が多数出演しているため、全員主役の群像劇を見ているかのようである。
日本人初のオリンピック参加を目指して大日本体育協会を設立し、ストックホルムオリンピックの参加資金のために奔走する嘉納治五郎(役所広司)の物語は、昨年役所が主演を務めた『陸王』のようなTBSの日曜劇場で放送されている池井戸潤原作ドラマのようでもあるし、金栗四三と美川秀信(勝地涼)が故郷の熊本を後にして東京高等師範学校の寄宿舎で暮らす姿は、夏目漱石の『三四郎』のような青春文学の味わいがある。
一方、裏の主人公と言えるのが、語り部の落語家・古今亭志ん生(ビートたけし)だろう。若き日の志ん生・美濃部孝蔵(森山未來)が落語家の橘家円蔵(松尾スズキ)と出会い落語家として成長していく姿が金栗の物語と併走する形で描かれるのだが、町のチンピラとして浅草で放蕩生活を送っている孝蔵を取り囲む遊女の小梅(橋本愛)や車夫の清さん(峯田和伸)たちが啖呵を切る姿は宮藤の『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)を思い出させる。
また孝蔵と円蔵の弟子と師匠の関係を軸とした落語家の物語や、落語の演目「富久」が本編と重ねて語られるという虚実入り混じったストーリー展開は、同じく宮藤の『タイガー&ドラゴン』(同)を思わせる。
そして、スポーツを愛する若者たちの集団・天狗倶楽部のパリピ的な振る舞いは明治時代の『木更津キャッツアイ』(同)と言えるだろう。
天狗倶楽部は実際に明治時代に存在したスポーツ同好会だが、彼らの姿を見つけた時、宮藤は歓喜したに違いない。彼らのリーダー的存在の三島弥彦(生田斗真)のやけにタメのあるドヤ顔的な演技は『木更津』の主人公・ぶっさん(岡田准一)を彷彿とさせるが、第一話で全体像を見せた後で、2~5話をかけて第一話で見せた予選会の裏側を見せるという構成自体、『木更津』で見せた野球の試合になぞらせて、物語を表と裏の視点から見せていく手法の発展したものである。
まだ序盤だがこの時点で宮藤の『池袋』『木更津』『タイガー&ドラゴン』という初期代表作のテイストが散見できるあたり、本作にかけるクドカンの本気度が伺える。
▲『池袋ウエストゲートパーク』『木更津キャッツアイ』『タイガー&ドラゴン』
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