ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。押井守作品の強い影響下にありながら、刑事ドラマとしては真逆の方向を向いていた『踊る大捜査線』と『ケイゾク』。そして、堤幸彦が『ケイゾク』で鋭く追求したオタク/匿名性の問題は、後のフェイクニュースの時代を予見することになります。
『踊る大捜査線』と『ケイゾク』ーーアニメの影響下に生まれた真逆のドラマ
「否定すること自体がテーマだった」という『ケイゾク』だが、その否定していった作品の一つに、1997年に登場した刑事ドラマ『踊る大捜査線』(フジテレビ系、以下『踊る』)も含まれていたのが、今振り返ると興味深い。
『踊る』と『ケイゾク』。この二作は90年代に盛り上がりを見せていた『新世紀エヴァンゲリオン』などのアニメの影響が、テレビドラマに移植されていった代表作だと言える。
しかしその影響の現れ方は、今振り返ると正反対だったと言えるだろう。
まず、『踊る』について簡単に説明したい。
本作は1997年にフジテレビ系で放送された刑事ドラマだ。
▲『踊る大捜査線』
主人公は脱サラして刑事になった青島俊作(織田裕二)。コンピューター会社の営業として働いていた青島はサラリーマン的なしがらみに幻滅して刑事となるが、刑事ドラマのような世界は現実には存在せず、警察の世界もサラリーマンと同じく、組織のしがらみに縛られた場所だったという現実に直面する姿を描いたドラマだ。
本作には過去の刑事ドラマや『新世紀エヴァンゲリオン』等のロボットアニメからの影響が強い。監督の本広克行(1965年生まれ)はアニメ監督の押井守の影響を受けており、その影響を隠そうとしないオタク世代の監督だった。
『踊る』は、舞台となる湾岸署を中心とした箱庭的世界観が実に豊かで、細部まで作り込まれた、繰り返しの視聴に耐えうる作品だった。そのためテレビドラマでは珍しいオタク的なファンが多数生まれた。
視聴率こそ当時の基準ではヒット作といえるものではなかったが、熱狂的なファンの後押しもあってか、放送終了後にレンタルとビデオセールスが盛り上がり、SPドラマが三本放送された後に映画化された。
こういった、テレビ放送時は低視聴率で打ち切りに近い形で終わるものの、熱狂的なファンコミュニティが生まれ、再放送で人気に火が付き、雑誌やラジオといったメディアの後押しと口コミで話題となり、やがて劇場映画が公開されて大ヒットしイベント化していく流れは、1974年の『宇宙戦艦ヤマト』や1979年の『機動戦士ガンダム』といったアニメで起きた現象だ。1995年に放送された『新世紀エヴァンゲリオン』も、テレビ放送終了後に同じ流れを辿り社会現象となっていき、インターネットのファンサイトがその後押しをした。
つまり、『踊る』は作品自体も繰り返しの鑑賞に耐えうるマニアックな作品だったが、ファンの消費行動や、放送終了後のメディア展開も、『ヤマト』、『ガンダム』、『エヴァ』といったアニメ作品をなぞるようなものとなっていったのだ。
深夜ドラマの『NIGHT HEAD』(フジテレビ系)など、「ドラマから劇場映画へ」という流れはそれ以前にもあったが、この流れを決定的にしたのが『踊る』だった。
今ではドラマシリーズの続きが劇場版として放送されるというモデルは当たり前のものとなっているが、視聴率偏重だったテレビドラマの評価軸に、新しい成功モデルを持ち込んだドラマだったといえよう。
テレビシリーズが終了した後にSPドラマ、劇場版が作られた『ケイゾク』も、基本的には『踊る』と同じビジネスモデルを展開していたといえる。
しかし、同じアニメの影響下にあるオタク的なテレビドラマでありながら、画面に現れている世界観は、真逆のものだったと言える。
それはどちらも押井守作品を参照していながら、『踊る』の劇場版タイトルが『踊る大捜査線 THE MOVIE』という『機動警察パトレイバー』の劇場版タイトル『機動警察パトレイバー the Movie』 を連想させるものとなっていたのに対し、『ケイゾク』の劇場版タイトルが『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』であったこと。押井守の初期代表作で、『パトレイバー』に較べるとアニメ的なビジュアルが全面に出ていて、記号的な映像だからこそできる観念的な世界を展開した『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』から引用されていたという違いに、大きく現れている。
▲『踊る大捜査線 THE MOVIE』/『機動警察パトレイバー2 the Movie』
▲『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』/『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』
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