情報環境研究者の濱野智史さんの連載『S, X, S, WX』―『アーキテクチャの生態系Ⅱ』をめざして。世界の情報を体系化しようとするGoogleによって、長年「意味」を理解できないとみなされてきた人工知能には大きな変化が訪れています。21世紀の情報社会におけるAIの思想的意義について、濱野さんが論じます。
濱野智史『S, X, S, WX』―『アーキテクチャの生態系Ⅱ』をめざして 第1章 東方見聞録 #1-3 Googleというバベル―「フレーム問題」のリフレーム【不定期配信】
Googleはなぜ巨大なデータベースを世界中に作り続けているのか。しかも第一回でも触れたように、人間にとって有用なWeb上のデータ(コンテンツ)そのものよりも、それを検索するためのメタデータ(検索用インデックス)のほうが容量的にも巨大であるという、転倒した状況を選択しているのか。
普通に考えれば、それは「大量のデータを集めたほうが、機械学習の精度が高まるから」が答えになるだろう。しかし筆者が考えるに、Googleはもっと先を見据えている。Googleの創業者の1人ラリー・ペイジは、すでに2000年代初頭の時点で、ケヴィン・ケリーにこう答えたらしい。Googleは検索エンジンを作っているのではなく、「僕らが本当に作っているのは、AIなんだよ」と(『〈インターネット〉の次に来るもの』NHK出版、2016年)。
この発言には重要な背景がある。それを読み解く手助けとなるのが、第一回でも触れた『コンピュータと認知を理解する―人工知能の限界と新しい設計理念』(フェルナンド・フローレスとの共著、産業図書、1989年)である。同書の主著者テリー・ウィノグラードは米スタンフォード大学に所属し、もともと同書を出す以前は人工知能研究者として著名な人物だった(その後、ラリー・ペイジの博士課程で指導したことでも知られる)。しかし彼は同書の中で、人工知能の限界を明確に認めた上で、むしろこれからのコンピュータ/ソフトウェア研究に求められるのは、いかに人間の意味的行為を〈解釈〉し、人間と融和したインターフェイスをデザインするかにあると主張した。
こうした人工知能研究者の〈転向〉は、「AI(Artificial Intelligence)からIA(Intelligence Amplifier)」へともしばしば表現される。実際に同書が出版された90年代以降は、PC(パーソナル・コンピュータ)からiPhoheを始めとするスマートフォンまで、「いかにユーザーにとって使いやすいインターフェイスをデザインするか」をめぐって人々は躍起になった。Web・アプリ業界では、いま誰もが「デザイン思考」に基づき、「UI(ユーザー・インターフェイス)とUX(ユーザー・エクスペリエンス)」の日々の向上に励む。そうでなければ、誰もそのサービスやアプリを使ってくれないからだ。こうした状況への先鞭をつけた一人が、ウィノグラードだったのである。特に人工知能研究者自身によるAI批判という点で、少なからぬ影響を与えた書籍だったといっていい。
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