本誌編集長・宇野常寛による連載『汎イメージ論 中間のものたちと秩序なきピースのゆくえ』。仕事を終えたシンガポールの深夜、携帯電話に届いたメッセージは、チームラボ・猪子寿之さんからのものでした。今回は、ホテルの部屋で猪子さんと明け方まで語り合った、多文化主義とカリフォルニアン・イデオロギーの敗北を突破する可能性について述べていきます。 (初出:『小説トリッパー』 秋号 2017年 9/30 号)
0 シンガポールの夜
二〇一七年三月十二日の夜遅く、私は出張先の台湾からシンガポールに入った。前の夜に学会の打ち上げで話し込んだせいか、その日も少し疲れていた。本当は街中に食事に出ようと思ったのだけれど、その元気はなくホテルに隣接したショッピングモールのフードコートで軽く済ませて、どっとベッドになだれ込んだ。仕事の準備は明日にしてもう寝てしまおう、と思ったとき携帯電話にメッセージが届いた。「いま、仕事終わった」――私をこのシンガポールに誘った男、チームラボ代表の猪子寿之からだった。
チームラボについてここで改めて簡単に紹介しよう。チームラボは猪子寿之が率いる「ウルトラテクノロジスト集団」であり、近年はデジタルアート作品を多数発表し、内外の注目を集めている。国内では若者や若い家族連れに人気のエンターテインメント的なアート作品のイメージが強いが、海外からはむしろアートの概念を更新し得る新勢力として大きな注目を集めており、この二年だけでもシリコンバレーのパロアルト展を皮切りに、ロンドン、北京、そしてここシンガポールと世界の主要都市での大規模展を開催している。
そしてこのときマリーナ・ベイ・サンズにあるチームラボの常設展はリニューアルオープンを控え、前々から同展に誘われていた私は同行、というか現地で合流することにしたのだ。
メールを受け取った私はこれは会う流れなのかな、と思いながらとりあえず「お疲れさま」と返した。すぐに「今何しているの」と尋ねられた。「ホテルの部屋で、だらだらしているよ」と返すと「(自分もシンガポールに)いるよ」と返ってきた。そもそもそういう予定なのだから猪子がシンガポールにいるのは当たり前のことであり、彼が私に伝えたい意思は別のところにあるのは明白だった。しかし猪子はなぜか自分からは誘ってこなかった。理由はよくわからないが、おそらく私から誘って欲しいと思っているのだろう。シンガポールの夜二十四時過ぎ、中年男性がふたりこれから会う/会わないをさぐりさぐり、ショートメッセージをひたすら往復するという状況が十分ほど続いた。
メッセージがさらに数往復したあと、さすがにこの状況は自分が能動的に動いて打開したほうがいいのでは、と考えた私は、「もう寝る感じ?」と送ってみた。彼は私より半日早く現地入りしてこの時間まで仕事をしていたという事情を考慮して、この表現を選んだ。するとすぐに既読がついて、猪子からこう返ってきた。「なんでも、よいよー」と。本当に、面倒くさい男だなと思った。
ここから先は有料になります
チャンネルに入会して購読する
月額:¥880 (税込)
- チャンネルに入会すると、チャンネル内の全ての記事が購読できます。
- 入会者特典:月額会員のみが当月に発行された記事を先行して読めます。
ニコニコポイントで購入する
-
井上明人『中心をもたない、現象としてのゲームについて』第21回:ゲームから物語へ(2)【毎月第2木曜配信】
-
一覧へ
-
京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録 第13回 教室に「転生戦士」たちがいた頃――「オカルト」ブームとオタク的想像力(PLANETSアーカイブス)