香港の社会運動家・周庭(アグネス・チョウ)さんの連載『御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記』。今回は2017年6月14日に東京大学駒場キャンパスで行われた講演「香港返還20周年・民主のゆくえ」の内容をお届けします。立教大学の倉田徹教授の解説のもと、ジョシュア・ウォンさんと周庭さんが、民主を求める香港の学生によるここ5年間の活動について語りました。(構成・翻訳:伯川星矢)※文中の役職は、講演当時のものです。
倉田 本日は多数のご来場ありがとうございます。こんなに人の入った講演会でお話をすることは滅多にありませんが、もちろん皆様のお目当ては私でないことは、よく承知しています。
会場 (笑)。
倉田 こちらにいらっしゃるのは黄之鋒(ジョシュア・ウォン)さんと周庭(アグネス・チョウ)さんです。香港衆志という政治団体で幹部を務めていらっしゃいますが、ジョシュアくんは香港公開大学、周さんは香港浸会大学の、現役の大学生3年生という立場でもあります。皆さんが2人のことを知るきっかけになった出来事は、おそらく2014年の雨傘運動ではないでしょうか。
ジョシュアくんは、香港での真の普通選挙を求めるこの運動を起こし、香港の道路占拠を行った中心人物です。彼はまた同年に『タイム』の表紙を飾ったこともあり、世界的にも名の知られた人です。しかし、実は彼が香港で知られるようになったきっかけは、それよりも前、2011年からの反国民教育運動です。中国式の愛国教育に反対するその運動は、後に普通選挙を求める運動に変化していくことになりますが、そこで彼はリーダーを務めていました。
(画像出典)
こちらの周さんは学民思潮に加入し、スポークスパーソンとして活躍をされました。日本ではよく知られていることですが、彼女は私よりも日本語が上手ですね。
会場 (笑)。
倉田 ボキャブラリーの使い方がうまかったり、日本のポップカルチャーに詳しかったりと、私は彼女にいろいろ教えてもらう立場にあります。そして日本のテレビなどのメディアを通しても非常に人気のある2人でもあります。今年の7月1日に香港返還から20周年を迎えますが、それにあたって日本の皆様に話したいことがあるということで、この場に来ていただきました。皆さんもご質問などでこの場を盛り上げていただければと思います。よろしくお願いします。
民主を求めて、香港の若者の政治活動
ジョシュア (日本語で)こんにちは、私はジョシュアです。
会場 (笑いと拍手)
ジョシュア (以下、広東語で)周庭ほど日本語ができないので、ここからは広東語で話させていただきますが、ご了承ください。今回は香港の民主運動の過程を中心にお話をさせていただきたいと思います。この5年間の活動内容と、雨傘運動の後にどんなことをやってきたかの紹介、そして日本の方々へのメッセージをお伝えしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
あらためまして、ジョシュア・ウォンです。香港公開大学の3年生で、学民思潮の元リーダー、現在は香港の政治団体、香港衆志(デモシスト)の秘書長を務めています。2011年から学生運動・民主運動に参加しています。
日本に来るのは今回で5〜6回目になりますが、今回は初めて公開の場でお話しさせていただくことになり、実はけっこう緊張しています。まずお話したいことは、日本の文学が大好きだということです。日本のアニメは私にとっては欠かせないものです。『進撃の巨人』Season 2も観ていますし、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』や『機動戦士ガンダム00』も大好きです。
会場 (笑)。
ジョシュア 雑談はこれくらいにしておいて、本題に入りたいと思います。みなさんご存知のように私たちは雨傘運動に参加していました。まずは私たちがかつて所属していた学民思潮の紹介と、今所属している組織、香港衆志の紹介をさせていただきます。
おそらく、皆さんが抱いている私と周庭へのイメージは、2014年の雨傘運動が最初になるかと思います。2011年、高校生たちが集まり、香港の民主化、そして学生の独立思考を養うことを目的に、学生組織「学民思潮」が立ち上げられました。その組織で、私は反国民教育運動に参加していました。
反国民教育運動についてはご存知の方もいらっしゃると思いますが、中国国民としての愛国心を育成するための国民教育という教科が香港に導入されそうになった際、12万人が街に繰り出し、政府の洗脳教育に反対、最終的にその法案を撤廃させることができました。その後、学民思潮は反国民教育運動から政治改革に向けて活動を広げ、それが2014年の香港での普通選挙を求める雨傘運動へとつながりました。学民思潮は2011年から2016年の年始頃まで継続的に活動していました。周庭と私が学生運動時代に参加した大きなイベントは反国民教育運動と雨傘運動ということになります。
雨傘運動を通して、私たちは他の学生団体のトップと知り合うことになります。それがネイサン・ローという人で、当時は香港大学生連盟、学連のトップでした。このネイサン・ローは雨傘運動の期間中、当時の香港政府の二番手、政務長官のキャリー・ラムとテレビでオープン・ディベートを行った経験もあります。
雨傘運動が終わったあと、ネイサン・ローとともに、今の政党、香港衆志を作りました。香港衆志の英語名、Demosistōには、Democracy(民主)とResistance(抵抗)の意味が込められています。ネイサン・ローは香港衆志の主席を務め、現在立法会議員になっています。選挙当時、ネイサン・ローは香港の選挙区、香港島区で50818票を獲得し、史上最年少の立法会議員として当選しました。私たちの政党の主張は新世代の若者を中心とした直接行動と、民主自決です。
2011年に高校生たちが集結し、反国民教育運動を行い、2014年には香港の歴史を大きく変えた雨傘運動に参加、そして2016年、政党を作り雨傘運動に参加した学生を立法会に送り込んだ。これがこの5年間の私たちの主な活動です。
それでは、次は周庭から、香港の若者たちが中国の圧力に負けずにどんな活動をしてきたのか、雨傘運動までの活動をお話させていただきます。
人生を変えた、政治運動への参加
周庭 みなさん、こんにちは。香港から来ました、香港衆志の周庭と申します。わたしの日本語はまだ変な部分がたくさんあると思いますけど、今日は頑張って日本語を使わせていただきます。よろしくお願いします。
会場 (拍手)
周庭 今日、たくさんの人たちが来てくださることを予想していなかったので、すごく今緊張していますが、頑張ります。よろしくお願いします。わたしの中国語名は周庭、英語名はアグネス・チョウと言います。でも、日本で香港人といえば、アグネス・チャンじゃないですか。彼女とすごく名前が似ているので、今は中国語名のほうが好きです。
会場 (笑)。
周庭 わたしは20歳で、ジョシュアと同じ1996年生まれです。香港返還の年は1997年なので、返還の1年前に生まれました。だから、香港返還前の記憶はありません。今は香港浸会大学の3年生で政治と国際関係を専攻しています。先ほどジョシュアが言っていたように、昔、わたしたちは学民思潮という学生組織に所属していて、わたしはスポークスパーソンを務めていました。でも、雨傘運動のときに、家族が中国からの圧力を受けたことがあり、スポークスパーソンを辞めることになりました。それでも学民思潮のメンバーとして活動し、占拠活動に参加していました。当時は学民思潮を代表して、たくさんの会議に参加しました。現在は香港衆志の常務委員を務めています。
ジョシュアは2011年の学民思潮の立ち上げメンバーですが、私は2012年に学民思潮に入るまでは全然政治に関心がなく、勉強が嫌いなただのオタクでした。日本語を勉強したのは、日本のアニメやアイドルグループ、バラエティ番組が好きだからです。独学というか、すごくオタクなので、そういうものに触れて日本語を勉強しました。ちなみに最近好きなアイドルグループは欅坂46と乃木坂46です。みなさんもぜひ聴いてみてください。
会場 (笑)。
▲お勧めは『サイレントマジョリティー』
周庭 わたしは昔政治に興味がなかったけど、Facebookで学民思潮のページをたまたま見かけて、「この学生さんたちは私と年が近いのに、なぜこんなに政治のために、こんなにもすごいことをやっているんだろう」と、憧れのような気持ちを持ちました。それからインターネットで国民教育についていろいろ調べて、「この教育は間違っている」と学民思潮の考えに共感しました。わたしも学生としてやるべきことがあると考え、学民思潮に加入しました。
もともとは、このような大人数を前にしゃべることはすごく苦手な人間でした。学民思潮に入った後も、ボランティアとして知らない方とお話することや、マイクを持って宣伝することがなかなかできなかったのです。でも、学民思潮のおかげでいろんな街宣に参加して、今の私になれました。政治運動に参加することはわたしの人生や、わたしを変えました。
普通選挙を求め、11週以上に渡ったデモ活動「雨傘運動」
周庭 まず、香港の選挙制度を説明させていただきます。現在の香港の選挙制度では、行政長官の選挙と立法会の選挙があります。行政長官は日本の安倍総理のような政府のトップの役職です。行政長官はわたしたち一般人による選挙で選ばれる人ではありません。すごく非民主的なのですが、中国共産党のコントロール下で選ばれた、1200人の選挙委員だけが選挙権を持っています。その委員会には民主派の委員もいますが、多くは親中派、新北京派といった、中国政府がコントロールしやすい議員に占められています。だから、選挙の結果も中国政府が望むような結果となります。民主派の行政長官が選ばれることはまず不可能です。2017年の行政長官選挙は、1人1票の普通選挙になるとされていましたが、2013年に始まった政府の政治制度改革でも香港に民主的な選挙制度がもたらされることはなく、2014年の8月、全人代は中央政府の意に沿わない人物は行政長官に立候補ができないようにすることを決定しました。普通選挙を求める雨傘運動運動が起こったのには、このような背景があります。
結局、このような非民主的な制度のまま、今年の7月1日からキャリー・ラムがわたしたちの新しい行政長官に当選しました。つまり、キャリー・ラムは中国政府の望むような人物だということです。
香港には、「一国二制度」を定めた、日本の憲法に相当する基本法というものがあります。一国二制度とは、香港が返還された1997年に定められたもので「50年間中国とは異なる制度を続行する」という中国からの約束のことです。たとえば、司法・選挙・経済制度などが、中国と香港では異なります。しかし、中国政府のコントロールする全人代は基本法で約束されていたはずの一国二制度を破り、香港の選挙制度に介入しました。香港のために存在するはずの選挙制度を中国政府がコントロールしようとするのは不合理です。一国二制度があるので、そのコントロールは間接的なものではありましたが、当時、全人代はいきなり香港の選挙制度に関する指令を出して、親中派以外が行政長官に立候補できないように仕向けました。そのような指令を出すことができる全人代は、実質的に香港の選挙をコントロールできる権限があると言えます。これは不合理で、すごくおかしいことだと思います。
なぜ全人代は一国二制度という約束を自ら破るような行動をするのか。これはあまりにも酷いと、民主派の香港市民の怒りが爆発しました。学連と学民思潮は中高生・大学生に授業のボイコットを呼びかけ、何万人もの学生が民主制度を求めるためにボイコットに参加しました。さらにその後の雨傘運動では、学生が中心に街で座り込みなどの占拠を行いました。民主制度を求める一般の香港市民もデモに加わり、結果的に街の道路を占拠することになりました。占拠されたエリアは政府の近くのオフィス街だけでなく、賑やかな繁華街のアドミラルティ、モンコックとコーズウェイベイの3つの街も含まれていました。香港に行ったことがある方なら知っている場所だと思います。
写真などで見たことがあるかもしれませんが、このとき警察は、催涙弾を使用し、デモを止めさせようとしました。それでもデモ参加者はあきらめずに、引き続き道路を占拠しました。さらに、警察は警棒や銃を使って、直接的に暴力を振るうこともありました。デモの参加者のみではなく、モンコックの街を歩いていた一般の人までその対象になることがありました。おそらく、日本ではあまり想像できないと思いますが、今でも香港のデモではこのような「暴力的な対応」がよく見られます。
「暴力」を使った警察の対応は、さらなる参加を促すきっかけとなりました。当時の警察は「進行を止めないと銃を使用する」と書かれた旗を掲げ、銃を使うことまでも考えられたそうですが、雨傘運動の最後まで発砲は一度もありませんでした。この運動にはネイサンも参加していて、雨傘運動の最中ネイサンを含む学連の5人の代表が、政府の代表と公開ディベートを行いました。
当時の占拠エリアではたくさんのアートや、中高生の自習室などもありました。エリア内にあるレノンウォールには、広東語で「失望しても絶望してはならない(就算失望不能絶望)」などと書かれたスローガンが貼られていました。今はこのようなスローガンはすべて撤去されましたが、これこそが雨傘運動を代表するスローガンの一つだと思います。
でも、香港政府の態度は強気と言いますか、頑なものでした。そもそも香港政府にはあらゆることの決定権がないのです。香港政府にとって中国政府の態度や立場が一番重要なのです。だから、香港政府は自分では何もできないし、中国政府が強気の態度をとれば、香港政府も強気な態度を取るしかないのです。
最終的には、デモ拠点が警察の強制排除を受け、11週以上に渡るデモが終了しました。
(続く)
『御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記』これまでの連載はこちらのリンクから。
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