〈元〉批評家の更科修一郎さんの連載『90年代サブカルチャー青春記~子供の国のロビンソン・クルーソー』は高田馬場編の4回目です。かつて「文化の発信地」だった高田馬場の白夜書房や芳林堂書店を巡りながら、2000年前後の出版業界・コンテンツ業界での記憶を辿ります。
第8回「高田馬場・その4」
結局、死に至ることはなく、現世へ戻ってきたが、退屈を持て余している。
病み上がりの暇潰しと称して、たまに東京を歩き回るしかない。
そして、何度も確かめるように歩き回っていると、白夜書房本社ビルの周辺も様変わりしていることに気づいた。
昨年までPLANETS編集部があったらしい、川べりのマンションの一階にあるローストビーフ丼の店には延々と行列が続いていた。
本社ビルの隣にあった、鉛筆みたいに狭小な雑居ビルは、半年ごとにテナントが入れ替わる風俗ビルで、通るたびに『ナニワ金融道』の肉欲棒太郎夜逃げ回を思い出した。
実際、『イメクラ性道会館』やら『カラオケ風俗マラんQ』やら、なんとも言えないユーモアセンスだった。
前者は正道会館の高田馬場支部が近くにあったからで、後者は言うまでもなくシャ乱Qが元ネタだが、「Q」の文字がローリング・ストーンズの舌出しロゴ風にアレンジされていた。二重の意味でロックンロールというか、正気の沙汰ではなかったが、現在はよくあるラーメン屋になっている。
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本社ビル一階に入っていた白夜書房直営の漫画専門店『まんがの森』も、現在はイオン系の小規模スーパー『まいばすけっと』になっている。アメコミマニアで知られ、『まんがの森』を切り盛りしていた店長のおしぐちたかし氏もとっくに退社している。
筆者は退社直前、担当していた雑誌の一般誌化を考えていた。これは『まんがの森』が成年コミック問題から、成人向け漫画の取り扱いを中止しており、自社出版物を売ることができないという本末転倒な問題があったからだ。藤脇氏とおしぐち氏からの要請もあり、筆者は成年コミックではない方向性を模索し、予定台割も作っていたが、それが周囲との軋轢を生み、退社へ繋がったことは否めない。
結局、筆者は成年コミック路線を続けた編集部からは裏切り者扱いとなったのだが、藤脇さんの好意もあり、退社後にパイロット版を作った。アンソロジー単行本という形で。
販売成績は良好だったが、雑誌化は見送った。編集作業の工程で、マンパワー的に編集プロダクション化しないと無理だと判明したからだ。しかし、ワンマンアーミーだった20代前半の若造が、独りで編プロ経営ができるとは思えなかった。
後に『電撃大王』など、いわゆる「成年向け少年漫画誌」の若い編集者たちから、「参考にしましたよ」と言われたが、苦笑いするしかなかった。
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そんなことを思い出しつつ、本社ビルの前で呆けていたら、向かいの韓国料理店の若者が「まだランチやってますよ!」と声をかけてきた。
スマートフォンの時計表示を見ると、15時をとうに過ぎている。
この時間でもランチをやっているのか。
途中、『BOOK OFF』高田馬場北店にも寄り道していたので、思ったよりも時間が経っていた。早い昼食でモヒンガーを食べたが、微妙に腹が減っていたので、誘われるまま店へ入った。
「最近、開店したのかい?」
「はい。本店は新大久保なんですが、今年から。お客さんはこのあたりの方ですか?」
「いや。20年前、向かいの会社に勤めていた。今日は久しぶりに来た」
「ああ、あの出版社ですか。20年前、此処は何の店だったんですか?」
とうに忘れてしまったが、たぶん、平凡な居酒屋や食堂だったはずだ。
周囲を見回すと、真っ昼間から、いかにも高田馬場の住人と思しき「ちょいワル」風の老人たちが肉を焼いていた。
店の看板メニューは980円で肉300グラムのランチ盛り合わせらしく、自分以外の全員がそれを注文し、更に酒やビビンバを追加していた。
さすがに肉を喰うほどの気力はなかったので、スンドゥブチゲとハイボールを注文した。
味は良かった。スンドゥブチゲは自分でもたまに作るが、どうしても韓国料理店で食べる味にならない。
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