音楽プロデューサー 津田直士の 「人生は映画 主人公はあなた」

『想いのすべて 0709』〜あのレコーディングについての個人的な想い出と深い意義

2017/07/09 20:00 投稿

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7月14日に掲載される、あるウェブマガジンに向けて書いた記事の中に、「BLUE BLOOD」のレコーディングをしていた頃、26才だった僕の密かな決心について記述しているところがある。

そこには、『一切の妥協を排除して、メンバーが望む限り、とことんレコーディングをさせてあげること』という僕の決心について、『自分自身がミュージシャン時代、妥協しなければならないレコーディングで残念な思いをしたことと、アーティストの才能よりもビジネス的な都合や商業的な価値観が先行する日本の音楽業界の特質に対する反発から生まれた決心だ』と書いてある。


当時の僕は、そうやって「BLUE BLOOD」をレコーディングすることで、「100年残る音楽」を完成させ、Xの音楽を世に送り出し、強い疑問とともに義憤を感じていた「日本の音楽シーンの問題点」に一石を投じてみようと考えていたわけなのだが・・・


リリース後にそのアルバムが見事にヒットして、どんどん売上げが伸びていったから良かったけれど、レコーディング中はまだ売れるかどうかわからないわけで、では、当時のXの実績はどうだったかと言えば、「Vanishing Vision」は当時のインディーズアルバムとしては圧倒的な売上げを誇っていたけれど、それでもまだまだ10万枚には及ばなかった。

僕の大切な決心には、100万枚セールスへ向かう位のヒットアルバムになる、という前提があったからなわけで、過去実績もそこには到底及ばない、となると、その強気の姿勢には何も根拠はない。ひたすら『メンバーの才能を信じる』というところにしか、心のよりどころはなかったのだ。

そんな中、僕の強い決心が導いた結果は、レコーディングが予定の日を過ぎても全く終わる気配を見せずに延々と続き、どう計算しても、制作費は当初の予算を軽く突破して、日々膨らみ続けていく、という厳しい状況だった。



僕のその頃の意気込みは凄くて、よくStaffRoom3rd(当時Xが所属していたレーベル兼プロダクション)の他のスタッフに「津田は熱い炎と化している』と言われていた。
だから、メンバーと僕がソニーミュージックの信濃町スタジオに籠もり、延々レコーディングを続けていても、誰も何も言えない状態だった。

しかしそんな一方で、さすがの僕も制作費が膨らみ続けていることについて、不安感が心の大部分を占めるようになっていった。

レコーディングが終盤に差しかかると、クリエイティビティが要求される作業が大分減って来た。

制作費が膨らんでいても、あまりそこを気にしてクリエイティビティに影響が出るのが嫌で、ある時期までなるべく気にしないように心がけていたのだけれど、もはやその予算超過分が異常なレベルに達しており、幸いクリエイティビティの要求される作業が減って来たこともあって、ある日僕は一念発起して、異常な予算超過について、ある人に相談をすることにした。

それは、当時ある制作室の部長をしていた、社内でも有名なプロデューサーだった。

2年前、新人発掘をしていた僕が発掘したアーティストをデビューさせてくれたその人は、僕のことをかわいがってくれていたのだ。

ただ、一方でその人は社内でも特にレコーディングについて詳しいため、今回僕が引き起こしている予算超過問題について、『お目付役』として実態を調査するミッションを役員から頼まれていたのだ。

あらゆるレコーディングをこなし、スタジオワークに精通しているその人に、僕は正直な胸の中を打ち明けた。

クリエイティビティについては、歴史に残るものができ始めている、という強い自信がある一方で、終盤に差しかかった今、さすがに予算超過問題が異常な領域に達していることを、意識せざるを得ないこと。

その問題が生じた根本の部分、自ら決めた方針が、メンバーの才能を信じて、のことである以上、メンバーには絶対に悲しい思いはさせたくないこと・・・

人の心を見抜くような鋭い眼差しで僕の話を聞いていたその人は、話し終わった僕にこう返した。

「なあ、津田。レコーディングは、始まったら終わるまで絶対止めちゃいかんのだよ。予算の超過は確かに大問題だ。でもな、もし予算のことでレコーディングに何か影響が出たら、これまでのレコーディングの全てに、目に見えない傷がつくんだ。そんなことをしては絶対にいけない。津田、もう始まったものはしょうがないんだよ。今までお前が決めてやってきた方針は変えずに、きちんと終わらせろ。レコーディングは神聖なものだ。今は予算のことを気にせず、レコーディングに集中することがお前にとって一番大事なことなんだよ」。

正直なところ、シビアな話をされるものだと覚悟をしていたので、僕はその人の話を聞いて驚いた。

そして、その人が何十年もプロデューサーを続け、人に尊敬される作品を沢山生み出した理由がわかったような気がした。僕は安心して、泣きそうになりながらお礼を述べた。

「ありがとうございます、頑張って最高の作品を創り上げます」

「本当にそうしなさい。なあに、大丈夫だ。お前が心配している予算の大問題についてはな、全て終わってから、たっぷり、厳しくやってやるからな。今は一旦、全て保留だ」

「はい、きちんと終わらせてから、覚悟して伺います!」



この会話があったことで、僕は随分救われた。

『一度自分が決めた方針だ、最後まで、徹底してレコーディングしてやる!』そんな気分でレコーディングの現場に戻れたし、何よりも、その責任が誰かに行くのではなくて、レコーディングが終わったら、改めてきちんと自分で責任を負わされる、とわかったからだ。

責任を負わされて、上等!

何しろ、もともと音楽業界全体に対する謀反なのだから。

僕にできることは、とにかく歴史的な名作となるアルバムを創ること。

あとはすべて、それからだ・・・。




結局、その人に勇気をもらった後も、レコーディングはなかなか終わらず続いたけれど、僕の心はエネルギーに満ちていた。

レコーディングが終わった時に一番嬉しかったのは、決めたことを最後まで守り通すことができた、という事実だった。

『メンバーの才能を信じる』・・・このことを、全て「BLUE BLOOD」というアルバムに結実することができた、それが本当に嬉しかった。



今、僕の手元に2つの書類がある。

ひとつは『あの人』が役員宛に書いた、Xデビューアルバムの予算超過に関する報告書。
もうひとつは、僕自身が書いた制作費オーバーに関する報告・反省レポートだ。

『あの人』の報告書は、予算の2倍以上を費やした制作費について、当然のことながら大変厳しい見方や意見に基づいた報告が綴られている。
しかし、その文末には、あの時の僕に『今まで通りのレコーディングを最後まで続けなさい』と教えてくれた、あの人らしい言葉が綴られていた。

写真でお見せしたいと思う。


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読んでいて胸が熱くなる。30年近くぶりに読んで、泣いてしまった。


そして、こちらが僕の報告・反省レポート(一部)だ。
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何というか・・・今読むと、反省しているのかしていないのか、よくわからない感じなのだが・・・

まあ、おそらくリリースしてみないことには、何も始まらない、という気持が表れているのかも知れない。


幸い、この報告・反省レポート提出した2日後に「BLUE BLOOD」はリリースされ、1年後には、日本ゴールドディスク大賞 ニューアーティストオブ・ザイヤーのグランプリを穫り、やがて売上げが100万枚を突破し、さらに30年の時が過ぎてXは世界的なアーティストとなった。


僕が僕らしくXと共に闘えた背景には、このように懐の深い、当時のソニーミュージックの人たちの存在があったのだった。


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