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【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説④『クリエイショナー』第2話

2018/06/08 12:27 投稿

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 俺の眼前では、全裸の美少女が土下座していた。

 

 

 

 奇偶にも、彼女自身がテーブルを蹴飛ばしたことによって、狭い上に散らかりまくっている俺の部屋に、人間が土下座できるくらいのスペースが発生していた。……だからという訳では絶対ないんだろうけど、とにかく彼女は小柄な体をさらに縮こませて、なおかつ両膝と両手のひらと額を、ぴったりと汚い床に接触させていた。

 

 

 

「……ほ、本当に、申し訳ございませんでした!」

 

 

 

 そして、数えるのが面倒になるくらい、同じ言葉を繰り返す彼女でもあった。

 

 

 

 やっぱり口調というものは、その人間の印象を決定づけるかなり重要な要素みたいで、ついさっきまでは耳障りでしかなかった彼女の子供じみた声が、今は思わず同情してしまうほどか弱く感じてしまう。そこからもわかるように……あるいは、ぷるぷると震えるその全身を見ても明らかなように、どういう訳か彼女は俺に対して、かなりビビっているご様子である。

 

 

 

「よ、よくわかんないけどさ……とりあえず、頭を上げなよ」

 

 

 

「い、いいえ、とんでもありません! こんな大失態を犯してしまったあたしが、クリエイショナーに顔向けできるはずもございません! 永遠に、ここで土下座させていただきます!」

 

 

 

「いやいや……お願いだから頭を上げてよ! これじゃあ、ちゃんと会話もできないでしょ!」

 

 

 

「……ああ、さすがはクリエイショナー、なんというご慈悲でしょうか。そこまでおっしゃっていただけるのならば……」

 

 

 

 ようやく、彼女はゆっくりと頭を上げていった。……いや、というよりは、上半身ごと起こしていった。なおかつ、彼女の両手は、土下座の姿勢をなるべく維持しようという風に、床にぴったりと接触したままだったから……

 

 

 

「あああ、いや、その、ああああああああ!」

 

 

 

「ど、どうなされましたか、クリエイショナー!?」

 

 

 

 驚いたように顔を揺らす彼女だったが、何故か姿勢は固定されたままであった。……どうやら、俺が悲鳴をあげた原因を、根本的に理解できていないらしい。

 

 

 

 さて……本当にどうなされたもんだろうな。全裸の少女にこのままのけぞったような姿勢を保てというのは、男としていかがなものかと思うし、かといってもう一度土下座しろと命令するのは、人間としていかがなものかと思う。

 

 

 

 もうこうなったら、完全に割り切って、じっくりと舐めまわすように観察してやるしか……

 

 

 

「……ていうか、さ」

 

 

 

 解決法は、いたって簡単だった。「とりあえず、服を着なよ」

 

 

 

 もっとも、当然俺は女性用の服なんて持っちゃいない。しばらく悩んだ結果、体育用の赤い冬服ジャージをタンスから取り出すことにした。

 

 

 

 最初は『畏れ多い』だの『罰が当たる』だの、やたらと大袈裟に遠慮していた彼女も、しつこく促す俺に根負けしたのか、やがてゆっくりとジャージに体を通し始めた。

 

 

 

「あの……」

 

 

 

 ダボダボのジャージ姿と化した彼女が、服の色と合わせるかのように真っ赤な顔で、こう言ってきた。「本当に、本当にありがとうございます……クリエイショナー」

 

 

 

「ちなみにさ……その『クリエイショナー』ってのは、俺のことなの?」

 

 

 

「ええ、もちろんです!」

 

 

 

 大きな瞳を輝かせながら頷く彼女であった。

 

 

 

「……人間違いなんじゃないの?」

 

 

 

「いいえ、間違いなくあなたは、偉大なる我らがクリエイショナーです! ……ええ、あたしは一瞬で理解いたしました! 威厳に溢れるその声、聡明さが滲み出ているその口調はもちろんのこと、清流を想起させる涼しげなその瞳、母なる大地を体現するかのようになだらかなその鼻の形……そして何よりも、名刀の切っ先のごとく凛々しい、その顎!」

 

 

 

 ……馬鹿にしてんのか、おい! そりゃあ、確かに俺はかなりしゃくれているかもしれないけどさ。だからといって、オチみたいに言うんじゃねぇよこのヤロー!

 

 

 

「そこまで褒めてくれるのは、すっげぇ嬉しいんだけどさぁ……」

 

 

 

 ムカついた俺の反撃。「世の中には、ちょっと喋っただけで俺が馬鹿だとわかるとか、俺の声を聞いていたら吐き気がするほどイライラするって言う女の子も、いたりするんだよねぇ……」

 

 

 

「申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません!」

 

 

 

 またもや、土下座の姿勢を取る彼女であった。「あ、あの時は……その……なんといいますか、自分を強く見せたいが故に、ええと、心にもないことを申し上げてしまったのです、はい!」

 

 

 

 嘘つけ。あれは絶対に本音を語っている口調だったぞ。……とはいえ、床に額をぶつけまくる彼女を前にしたら、それ以上追及する気にもなれなかったさ。

 

 

 

「……で、本題に入るけども」

 

 

 

 再び彼女に土下座をやめるよう説得した後、俺は恐る恐る切り出してみた。「君は、その……いったい何者なんだ?」

 

 

 

「あたしは……この時代から五十一年と約二十五日後の未来からやってきた者でございます」

 

 

 

「………………」

 

 

 

 態度は変わっても、主張は一切変わらないらしい。「……お名前は?」

 

 

 

「M410NI19AG09IE、と申します」

 

 

 

「……要するに」

 

 

 

 こめかみを手で押さえながら、俺は確認した。「君は未来から来た人間で、なおかつその未来では人間が名前ではなく番号で区別されている、ってな具合の設定なの?」

 

 

 

「設定ではなく……その……事実なんです」

 

 

 

 大きな胸の前で両手を絡ませながら、伏し目がちに答える彼女であった。

 

 

 

 ……どうやら、自分がかなり変なことを言っているという自覚はあるらしい。

 

 

 

「ええっと、M41……ああ、もう、その、『君』でいいや、『君』で」

 

 

 

 暗記能力に乏しい俺が、か弱き少女に肝心なことを尋ねてみる。「で、君の目的は何なの?  ……言っとくけどさ、俺は全然金を持ってないから、騙したって時間の無駄だと思うよ」

 

 

 

「ク、クリエイショナーを騙すだなんてとんでもない! ……先程も申し上げた通り、あたしは歪んでしまった歴史を元に戻す為に、この時代へとやって来たのです!」

 

 

 

「なるほど……つまりはそういうことだったのか……」

 

 

 

 一応、それなりに頑張って、SF映画やその類の漫画に登場しそうな主人公を気取ってみたものの、俺はすぐに挫折した。「……ごめん、やっぱり全然わからないや。できればさ、もう少しわかりやすく説明してほしいんだけど」

 

 

 

「はい……了解いたしました」

 

 

 

 神妙な面持ちで頷くアンバランスな髪型の少女曰く――今から約五十年後の未来は、『クリエイショナー』と呼ばれる一人の人物によって、完全に支配されているらしい。

 

 

 

 すなわち、誰もが『クリエイショナー』とやらを尊敬し、誰もが『クリエイショナー』とやらを崇拝し、誰もが『クリエイショナー』とやらの命令に忠実に従っているとのことである。

 

 

 

 ……ちなみに、この “誰もが”の前置詞が、『世界中の』なのか、『日本中の』なのか、『県内の』なのか、もしくは『特定グループの』なのかは定かではないけど、少なくとも眼前の少女がその一員であることだけは確かなようだ。

 

 

 

 そして、ここが一番肝心な点なのだけど……その『クリエイショナー』とやらの正体は、どうやら約五十一年後の那部坂準こと、俺らしいのである。

 

 

 

 ――まぁはっきり言って、相手がナイスバディの美少女じゃなければ、即刻警察に通報していそうな類の与太話だったさ。

 

 

 

 とりあえず、何から質問、あるいは詰問すべきかを俺が迷っていると、

 

 

 

「実は、クリエイショナーに少しお尋ねしたいことがあるんです」

 

 

 

 逆に、彼女の方から問いかけてきた。「クリエイショナーは、星(ほし)村(むら)凛子(りんこ)という女性を、ご存知ですか?」

 

 

 

「星村凛子って……同じクラスのあいつのこと? ……そりゃあまぁ、一応知ってはいるよ」

 

 

 

 とはいえ、実際に会話を交わしたことは一度もない。……そもそも、彼女と会話を成立させたことのあるクラスメイトが存在するのかどうかすらも、怪しいくらいである。

 

 

 

 休憩時間のほとんどを読書で費やし、たまに他の女子から話しかけられても完全無視を決め込んでいる彼女が、クラス内で孤立するのは当然の成り行きだったし、またその状況を改善しようとしている様子も、本人からはまったく窺えない。それどころか、笑顔を浮かべている姿すら、目撃したことがない。……星村凛子はそんなかなり不気味な存在の女の子であった。

 

 

 

「この時点――今から三日前の午後四時頃、クリエイショナーは、星村凛子さんが事故に遭いかけている現場に、居合わせられましたよね?」

 

 

 

「よくそんなことを知ってるなぁ……」

 

 

 

 確かに彼女の言う通りだった。――三日前の午後四時頃。下校途中の俺は、高校と永苺園を結ぶ道のちょうど真ん中辺りに位置する交差点で、車とぶつかりかけている星村に遭遇した。

 

 

 

 星村を高校の外で見かけるのも、普段はクール極まりない彼女が尻もちをついて怯えている姿を見るのも初めての経験だったから、今でもあの出来事は鮮明に覚えているさ。

 

 

 

「そして、クリエイショナーはそんな星村さんをお救いになられた……」

 

 

 

「……それは違うな」

 

 

 

 ちょっと安堵する俺。何でもお見通しって訳ではないようだ。「星村を助けたとすれば……それは真壁の方だよ」

 

 

 

 三日前の俺には、珍しく連れ添って下校する相手がいた。

 

 

 

 ……さっきから何度か名前が出ている、真壁透だ。

 

 

 

 彼は俺にとって隣の部屋の住人であり、クラスメイトでもあり、なおかつ毎朝一緒に高校に通うほどの、親友でもあった。……ついでに言えば、現時点における、唯一の友人でもある。

 

 

 

 とはいえ、残念ながら彼は、同時に熱心なサッカー部員でもあったので、普段は俺と下校時刻がまったく重ならない。彼の親知らずがもう少し控えめだったら、あの日だって俺は、一人きりで下校していたに違いないだろう。

 

 

 

「やっぱり!」

 

 

 

 彼女は両手をパチンと叩き、なおかつ片膝を立てた。「……ちなみに、どうしてクリエイショナーは、星村さんをお助けにならなかったのですか!?」

 

 

 

「どうしてって……」

 

 

 

思わずのけぞりながらも、俺が答える。「あいつとは、けっこう距離があったからじゃない

 

 

 

かな? ……ああ、たぶん十メートルくらいはあったと思うよ。そんなの助けようもないってもんでしょ? ……その点、真壁は星村のすぐ近くにいたからね」

 

 

 

俺が突然鳴り響いたブレーキ音に驚いた時には、もうすでに星村が歩行者用信号機の下で、

 

 

 

尻もちをついていた。そしてその傍らには、彼女の右手をしっかりと掴む真壁の姿があった。

 

 

 

なおかつ、星村のすぐ前方では、右折してきたと思われる軽自動車が、不自然な角度で停車していた。――以上の状況から察するに、赤信号にも関わらず横断歩道を渡ろうとした星村が、右折してきた車と危うく接触しそうになったものの、歩道側に引っ張ってくれた真壁のおかげで、なんとか無事に済んだという感じだったのだろう。

 

 

 

 もっとも、当の真壁は『いきなりのことだったからあんまり記憶がない』始末だし、まさか星村に直接確認する訳にもいかないから、はっきりとは断言できないんだけどな。

 

 

 

「クリエイショナーは、真壁透と一緒に下校されていたんですよね? ……なのに、どうして星村凛子さんが事故に遭いかけた瞬間は、彼女のすぐ近くにいたという真壁透と、約十メートルもの距離が発生していたのですか?」

 

 

 

「別に深い理由なんてないさ。……たまたまだよ」

 

 

 

「何かその直前に、変わったことはありませんでしたか?」

 

 

 

「変わったこと、ねぇ……」

 

 

 

 そもそも誰かと下校することや、高校の外で同世代の女子と遭遇すること自体が変わってる

 

 

 

んですけど……なんて情けない返答をしようかしまいか迷っているうちに、俺はあることを思い出した。「……そういえば、ハンカチが舞っていたな」

 

 

 

「……ハンカチ?」

 

 

 

「うん……なんか、白いハンカチが上から落ちてきたんだ。……俺は、しばらくそれを見つめていたような気がする」

 

 

 

 星村が車とぶつかりかけたのは、いわゆる『新興住宅街』と呼ばれる場所の一角にある、横断歩道だった。当然、周囲に高層建築物なんて存在していない。

 

 

 

 だというのに、はるか上空から真っ白なハンカチが、太陽光を背にゆらゆらと落ちてきたもんだから、俺は思わず足を止めてその幻想的な光景に見入ってしまったのだ。

 

 

 

 ……耳をつんざくようなブレーキ音が聞こえてきたのは、その最中のことであった。

 

 

 

「それですそれですそれです!」

 

 

 

 興奮気味な様子で立ち上がる彼女。「そのハンカチが、歴史を歪めてしまったのです! ……ああ、間違いなくそれは、『フライング』が自爆したことによる影響ですよ!」

 

 

 

 全体的にはダボダボなくせして、胸とお尻のあたりだけちょっとタイトなジャージ姿の少女曰く――今から約五十年後の未来、すなわち彼女がやってきた時代から一年ほど前に、『時間軸移動理論』とやらが発見されたらしい。……ちなみにそれがどういうもので、またどういった経緯で発見されるに至ったかについては、彼女自身もよく知らないみたいだ。

 

 

 

 やがて研究を進めた結果、実際に他の時代に何らかの物体を転送させる実験が行われることになった。とはいえ、下手に他の時代に物理的影響を与えてしまうと、歴史を歪めてしまう恐れがある。そういった点を考慮して製作されたのが、蚊よりも小さなナノマシン――通称、『フライング』であった。……ちなみに、それが具体的にどんなマシンなのかは、彼女自身もよく知らないみたいだ。

 

 

 

 実験の結果、『フライング』は、五十一年と二十二日前の過去に、無事辿り着いた。しかし数分後、『フライング』のプログラムに想定外のバグが発生してしまった。結局、これ以上活動させるのは危険だと判断したクリエイショナーの命令によって、『フライング』は元の時代に戻ることなく、遠隔操作によって自爆させられた。……ちなみに、それがどのようなバグだったのかは、彼女自身もよく知らないようだ。

 

 

 

 ところが、である。恐れていたことが発生してしまったのは、その直後のことであった。連綿時間軸を観測したデータの中に、膨大なノイズが発見されたのである。……もちろん、どうやって連綿時間軸をとやらを観測しているのかや、そのノイズの内容なんかを彼女自身が知るはずもないんだけど、とにかくそれが、『歴史が歪み始めている兆候』を示すものであったのは、確かなことらしい。

 

 

 

 そこで、その原因を調査し、また解決する為に、今度は機械ではなく、人間が過去に送り込まれることとなった。……ちなみにその人間が誰なのかだけは、彼女自身もよく知っているらしい。まぁ、当たり前だろうけど。

 

 

 

 ――まぁはっきり言って、相手が『もしかすると、真剣に頼み込んだらもう一度裸になってくれるんじゃねぇの?』ってな希望を抱かせてくれるような美少女じゃなければ、即刻病院に連絡していそうな類の与太話だったさ。

 

 

 

「『フライング』が自爆したのは、実験した時点から、五十一年と二十二日前の午後四時頃――言い換えるならば、今あたしがいる時点から、三日前の午後四時頃なのです。つまり、ちょうど星村さんが事故に遭いかけた時間と、完全に一致するのです! ……もうこれで、おわかりいただけましたですよね、クリエイショナー!」

 

 

 

「ああ、君って、かなりかなりかなり頭が可哀想な女の子なんだね」

 

 

 

「その通りです!」

 

 

 

 真面目な顔で首肯する彼女。「『フライング』が自爆したことによって発生した風が、本来なら飛ぶはずのなかった白いハンカチを飛ばし、さらにその光景を目撃したクリエイショナーが足を止めることによって、歴史が歪んでしまったのです!」

 

 

 

 自分の話に夢中なあまり、俺の台詞を全然聞いちゃいなかったらしい。

 

 

 

「……要するにさ、俺が星村を助けなかったから、歴史が変わってしまったってことなの?」

 

 

 

 強引に話をまとめる俺。色々と突っ込みたいところはあったけど、いちいち全て指摘していたら、本当に五十一年くらい経ってしまいかねない。

 

 

 

「はい、そういうことになります」

 

 

 

「それは、その……どうして?」

 

 

 

「クリエイショナーと『マザーリア』が親しくなられるきっかけが、失われたことになるからです。……クリエイショナーが理想の社会をお創りになられた背景には、『マザーリア』の多大なるご尽力があったとうかがっております。もしそのお二人が結ばれないとなれば、当然のごとく、歴史も大きく歪んでしまうことになるでしょう」

 

 

 

 また彼女の口から、謎の単語が飛び出した。……しかも、今回はすごく嫌な予感がするぞ。

 

 

 

「その『マザーリア』ってのは……いったい何なの?」

 

 

 

「もちろん、クリエイショナー夫人のご愛称です」

 

 

 

 あっさりと、予感通りの恐ろしい返答を返してくれる彼女だった。

 

 

 

「ってことは……俺と星村は、将来夫婦になるってことかよ!?」

 

 

 

 いくらなんでも、この点ばかりには突っ込まざるを得なかった。「いやいやいやいやいや、なんで俺があんな女と結婚しなけりゃならないんだよ!?」

 

 

 

 真壁に助けられた直後、あいつがどんな行動を取ったと思うよ? ……自分の身を呈してまで助けてくれた男の手を、さも忌々しげに振り払い、そのまま何も言わずに去って行ってしまったんだぞ! そんな冷酷無比な女と結婚して五十一年間も生き延びる自信なんて、気弱で繊細な俺にはまったくない。むしろ、結婚五十一日目で自殺しそうな自信がある。

 

 

 

「じょ、冗談ではありません!」

 

 

 

 しかし、残念ながらまっすぐと俺を捉える彼女の瞳は、真剣そのものであった。「クリエイショナーがマザーリアを事故からお救いになったことがきっかけで、それまでまったく関わりのなかったお二人の仲が、急速に深まっていくのです! ……これは、クリエイショナーの伝記にもはっきりと記されている、事実なんです!」

 

 

 

「う、嘘つけ! ……お、俺はそんなこと絶対に信じないぞ!」

 

 

 

「う、う、嘘じゃありません! こ、これは、リア中のリアな話なんです!」

 

 

 

 両こぶしを振り回しながら、悲壮感溢れる声で言い返してくる彼女。

 

 

 

「さっきも言ってたけど、その『リア』ってのは何なんだよ!?」

 

 

 

「あ、も、申し訳ございません、クリエイショナー! ……つい興奮して、あれほど禁止されていたはずの時代錯誤表現を用いてしまいました! そ、その、ギャオス反省しています!」

 

 

 

「だから、その『ギャオス』ってのも何だよ!? やっぱり俺のことを馬鹿にしてんのか!?」

 

 

 

「あ、あ、あ、またやっちゃいました……やっぱり、あたしは駄目な女みたいです……」

 

 

 

 まるで死刑宣告を受けたかのようにその場にへたり込んでしまった後、「うっうっ……」

 

 

 

 両手で顔を覆う彼女を前にして……さすがに俺も我に返った。

 

 

 

「ご、ごめん……ちょっと、言い過ぎちゃったな」

 

 

 

 つい興奮していたのは、お互い様だったらしい。「だから、その……泣かないでよ、頼むから」

 

 

 

「は、はい、ありがたきお言葉です……ギャ……ものすごく光栄です。リ……本当に、申し訳ございません……」

 

 

 

「ていうかさ、仮に君のその話がリア……本当だとしてだよ」

 

 

 

 できるだけ落ち着いた口調で、話を戻す俺。「そんなギャオス……ものすごく大事なイベントがある時に、実験ロボットなんて送り込むなって話なんだけど……」

 

 

 

 『歴史を歪めてしまう恐れがある』だとかなんとか心配していたくせに、一番歴史が変わりそうな時を使って実験するだなんて……ひょっとして、未来人ってのは、全員が揃いも揃って頭がかなりかなりかなり可哀想な連中なのか?

 

 

 

「それは、その、実はですね……これは、『フライング』の実験の際に、初めて判明したことなのですが、現段階の技術と理論では、まだ一定の時間距離――具体的に言えば、五十一年と二十五日と一時間八分五十六秒前の過去にしか、移動できないようなのです。つまり、それより一秒先にも一秒後にも移動できないとのことらしいんですよ」

 

 

 

「それは……何故?」

 

 

 

「何故、と言われましても困るのですが……ええっと、その、あたしが受けた説明によりますと、連綿時間軸をX軸とY軸のグラフに例えたならば、我々はまだ、Y軸を移動することしかできないみたいなんです。そして、連綿時間軸には波長みたいなものがありまして、たまたまXの値が一致する時があるんですね、確か。そのたまたま一致する二つの点が、五十一年と二十五日と一時間八分五十六秒間離れているという訳でして、だから……」

 

 

 

「あ、もういいよ」

 

 

 

 いかにも自信なさげに語りやがる女の子に、具体的かつ科学的な説明を求めるのは、野暮だったようだ。「……要するに、『フライング』とやらの実験と星村の事故未遂が重なったのは、ものすごい偶然だったってことか」

 

 

 

「ええ、そういうことです! さすがはクリエイショナー、ご察しが早い!」

 

 

 

 嬉しそうな顔で小さく拍手する彼女。「なおかつ、そんな制限があるからこそ、あたしも“この時間”に来ざるを得なかったのです。できればこの時間よりもさらに三日前に移動して、クリエイショナーの足を止めさせたハンカチを、事前に回収したかったところなんですが……」

 

 

 

 なるほど、確かにそっちの方が、『歴史を元通りにする』という観点からいえば、はるかに手っとり早いといえよう。それをしなかったということは、つまり本当に時間移動には制限があるってことになり、すなわち、こいつの話も正しいってことになってくる訳で ……なんて、一瞬は納得しかけた俺だったけど、

 

 

 

「……いや、ちょっと待てよ。君の話、なんだか根本的におかしくないか?」

 

 

 

 さすがに、そこまで単純ではなかったさ。「君の話が本当なら、もう歴史はとっくに変わっちまってるってことだよな? ……だったら、君が未来から『歴史を元通りにする為にやって来る』ってのは、おかしいんじゃない?」

 

 

 

 我ながらありきたりかつ、的確な指摘だった。……未来が完全に変わってしまったのならば、未来人に『歴史を元に戻そう』という発想自体、生まれないはずなんだけど。

 

 

 

「ええっと……厳密に言えば、歴史はまだ完全に歪んではおりません。……何故なら、『UTFL理論』というものがあるからです」

 

 

 

 『UTFL理論』――別名『不確定時実流動理論』とは、彼女の言葉を借りると、『物事が完全に確定するまでは、そう簡単に歴史が歪まない』といった内容の理論らしい。「クリエイショナーとマザーリアがご健在である以上、お二人が結ばれるといった可能性が、完全になくなった訳ではないのです。連綿時間軸とは脆いが故に、再生能力も高いとされています。つまり、未来に変化が生じるのには、まだ一定の猶予が残されている――我々はそう推測しています。……まぁ、実際のところ、あたしも詳しくは知らないんですけど」

 

 

 

「……だろうなぁ」

 

 

 

 それでもなんとか頑張って理解するならば、だ。……俺や星村が死んだりしない限り、二人が結婚するという可能性が閉ざされた訳ではないから、未来もそう簡単には変わらない、ってところだろうか? 

 

 

 

「とはいえ、いつ大きな歴史変動が始まってしまうとも限りません。……そこで我々は、大きなリスクを承知の上で、もう一度この時代に干渉し、歴史を修正しようと試みたのです」

 

 

 

「でさ……ちなみに君は、具体的に、どうやって歴史を修正するつもりなの?」

 

 

 

「どうやってって……ええっと、クリエイショナーとマザーリアを深い仲にするお手伝いをさせていただきます」

 

 

 

「じゃあ、君は俺と星村をくっつけさす為に未来から来たという訳なの?」

 

 

 

「ええ、簡単に言うと、そういうことになりますね」

 

 

 

「……くだらねぇ! 本気でくだらねぇ話だったな! 真剣に聞いて損したよ!」

 

 

 

 信じる信じない以前に、それが俺の偽らざる本音だった。訳のわからない単語を並べられたあげく、ようやく明かされた最終目的が、『恋愛の仲介』まがいの代物だったなんて……たとえそれが事実だったとしても、あるいはいくら相手が涙もろくて健気な女の子で、なおかつポヨンポヨンのプルンプルンだったとしても、さすがに付き合いきれないってもんさ。

 

 

 

「く、くだらなくはありませんよ! 我々の未来が懸かっているんですから!」

 

 

 

 今度は軽くムッとしたような口調で反論してくる彼女に、

 

 

 

「ああ、そうそう。この際はっきり言っておくけど……」

 

 

 

 俺は、常日頃から抱いている自分の信念を口にしてやった。「……俺は未来なんてどうでもいいんだよ。今が楽しければ、それでいいんだ!」

 

 

 

「クリエイショナーが、そんな悲しいことをおっしゃらないでください!」

 

 

 

 一転、次は涙声で訴えかけてくる彼女だった。……そんなこと言われてもなぁ、これは小学校時代からのモットーなんだよ。それこそ、簡単には変わらないってもんだぜ。

 

 

 

「あとさ、ついでにもう一つ言っといてやるけど……いくら君が頑張ったところで、星村と俺をくっつけるのは、絶対に無理だと思うよ。あいつは男になんて興味がないだろうし、あったとしても、俺にはまったく興味を抱かないだろうな」

 

 

 

 ていうか、俺にもすでに意中の女性がいてだな。うん、その、できれば、その子と……

 

 

 

「それはわかりません!」

 

 

 

 彼女の叫び声によって、俺の妄想はあっけなくかき消された。「少なくとも、我々の未来では、お二人はとても仲睦まじい夫婦として有名だったのですから!」

 

 

 

「へぇ、そうなんだぁ……」

 

 

 

 いい加減うんざりしてきた俺が、話題を変える。「ちなみにさ……君以外に、誰かこの時代にやって来てる未来の人間がいたりするの?」

 

 

 

「いえ、あたし一人です。現在の――今から約五十一年後の技術では、人間を二人以上違う時代に送り込むことはできないみたいなんで……」

 

 

 

「……どういうことだよ?」

 

 

 

「たぶん、ですね……」

 

 

 

 少し困ったような顔になりつつも、健気に再び解説を試みる彼女であった。「無機物ならまだしも、人間レベルの情報や知能を持った有機物を異時間に二体以上送り込むと、連綿時間帯が崩壊しかねないほどのノイズが発生してしまうと、その、偉い人は考えているみたいなんです、はい……まぁ、ここらへんも、正直よくわからないんですけど……」

 

 

 

「……こんなこと言っちゃあ悪いけどさ」

 

 

 

 さっきからあやふやな説明を繰り返す自称未来っ娘に、俺は本音をぶつけてやった。「よくもまぁ、ろくに事情もわかってないくせして、そんな重要な任務を任されたもんだな」 

 

 

 

 あるいは、単純に顔が整っている上にナイスバディだという理由だけで選ばれたのか? 仮にも未来の運命が懸かっているようなプロジェクトのエージェントを、そんな基準で選んだりはしないと思うんだけどな、普通。

 

 

 

 ……ところが、彼女が述べたのは、もっと予想外の選考基準だった。

 

 

 

「実は、あたしが今回の任務に選ばれたのは、別に優秀だったからでもなんでもないんです。その、時間移動には他にも色々と制限がありまして……例えば、重量制限もあるんです。つまり、ある一定以上の重量を持つ物体は、転送することができないんです。そしてその重量制限に引っかからなかった人間が、組織内ではあたししかいなかったという訳で……」

 

 

 

「ああ、そういうことなのか」

 

 

 

 初めて、なんとなく納得できる説明を聞いたような気がする。

 

 

 

 確かに、胸部と臀部にはかなり肉が付いているとはいえ、全体的には小柄で細身な彼女に、それほど重量があるとは思えない。……その『組織』とやらがどんな代物なのかはまったくわからないけど、まさか彼女よりも軽い人間ばかりで構成されているってことはないだろう。

 

 

 

「実際のところは、あたしでもギリギリだったくらいなんです。……だから、昨日の朝から少量の水しか口にしていません」

 

 

 

 彼女は傍らに置いてあった銀色の封筒を手に取り、それをまるで大好きな人形のように抱きしめた。「なおかつ、この封筒がかなりの重量を持っていまして……これを持ち込む為には、服を脱ぐか、片腕の一部分を切り落とすしかないと言われました。なので、しかたなくあたしは服を脱いで……」

 

 

 

 そこまで言ってから、彼女は急に黙り込んでしまった。

 

 

 

 その沈痛な表情から察するに、いくら重量制限があったとはいえ、全裸で過去に送り込まれたのは、やっぱりかなり屈辱的で恥ずかしい体験だったのだろう。

 

 

 

「……と、ところで、さ!」

 

 

 

 場の雰囲気を変える為に、俺が無理からハイテンションな声を出す。「さっきからずっと気になってたんだけど……その銀色の袋には何が入ってるんだ? 教えてよ!」

 

 

 

 裏側が金色の刺繍で彩られているハガキ大の紙が入っていたのは、この目で確認した。

 

 

 

 だけど、その膨らみからいっても、また『かなりの重量を持っている』という彼女自身の証言からいっても、まだ他にも何か入っているはずなのである。

 

 

 

 ……それも、彼女が自分の尊厳を犠牲にせざるを得ないくらい、重要なものが。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 何か言いかけた刹那――

 

 

 

 彼女は銀色の封筒を抱きしめたまま、バタンと大きな音を立てて、横に倒れ込んでしまった。

 

 

 

「お、おい……ちょっと、大丈夫か!?」

 

 

 

 慌てて彼女の体を抱きあげる俺。……緊急事態だったとはいえ、生まれて初めて触れることになった若い女性の体は、想像していた以上に温かく、また柔らかかった。

 

 

 

 正直、できることならずっとこのまま抱きしめていたいような気もしたけど、しばらくしてその必要がないことを悟った俺が、彼女の体をゆっくりと床に戻す。

 

 

 

 何のことはない。……彼女はただ、すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てていただけだったのだから。

 

 

 

 さて、いったいどうしたもんだろう。あどけない寝顔のグラマラスな少女に一応布団をかけてやってから、俺は困ってしまった。……いくらドキッとするほど無防備な体勢で眠る美少女とはいえ、冷静に考えれば、おかしなことを口走る不法侵入者でもある。すぐに警察に突き出したところで、俺が責められる謂われはまったくないだろうさ。

 

 

 

 だけど……結局俺は、このまま彼女をそっとしておくことに決めた。

 

 

 

 何かを判断するのは、彼女がもう一度目を覚ましてからでも遅くはないだろう。なんにしても、眠っている少女を叩き起こして、なおかつ部屋から叩き出すというのは、ちょっと非人道的な気がする。それ以外に彼女を同じ屋根の下に置いておく理由なんてまったくないし、仮にあったとしても、絶対に言うつもりはない。

 

 

 

 ……ひどく疲れていたのは、どうやら彼女だけではなかったらしい。

 

 

 


 ベッドの上で色々妄想、もとい思案しているうちに、俺の瞼も自然と重くなっていった。

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