今から約半年前。
正確に言えば、二月十一日。
……鈴音は死んだ。
僕が住むこのアパートから歩いて十分程度の場所に、人知れずひっそりと建っている神社がある。いや、他の人は知っているのかもしれないが、少なくとも僕は足を踏み入れたことがない。とにかく、その神社の裏手にある草むらのような土地で、彼女は死んでいた。
もちろん、状況からもわかるように、それは自然死ではなかった。死体があった場所も去ることながら、胸から大量の血を流し、なおかつ首にアザを作るような最後を迎える病気なんて、どれだけ分厚い医学書を開いたところで見つからないことは請け合いだろう。
すなわち、鈴音は何者かによって殺された……みたいなのだ。
何故はっきり断言できないかといえば、
「……それがさ、死んだ当日のことはさっぱり覚えてないのよねぇ」
本人がこの有様だからである。「前日までの記憶はあるんだけどさ」
殺人事件において、犯人を除けば被害者ほど事件について詳細な情報を持ち合わせている人物はいないだろう。今回は異例のケースで、本来なら口を開くことができないはずの被害者が証言できるのだから、あっさりと事件が解決してもいいところなのに、なんだよそれ。意味ねぇじゃん。
「死んだ人間にはありがちのことや」
後藤さんがしたり顔で解説する。「特に、突然死を迎えた人間は、ショックのあまり記憶を失ってしまうケースが多いねん」
「だったら、どうしようもないじゃないですか」
呆れながら僕が呟くと、
「それをどうにかしようと集まってくれたのが、ここにいるメンバーなのよ!」
聞くところによると、彼らは全員、このアパートの近くで亡くなった人達らしい。
「なんだか、この辺りって不思議と死人が多いのよね。しかも、事故とか事件で亡くなった人がさ」
「もしかして、死神でもいるんじゃねぇか」
冗談めいた口調の滝川さんに、
「そういう非科学的なこと、あたしは信じないけどね!」
幽霊に『非科学的』だと言われる死神が不憫に思えるよ。「で、この半年の間にあたし達は出会ったのよ。それから、たまに集まってお喋りするようになったの」
「そうなのか……」
それにしても、自分が住んでいる場所って心霊スポットというだけじゃなく、そんなに物騒な土地でもあったのか。僕は愕然としながら頷くことしかできなかった。
「そして、三日前に晴れてあたしを中心とした『鈴音ちゃん殺人事件幽霊特捜隊』が結成されたって訳よ」
「三日前って……えらく最近じゃねぇか!」
おまえは死んでから半年近く何をしてたんだよ? ついでに言えば、その組織名もセンスないなぁ。主語がよくわからない上に幼稚すぎるぜ。
「え? そりゃあ、その、ぶらっとしてたわよ」
僕の問い掛けに、ちょっと困惑気味な顔で答える鈴音。「もちろん、あたしだって一刻も早く犯人を突き止めたかったわ。でも、そうする為の方法みたいなのがさっぱりわからなくてね」
「そこに、この人が現れたのよ」
雅美さんが後藤さんを指差した。「後藤君は事情を聞くなり、『みんなで協力して、鈴音ちゃんを殺した犯人を捜せばいいんちゃう?』って提案してきたの」
それが三日前ということらしい。いや、それまで誰もこのアイデアを思いつかなかったのか? 幽霊に対して言うのもなんだけど、能天気な方達だなぁ。
「ま、ご存知の通り基本的に幽霊ってのは退屈だからな。俺達も喜んで協力することになったんだよ」
どうして幽霊が退屈なのかは知らなかったが、それよりも僕には少し気になることがあった。
「その、滝川さんと雅美さん、でしたっけ? あなた達には、自分のやり残したことがないんですか?」
「ああ、俺は特にないな。俺を轢き殺した犯人はもうとっくに捕まってるしさ。言うなれば、まだこの世にちょっと未練が残ってるってだけだろうよ」
淡々とした口ぶりで滝川さんは言った。僕からすればとんでもなく衝撃的な告白に思えるんだけどな。
「私もそういったところよ。確固たる理由がある鈴音ちゃんが羨ましいくらいだわ」
雅美さんの死因については、あまり訊く気になれなかった。
「オレはもっとアニメが観たいわ。あと、できれば来年出る予定のフィギュアも拝みたいな」
最後のは聞かなかったことにしよう。
「という訳だから、『鈴音ちゃん殺人事件幽霊特捜隊』は今日から本格始動よ! こうやって会合場所も決まったしね!」
そう言ってニッコリと笑う鈴音の顔からは、自分を殺した犯人を捜すという悲壮感のようなものがまったく感じられなかった。むしろ、新しいサークルを立ち上げた時みたいに楽しそうな表情である。「五人で力を合わせて頑張りましょう!」
やれやれ、ご苦労なこったね。鈴音の我侭に付き合わされる、滝川さんも雅美さんも後藤さんも……あれ、数が合わないぞ?
「ま、まさか……」
僕には見えていないけど、この部屋にはもう一人幽霊がいるとでもいうのだろうか!?
「その、まさかよ」
鈴音の指先は僕の方へと向けられていた。「あんたもメンバーに入れてあげるわ! 光栄に思いなさい!」
そのまさかじゃねぇ! さらに最悪の展開じゃないか!
「隊長がそうおっしゃってるんだよ。ありがたく辞令を受け取りな」
滝川さんが皮肉っぽい笑みを浮かべた。ていうか、こいつが『鈴音ちゃん殺人事件幽霊特捜隊』とやらの隊長だったのか。知っても驚かないし、知りたくもなかったような正体だけどさ。
「ふふふ、鈴音ちゃんもやっぱり同世代の男の子と行動したいのね。さっきから、やけに元気だもの」
「そんなんじゃないわ」
素っ気なく首を横に振る鈴音。ここはせめて、もっとツンデレっぽく言ってほしかったね。「生きてる人間の協力って、事件解決の為にはおおいに不可欠でしょ。あたし達は物に触れられないのよ。たとえ決定的な証拠品が見つかったところで、手にとって調べることも出来ないのよ。あ~あ、本当は、こいつの体を乗っ取って自由に操る予定だったのに……」
僕を見ながら、彼女は悔しそうな表情を浮かべた。寒気がした。
「ちょっと待てよ。ひょっとして鈴ちゃん、昨日オレが教えたことを実行しようとしたんやないやろうな」
慌てたような様子で後藤さんが口を挟んできた。
「うん。さっそく昨日の夜に試したわ。てんで無理だったけどね」
「あああああ……おかしいと思ったわ!」
途端に後藤さんは頭を抱えた。「たまたま部屋に訪れたら、そこに住んでいた男の子と意気投合したやなんて、鈴ちゃんの性格から考えてありえんもんなぁ……」
どうやら、昨夜の出来事はかなり曲解されて伝わっているらしい。
「似たようなもんでしょ」
悪びれる様子もない隊長に、
「とにかく、あの方法は二度と使わないこと! それが守れないなら、オレはもう協力せぇへんで!」
どんな方法かは知らないが、僕だってその意見には賛成だな。なんにしても、他人の体を乗っ取ろうとするような女の子は支持できない。
「はぁい」
拗ねたように口を尖らせる鈴音。今さらツンデレっぽくしたって遅いってもんだ。
「どっちにしたって、鈴ちゃんの霊力では、生きている人間に憑依することは不可能なんや」
何やらまた怪しげな単語を使いながら深い溜息をつく後藤さん。「ま、もっと平和的に行こうや。ヒロインが悪霊となって人間に襲い掛かるアニメなんて、あんまり流行らんと思うで」
この人はなんでもアニメが基準のようだな。
「とりあえず、そういうことだから、これからもヨロシクな」
血まみれのおじさんが僕に笑いかけてきた。性格が良さそうな人だってことはわかるけど、僕にはヨロシクできる自信があんまりないです、はい。
「どうぞヨロシクね」
色っぽいお姉さんも魅惑的な笑顔を送ってきた。貴女が生きている時にヨロシクしたかったです、はい。
「じゃあ、今日はこれにて解散! 明日また、これくらいの時間に集まりましょう!」
「おう!」
「はい」
「あいよ」
威勢だけは隊長らしい鈴音の号令によって、各メンバーが次々と壁をすり抜けながら姿を消していった。あいかわらず到底信じられないような光景だったけど、言うまでもなく、もうこれくらいの超常現象では動じなくなっていたさ。窓の外に突然UFOが到来したって、普通にスマホで撮影できるくらい余裕だったね。
とはいえ、全員の姿が見えなくなったところで、僕は大きく息を吐きながら夜空に祈りを捧げるのだった。
……ああ、今度こそ全てが夢であってほしい、と。
ところが、である。すぐ近くには、そんな願いを木っ端微塵に破壊してくれる存在がいた。
何故か、鈴音はまだ僕の部屋で座っていたのだ。
「おい、おまえも早く帰った方がいいんじゃないのか?」
仕方なく、霊能力者でもないのに幽霊に話しかけてみる僕。
「別に。帰るところなんてないしね。まぁ、それはみんなも一緒だろうけど」
ほんの少しだけ寂しそうな声でそう呟いた後、彼女は続けてとんでもない言葉を繰り出した。「どうせ暇だしさ、しばらくはこの部屋にいるわ」
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