最終回のその前に
 水曜夜は冒険者――場所はおなじみ、東京は代々木のホビージャパンの会議室から。いよいよ今回で今シーズンもお終い。別個体とはいえ数回前になすすべもなく全滅寸前に追い込まれた赤竜と戦って勝てるのか……!!
 いつもの“今回予告”、『ミスタラ英雄戦記』も最終ステージ。「全力を尽くす」と言った女王シンは赤竜の本性を現し、ブレスを吐き、炎を降らせ、そしてキャラクターを頭からがぶがぶと食べてしまう。「うわあ、これは勝てる気がしない」とみんな悲鳴を上げつつ、結局剣で戦うのをあきらめ、マジックユーザーがひたすら魔法を使い、さらにコインの連続投入というダメな手段を使ってなんとかシンを倒す。
 「つまり今回は魔法使いがいればなんとか戦えるかも、ってことなのね」とは言うものの、セッションではメギスPLは所用あってお休み、つまりメギスは画面外。最上階に押しかけてくる雑兵どもを、階段の上で一人で食い止めているという設定。
 さて、勇者一行は生き延びられるのか……!?


狂乱の女王
 前回終了時より、時間は少し遡る。
 ナグパは倒した、いよいよ女王シンの息の根を止め、その企みも共に止めねばならぬ。敵が態勢を立て直して攻め寄せてくるまでの短い猶予の時間。勇者たちは傷を癒し、戦支度を整え直す。
 と、その時。メギスが押し殺した声で言う。

メギス:「みんな、これを持っていてくれ」

 素早く、1人に1本ずつ小瓶を配る。

メギス:「抵抗の霊薬(ポーション・オヴ・レジスタンス)だ。炎への耐性をもたらす魔法が込めてある。女王との戦いの前に、この薬を飲んでおいて欲しい。竜が来たらすぐに散開しなければこの間の二の舞だ。だが、そのかわりに私の魔法の守りが届かなくなるかもしれぬから」

 具体的にはポーションを飲んで以降、その遭遇の間中[火]ダメージを毎回10点ずつ無効化する。メギスPLが欠席したことによりマス・レジスタンスがかからなくなったことに対する救済措置であるとのこと。
 そして、メギスの機転はぎりぎり間に合った。ちょうど小瓶を配り終わった時に、女王シンの高笑いが中空から降ってきたのである。

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 その姿を見たメギスは、はっと表情を硬くした。
 神秘の技を極めつつある魔道士メギスにはわかる――もはやシンは“魔人”の力を宿し始めている。

メギス:「今なら、今ならまだシンは“魔人”と完全に一体とはなっていない。今ならまだ戦える……!!」

 しかしその言葉を裏切るように城は鳴動し、そして異変に気付いた配下たちが階段を駆け上る足音が不穏な雷鳴のように響きながら近づいてくる。

メギス:「早く薬を飲むんだ……!! 後続は私が食い止める。君たちはシンを倒せ!!」

 その声に弾かれたように瓶の栓を抜き、中身を口に流し込む一行。それを見て女王シンはいっそう甲高く笑い……そうしてその姿がふっと掻き消えたかと思うと、その場にはまぎれもなき、見上げるような赤き竜。竜は心底おかしそうに一行を嘲り、こんなことを言う。

女王シン:「奴からは、なかなかよい名を貰ったようではないか。ではその名に続けて、私も称号を贈ってやろう。“女王シンに逆らった愚か者”とな――竜からの称号を2つも授かる者などそうそうおらぬだろうよ。だが、残念だな、その晴れ姿を見る者はおらぬぞ。貴様らはすべて竜魔人の餌になって消えるのだからな……!!」

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 そう、女王シンの目には地底の赤竜に刻まれた汚辱の称号が輝いて見えているに違いない。だが、
 ――好きなだけ笑うがいい。その隙に……
 地底の赤竜に一度は煮え湯を飲まされた一行、二度同じ手は喰わぬ。今回は慎重に散開し、竜が炎を吐いたとしても一度に焼かれることのないよう、四方八方から女王シンを狙う。
 ちなみに戦闘の前半、シンは3つのクリーチャーとして表現されている。具体的には、頭、右手、左手である。原作ゲームの再現だ。

 最初に動いたのはシンの左手だった。手近なアーズを引っ掴むと、無造作に口元に運び噛みつく。牙が食い込むと同時に竜の口に含まれた炎がアーズの身体を焼こうとするが、これはメギスの霊薬の力が跳ね返して無効。

グレルダン:「太陽神よ、我らの腕に力を……!!」

 司祭の祝福(ブレス)の祈祷が響く。勇者たちの身体は陽光の色に淡く縁どられ、神の力は確かにその腕に、指先に宿ってゆく。

 ローズマリーは次々と言葉の魔法を紡いでいる。守りの歌を小さく奏でつつ、エルカンタール――彼には何があっても竜の目を射潰してもらい続けねばならない――に特に念入りに守護のまじないをかける。その身体が、心が強くあるように、その指に不動の呪いがかかった時にも振り払う力が与えられるように。それから声を一段と高く張り上げる。
 ――さあ、ここから先は竜のための葬送歌(ダージ・オヴ・ザ・ダムド)を。我らの腕に力が宿りますように。一刻も早くあの呪われた女を地獄に送れますように。

 狩人は、詩人の守りが身体を覆うのを感じた。ならば期待に応えねばなるまい。エルカンタールの放った矢は正確に女王シンの片目を射抜く。もう片方の目もショックでしばらくは使い物になるまい。女王の悲鳴を聞きながら、さらに空気中に満ちる精霊に呼びかける。形を成せ、茨の藪となれ、あの呪われた赤竜を棘ある茨(ソーン・ウォード)で縛り上げよ。
 唇が精霊に呼びかけている間にも、戦いに馴染んだ指は止まらない。張りつめた表情とは裏腹に流れるようにその手は動き、竜の上に矢の雨を降らせる。具体的にはアクション・ポイントを使用してのラピッド・ショット。女王シンの頭部と右手とを同時に狙う。狙った的に突き立った矢は、しかしすぐそばにいたブラントの身体には掠りもしない。
 ――ようやく、敵味方を射分けられるようになったか。
 一瞬だけ、狩人の唇を笑いの影が彩った。

 ――ええい、ちょこまかと。
 (地底の赤竜がやったのと同じように)一瞬で相手をたたき伏せるつもりでいた女王シンは微かに焦りを感じた。口の中のハーフリングをもうひとしきり噛み潰すと吐きだし、頭を巡らし、気配のするほうに噛みつく。

ブラント:「っと、あぶねえ、いや、違った、あちぃあちぃあちぃ!!」

 危うくそれをかわしたブラント、牙の隙間から溢れる炎に焼かれ、そうしてわざと大げさに騒ぎ立てる。盲目の女王に気づかせてはならない――メギスの霊薬の力の甲斐あって、なまじっかな炎はここにいる誰の身体も焼けはしないということを。

 ――何か、おかしい。こうなったら。
 赤竜最大の武器、炎の奔流を吐いて全員黒こげにしてやる、とばかりに女王シンは大きく息を吸い込む。気流が渦巻き、戦士たちの足をすくって口元に引きずりよせようとする――が、そう、竜が炎を噴く前に何をするかは先刻承知。咄嗟に身構えたおかげで誰一人として、身じろぎもさせられずにすむ。
 炎の奔流はこの数瞬後。策を講じる時間は、ある。

 女王シンの右手から火柱が立つ。が、気配のする方向に火を放っただけだから、当然のように外れ、飛び散った火の粉程度では何もできはしない。そして、

アーズ:「よくもやってくれたな……!!」

 噛み潰され吐き捨てられたアーズがむくりと起き上がった。身の丈ほどもある大剣を軽々と操り、その姿はまさに剣人一体。しかしその小躯では伸び上っても剣が届くのは覆いかぶさるように差しのべられた竜の両手がせいぜいであろうと思われた、まさにその瞬間、

アーズ:「喰らえ!!」

 小さな身体は大きく跳ねると手近な彫像に駆け上がっていた。反射的に振り下ろされた爪をするりとすり抜け、次の瞬間にはありえない速さと滑らかさで竜の首に3度、剣が叩き込まれていた。女王が一瞬大きく前にのめったところに、

ブラント:「おっと、逃がしゃしねえよ……コード様の仰るにはな……貴様、死ねィ!!」

 ブラントが立ちふさがり、にやりと笑った。その鉄鎚を身に受けた瞬間、女王は自分の顎から、そして肺から力が奪われるのをはっきりと感じた。奔流となってすべてを焼き尽くすはずだった炎はほとんどため息のように口からこぼれてしまう。それでも生意気な騎士だけは焼き殺したと思ったのに、

ローズマリー:「悪い奴のすることなんか、お見通しってきまってるのよ!!」

 ちっぽけな妖精の声と同時に因果律がねじ曲がり、炎を吐きだそうとした顎には何故か騎士の鉄鎚がすでに叩き込まれている。

女王シン:「まさか、この私が……こんな、恥の名を負った連中に……!!」

 女王は焦って手を振り回した。弓使いをひっかけ、勢いで騎士を殴りつける。その瞬間、

ローズマリー:「馬鹿にしたね! お返しに、あんたにも、すっごい恥ずかしい妙ちきりんな名前、つけてやるんだもんね!!」

 ちっぽけな妖精が叫びながら突っ込んだ。針のような剣が光る。盲いたはずの目を、魔法の力がさらに眩ませる。

ローズマリー:「ほら、アーズ、仕返ししちゃえ!!」

 その声に文字通り弾かれ、アーズの剣が走る。顎を半分断ち割られ、女王は悲鳴と同時に炎を吐き散らかした。その瞬間。

 浮遊城全体が、大きく軋み、揺らいだ。
 扉の向こうのメギスのそれも含め、全員の額に刻まれた恥辱の称号が赤黒い光を放っていた。

 炎に抱き殺された炎の使い手。
 熱に浮かされし殺し損ない屋。
 衰え沈みし陽光。
 微塵に砕けし矢柄。
 消魂の騎士。

 そして、その最初の1文字が宙に浮かび上がる。

 ――炎熱よ 衰微し 消えよ

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 浮き上がった詞は鎖となり、女王の躯を、翼を、爪を、牙を縛り上げてゆく。女王の悲鳴を掻き消すように、轟音と共に塔の壁が崩れ、巨大な深紅の塊が飛び込んでくる――ラファエルの洞窟の赤竜、“英雄喰らい”だ。

英雄喰らい:「小さきものよ、よくぞ我が呪いをシンの元まで届けてくれた!!」

 一声叫ぶと、“英雄喰らい”は女王シンの喉元に喰らいついた。そしてそのまま肉を喰いちぎり、咀嚼する。

英雄喰らい:「すべてを喰らう、喰いつくしてやる、お前も、魔人も……!!」

 女王の命の火が喰いつくされていくにつれ、彼女の操る魔力のバランスの上に浮かんでいた浮遊城は揺らぎ、高度を下げながらばらばらと崩壊していく。このまま城を運命を共にせねばならぬのか――

 もはやこれまでか、とさしもの勇者たちも覚悟を決めた瞬間、“英雄喰らい”の崩した壁の穴からペガサスに乗った妖精騎士たちが飛び込んできた。その先頭に立つのはテルエレロン。

テルエレロン:「手助けが要るようになるやもしれぬと思っていたのだが……まさかこんなふうに役に立つとは――!!」

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 騎士たちはそれぞれ勇者たちを1人ずつペガサスの背に抱え上げると、崩れゆく城を飛び出す。その向かう先には、見覚えのある紋章を帯びた飛空艇。テルエレロンからの報告を受け、公子マラキー・ドゥ・マライはさらに新たな飛空艇を一行の援護のために送り出していたのだ。

 崩れながら落ちてゆく城、そしてその中で塊となって喰らいあう2体の巨大な赤い竜を、一行はペガサスの背から、あるいは飛空艇のデッキから声もなく見つめていたが――やがて誰からともなくこう口にする。

 ――地上に下ろしてくれ。まだ倒さねばならぬ竜がいる。


魔竜“喰らうもの”
 ペガサスの騎士に地上まで下ろしてもらうと、一行は城の落ちた場所に急行した。もとは城であった岩塊の転がる中に、巨大な――それこそ小さな城ほどもありそうな赤き竜がうずくまっている。その姿はたった数分前に見たはずのものの何倍か。一行が近づくと“それ”は首をもたげ、見上げても届かぬほどの高さからにやりと笑い、そしてローズマリーの小さな姿を認めると「また会ったな」と言った。

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 ――我が名はもはや“英雄喰らい”などではない。女王シンを喰らい、魔人を喰らい、最強の魔竜となった我は、今より先は“喰らうもの(ディヴァウラー)”と名乗る。詩人よ、我が英雄譚を語るときにはそのように歌え。
 ――さあ、我が呪いを運びし小さな勇者どもよ、その功に免じ、ここは貴様らには手を触れずにおこう。我が刻みしその恥の称号を負って、この先も冒険を続け、我がもたらす恐怖のさまを長くこの地に語り伝えるがいい。

ローズマリー:「よく言うわね。でも、さすがだわ。お望み通り、みんなに言いふらしてあげるわ。レッドドラゴンさんはやることが違う、えげつないってね」

 ローズマリーが鼻で笑う。その言葉も終わらぬうちにグレルダンが感に堪えないといった表情で叫んだ。

グレルダン:「おお、太陽神の御名は誉むべきかな、我らが地底の洞窟で死にかけたことも、汚辱の称号を負わされたことも、すべてはペイロア様の御心であったのだ。赤き竜よ、貴様は我らを己がちっぽけな掌の上で踊らせたつもりであったろうが、貴様こそペイロア様の御手の上で踊っておったのだぞ――さあ、これこそペイロア様のお導きぞ、女王シンと魔人の力ともども、この赤き竜を倒すのだ!!」

 エルカンタールの唇に人の悪い笑みが浮かぶ。

エルカンタール:「いやぁ、グレルダンさんはいいことを言うね。さ、アーズ、私たちの武器を取り返しに行こうか」
アーズ:「まったくだ。ここまで来てくれて、出向く手間が省けたよ」

 その隣で、ブラントがおもむろに山砕きの大鎚を下した。

ブラント:「……ふぅ、しょうがねぇなァ」

 ひとつ息をついた次の瞬間、ブラントは両手に唾を吐いて大鎚を握り直し、牙をむき出して笑った。

ブラント:「さァ、始めっか!!」

 浮遊城が落下しきるまでの時間は僅かだった。傷を癒す暇はなかった。しかしペガサスの背で、あるいは飛空艇の甲板でとった貴重な休息が、一行の身体に新たな力を与えていた。具体的には、

*ドラゴンとの遭遇は連続しているので、」ポーション・オヴ・レジスタンスの効果は持続している。
*一方で、小休憩ほどではないが一息ついたので[遭遇毎]パワーを1つ回復させてよい。
*遭遇としては別に数えるので、またアクション・ポイントを使用しても構わない。
*仕切り直しとして、イニシアチブを振りなおす。

 以上の宣言がDMからなされたのである。

 そうして崩れた城の残骸の影を伝うように、一行は竜に近づいてゆく――。
 先ほどとは違い、これ以降、竜は1体のクリーチャーと見なされるが、それでも1ラウンド中に複数タイミングで行動するほか、さまざまな攻撃手段を備えているのが、〈魔法学〉判定と〈歴史〉判定から判明した。
 イニシアチブが巡る。
 掛け声をかけたのはブラントだったが、最初に竜に傷を与えたのはいつも通りエルカンタール。

エルカンタール:「まずはあなたの目を奪う!」

 狙いは過たず、竜の片目は射潰された。もう一方の目もしばらくは眩んで使い物になるまい。だが、すかさず竜は炎を吐き、エルカンタールとアーズのいるあたりが赤い奔流に包まれる。まともに喰らいはせずとも、さっきシンの吐いた炎など比べ物にならぬ――火の粉でさえも肉を焼ききり骨を焦がす。

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魔竜“喰らうもの”:「ええい、こそこそと逃げ隠れしおって」

 手ごたえのなさにいらだつように、竜は大きくその尾を薙ぎ払う。炎への防壁になるはずだった岩塊が微塵に砕け、尾の一撃をまともに喰らったアーズが昏倒する。

ローズマリー:「あんたにだって逃げ隠れなんかさせないから!!」

 さっきシンに喰いついたときに反撃を喰らった翼の付け根に胸の傷、塔に突っ込んだ時に入った爪のひび。強そうに見えたってあんただって傷だらけ。弱点露見の呪歌(エクスポージャー・オヴ・ウィークネス)が高らかに響き渡り、それから妖精は竜めがけて突っ込む。巨大な竜の鱗1枚にも満たない大きさの小妖精の剣は、それでも竜の喉首の鱗の隙間を深々と抉り、引き抜いた剣から放たれた光がさらに竜の脳髄を灼く。巨大な竜の動きが鈍る。

 そこへすかさずブラントが駆け寄る。大鎚を突き付け、そして

ブラント:「死ね!!」

 手短かに神の理を説く。
 手短かにも程があるが、それでも神の力の宿った鉄鎚は竜の力をごっそりとこそげた。具体的にはサートン・ジャスティスによる弱体化状態&幻惑状態がもたらされた。

 負けずにグレルダンも進み出る。が、最初にしたのは昏倒しているアーズのために癒しの聖句を唱えること。ハーフリングが身じろぐのを確認すると、おもむろに鎚鉾を竜の腹に叩き込む。

 その痛みに竜の本能が反応した。気配のするほう――たまたまブラントのいる方向だったが――めがけて噛みつくが、牙は空を切る。そして、

エルカンタール:「……見て狙わせはしない」

 エルカンタールの矢が再度目を抉る。が、おそらく狙ったのであろう無事なほうの目は外れて、さっき射潰した目に2本目の矢が突き立つ。のたうつ竜を見ながら、小さくエルカンタールは舌打ちする。

 あふれた血が無事なほうの目にまで流れ込む。見えない。何も見えない。いらだちながら竜は尾を大きく振るった。ローズマリーがそれにあたって弾き飛ばされる。が、

ローズマリー:「ありがとう、距離を取る手間が省けたよ!!」

 そこから逆手に剣を構え、妖精は竜めがけてまっすぐに突っ込む。突撃の勢いを得て、再び剣が光る。魔法の光は確実に竜の神経を狂わせてゆく。

ブラント:「そんじゃあ、こっちへ来やがれ!!」

 ブラントが凶暴の相(アスペクト・オヴ・フェロシティ)を浮かべた。まさに修羅か悪鬼とでもいったほうが似合う。続けて揺るがぬ勇気の化身(アヴァター・オヴ・アンドーンテッド・ブレイヴァリ)をその身に顕現させる。
――竜は気配に引きずられるように、のろのろとそちらに向かって身構えた。何だ、これは。まさか我はこの男を畏れているのか。そして気でも狂ったような咆哮と共に鉄鎚が叩き込まれた。危ういところで直撃は免れるものの、衝撃で竜の鱗はぼろぼろとこそげる。

 そこへアーズが不可避の一撃を叩き込む。肉を抉られた痛みに竜は跳ね、巨大な足でアーズのいるあたりを蹴りつけるが

ブラント:「見えてなくても余所見すんじゃねえ、貴様の敵は俺だ!!」

 すかさずブラントが殴りつけ、はずみにハーフリングを捕えたはずの足は空を切る。口元に浮かべた笑みだけでアーズはそれに礼を言うと、伝説の剣の中に秘められた力をここぞとばかりに解放した。剣はアーズの腕を操るかのように大きく踊り、再度深々と竜の肉と骨を断ち切る。

 巨大な赤竜は、ついに前足を折り、がくりと身体を倒した。と同時に激しく嘔吐する――腹の中から炎があふれ、一帯を真っ赤に染める。死に近づいた竜が吐き散らしただけの炎はブラントの身体をまともに包んだ――具体的には重傷になった際の効果として、竜の攻撃ロールは出目が17以上でクリティカル扱いになり、そして今の出目は17だったのだ。
 が、神の理を叩き込まれ弱体化状態にある身体から吐き出される炎の威力は半減。ブラントを焼き倒すには到底至らない。

 グレルダンが何事か絶叫しながら鎚鉾で竜を滅多打ちにする。同時にエルカンタールの傷がすっかり癒え、一度は昏倒したアーズの傷も大事ないまでになったところをみると、叫んでいたのは癒しの聖句だったらしい。それでもグレルダンはまだ祈りを止めない。全身の気合を込め、具体的にはアクション・ポイントを使用して、祈りの手の形で鎚鉾の柄を握りしめると声の限りに絶叫する。

グレルダン:「貴様の存在を天なる神はお許しにならぬ。降りそそぐ陽光は貴様を焼き尽くすだろう、貴様は太陽の敵(ソーラー・エネミー)と定められた!!」

 グレルダンの全身が真昼の白光に包まれ、光に灼かれた竜は苦悶の声を上げる。そこへアーズがさらに一撃を浴びせる。具体的にはグレルダンはアクション・ポイントを使用したことでアーズに1回の近接基礎攻撃を行わせたのである。
 竜の足がもう一度跳ねたが、今度もまた空を切り、そこへすかさずグレルダンが鎚鉾を叩き込む。神々の大鎚(ハンマー・オヴ・ザ・ゴッズ)の技である。

 斬り立てられ、痛みに狂った竜は再びめちゃくちゃに尻尾を打ち振った。今度もまたローズマリーが跳ね飛ばされる。

エルカンタール:「――こいつ。光を失え――永久に!!」

 今度こそ、エルカンタールの矢は残った目を射潰した。両目の光を完全に失い、竜は今度こそ我を失った。怒り狂って掴みかかるが誰もその爪にはひっかからない。このままでは殺される。焦りが竜の身体に新たな力を吹き込んだ。死に物狂いで気配の多いあたりを爪で薙ぎ払う。一度だけ手ごたえがある。その爪は確かにブラントの胸を抉っていた。が、弱った腕ではとても致命傷には至らせられぬ。

 跳ね飛ばされたローズマリーは、再び剣を逆手に構え、竜めがけて突っ込む。小さな剣の穿つ傷は徐々に深く心臓めがけて広がってゆく。ブラントの身体から黒い闘気が湧き上がり、もはや壊れかけた竜の精神をさらに切り裂き、蝕む。

 動きの鈍った竜の首に、すかさずアーズは取りついた。剣を構えたまま身軽にその身体によじ登り、そうして渾身の力を込め、かつて確かに邪竜を屠ったという伝説の魔剣を叩き込む。
 手ごたえ、あり。
 骨を断つ感覚に励まされるように、剣の中に眠るすべての力を解放する。その力に突き動かされ、伝説の剣は脂の塊でも斬るかのように滑らかに竜の首に食い込んでいき――

 ずうん、と地響きを立て、巨大な赤竜の首が大地に転がった。
 それから一瞬遅れ、もっと深い響きと共に、その身体が倒れた。

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 ――訪れたのは、静寂。

 誰もが――斬ったアーズさえもが――どこかおそれていたのだ。音を立てることを、声を発することを。
 あまりにも強大な敵であった。倒せたとは信じられなかった。
 もし音を立てれば、この竜は再び目覚め、立ち上がって襲ってくるのではないか。そう思わずにはいられなかったのだ。

 数瞬の時が流れる。
 それでも確かに竜は、首を斬り飛ばされ、死んで斃れている。

 その事実をようやく受け入れた瞬間、歓声が爆発した。

『アーズ!』『アーズ!!』

 上空の飛空艇から、ペガサスに乗った騎士たちから、喉も破れよとばかりに小さな勇者をたたえる声が降ってくる。そして――

アーズ:「剣の銘が……!!」

 伝説の魔剣の刀身が淡く光り、“アアアアの剣”の字が薄れてゆく。そして一際強い光を放った剣の銘は、まぎれもなく“アーズの剣”。
ついに彼の魂の名を、剣は自分の銘として認めたのである。


物語は続く
 女王シン、そして“喰らうもの”を名乗った竜は斃された。
 “喰らうもの”が死んだ瞬間、アーズたち5人の額に刻まれていた汚辱の称号は力を失い、消えた。
 グラントリ公国、ダロキン共和国をはじめとする、女王の軍に悩まされていた国々は英雄の功績をたたえ、その武勇を永く語り継いだ。

 だから、これはめでたしめでたしの後の話である。

 赤き竜を片付けた後、ローズマリーは早速ラファエルの洞窟に潜った。竜の洞窟で宝探しをしながら、今度の英雄譚――一世一代の名作になりそうだ――の歌詞を練る。詩人として最高に幸せな瞬間だ――が。

 不意にローズマリーはぽろぽろと涙をこぼした。凄まじい怒りと悲しみが心を覆い尽くしている。

ローズマリー:「地獄大帝……!!」

 かつて冒険を共にした仲間の名を、ローズマリーは呼んだ。彼は大事な友達で、だからローズマリーは彼と“心結びの砂糖菓子”を分け合ったのだ。その菓子を分け合ったものの一方が何か激しい感情に満たされたとき、もう一人も同じ感情を感じるという。

ローズマリー:「地獄大帝さんが泣いてるんだ……。あたし、行かなきゃ! みんなの活躍を見てあげられなくてごめんね……!!」
エルカンタール:「なんだ、地獄大帝に会いに行くのか? ……あいつの顔も久しく見ていないなあ。じゃあ、私も一緒に行こう」

 駈け出そうとするローズマリーをひょいと肩に乗せ、エルカンタールはくすりと笑った。そうしてローズマリーとエルカンタールはまた別の物語の中へと歩いて行った。



メギス:「やれやれ、ひどい目にあった」

 決戦の間に雑魚どもを一歩も通すまいと頑張っていたら、飛空艇には拾われ損ねるし、危なく城と一緒に潰れるところだったよ。ところで渡した薬は役に立ったかい。

 そう言ってメギスは笑い、それから急にまじめな顔になった。

メギス:「今回は私の今持っている魔法では竜に対処しきれない……そう判断せざるをえなかった。正直言って、少しばかり悔しい思いもしているよ。この地には最終魔法、ファイナルストライクと呼ばれる最強の魔法が眠っているという。私はそれを探しに行く」

 そうしてメギスはメギスの探索の旅に出発したのである。



 グレルダンには何をおいても済まさねばならぬ大仕事があった。教団に戻ると彼は早速石化解除の儀式書を入手し、それからラファエルの洞窟へと急行した。
 クラッサスとディムズディルは、相変わらず石の姿でそこに立っていた。ありがたいことに欠けた様子もない。早速石化を解除する。

グレルダン:「クラッサス、ディムズディル……!! 遅くなって済まなかった。女王シンと洞窟の赤竜は斃したぞ」
クラッサス:「なんだと、俺たちが石になっている間に全部片付けちまったのか。俺たちのぶんも残しておいてくれたってよかったろうに」グレルダン:「まぁ、そう言うな。世の中にはまだ赤い竜も黒い竜もわんさとおるだろうよ」

 それからひと呼吸おき、グレルダンは言葉を継いだ。

グレルダン:「それからクラッサス……お主の剣だが、今は別の男の者になっている。そいつが……魔竜を倒した」
クラッサス:「なに、役立ててくれたのならそれでいい。……ああ、だがその剣の持ち主に会ってみたいものだな。どんな偉丈夫だろう」
グレルダン:「そうだな、見ればきっと驚くとも」

 小さな英雄、アーズの姿を思い浮かべ、ひとりグレルダンは愉快そうに笑った。確かに驚くだろう。剣を背負っているか引きずられているかわからぬようなハーフリングが竜殺しの大英雄なのだから。

 そうして、まだこの世にうごめく赤やら黒やら緑やらの悪竜を倒すため、戦士と僧侶とドワーフと、気心の知れた同士の三人組は旅だったのだった。



 マラキー公子の飛空艇の甲板で、ブラントは久々にくつろいでいた。とりあえず任務は果たし終えた。やっかいだったが生き延びた。しばらくはゆっくりと骨休めをして……そんなことを考えていると、背後で頼りない声がした。

伝令:「あの、ブラントさま」

 振り向くと、まだ少年の域を出るかでないかといった、いかにも線の細い伝令が、不安そうに書簡を差し出している。

伝令:「公子様からの親書で……」
ブラント:「……またァ?」

 情けなさそうにブラントはぼやいた。が、伝令は消えない。すまなさそうに、でも相変わらず、書簡をブラントに差し出し続けている。
 仕方なくブラントは書簡を受け取り、開き、読み、それからもう一度ため息をついた。

ブラント:「……またァ?」
伝令:「あの、公子様から……」

 ブラントはげっそりと肩を落とすと、唸った。

ブラント:「御意のままに、とお伝えしろ」

 公子の親友も楽ではない。ブラントの冒険はまだまだ続く。



 自分の魂の名を刻んだ伝説の魔剣を手に入れ、アーズの心は満たされていた。だが、これで終わりではない。この地にはまだ様々な魔剣が眠っているはずだ。だいたい、赤竜に取り上げられた嵐の剣を取り戻しにいかねばならない。

 だが、それは自分一人の功績にするべきことでもない。なによりアーズは既に、自分の名を刻んだ魔剣を手に入れている。

 アーズは一族郎党を呼び寄せた。この地で魔剣探索の一大事業を展開しよう。だが、僕は既に剣を手に入れている。だから皆が剣を探すのを守り助けよう。

 今や魔剣探索者の一族の頭領となったアーズは、だが、こうひとりごちるのだ。

 ――僕はこの地で僕の名を刻んだ伝説の魔剣を手に入れた。だが、本当の“伝説の剣”は、ともに戦ったあの仲間たちだったのかもしれない……



『水曜夜は冒険者』~ミスタラ英雄戦記On the Table~
これにて大団円。