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村上和巳【我、百文の一山なれど】vol.7「帯に短し、たすきに長し」

2014/02/08 23:47 投稿

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石のスープ
定期号[2014年2月8日号/通巻No.108]

今号の執筆担当:村上和巳



  宮城県から上京し、東京都民となってちょうど今年で四半世紀になる。2014年東京都知事選は私が上京してきてから8回目の知事選だ。

 初めての都知事選は1991年。当時、高齢が指摘されていた鈴木俊一都知事に対して、自民党本部が元NHK特別主幹の磯村尚徳氏を対抗馬として立て、結局鈴木都知事が再選したことは記憶している。
 もっともこの時、投票に行ったはずなのだが、誰に投票したかはとんと思い出せない。

 そもそも田舎者の私にとって、地元・宮城県の知事選は、現職かその後継指名を受けた自民系保守候補に日本共産党の推薦候補が挑む2〜3人の候補者による冷めた「出来レース」という印象しかない。
 しかし、東京都知事選は候補者数も多く、びっくり人間コンテスト並の多彩な顔ぶれが集結する。もはやお祭に近い。

 過去思い浮かぶだけでも、内田裕也、羽柴誠三秀吉、黒川紀章、桜金造、外山恒一、トクマ。
 中でも衝撃的だったのは外山恒一氏。その政見放送では「私には建設的な提案などない」「所詮選挙なんか多数派のお祭りに過ぎない」「政府転覆」と選挙の立候補者とは思えないあからさまな民主主義否定に思わず爆笑した。
 現選挙の立候補者でもドクター中松、マック赤坂など、とにかくインディーズ候補は目白押しだ。
 それだけ豊富な候補者がいるにもかかわらず、都知事選も閉塞感がある。概ね構図は現職に対して非自民保守、あるいは自民党本部が押す自民系保守が挑み、結果は現職の一人勝ちということが多いからだ。そのため都知事選は半ば義務感で投票所に足を運び、消去法で候補者を決定することも少なくなかった。

 だが、今回だけはちょっと違う。現時点では自民党が押す舛添要一氏が優勢と伝えられているものの、そこに反原発を掲げたかつての細川護熙元首相が立候補し、これを小泉純一郎元首相が強力にバックアップ、政権与党に対抗している。
 少なくとも今までの都知事選よりはかなりの「わくわく感」がある。だが、悩ましい。
 いつもは期日前投票を行う私だが、本日土曜日深夜現在まで迷いに迷っている。というか、積極的な選定でも、あるいはその逆の消去法でも、「この候補に投票しよう」という踏ん切りがつかないのだ。

 まず、1つの対立軸に「反原発」がある。正直、私はあの東日本大震災による福島第一原発事故が起きるまで、反原発でも原発推進でもないという原発問題に対するノンポリだった。
 もちろん原発の危険性は認識していたし、雑誌の記事で東海地震によりその想定震源直上にある中部電力・浜岡原発が事故を起こした場合、どうなるかという記事を執筆したこともある。
 だが、簡単には事故は起きないだろうという根拠のない漠然とした思いも持っていた。その意味では緩やかな「原発推進派」だったと言われても何も言い返すことができない。
 そして福島第一原発事故直後、前述の記事の執筆時にインタビューをした故・藤井陽一郎・茨城大学名誉教授の言葉を思い出した。藤井先生はインタビューの終わり際にこう言っていたのだ。

「もちろん浜岡も問題なのですが、原子炉の老朽化を考えたときには本当に危ないのは東海原発と福島第一原発なんですよね」

 自分はその警告を聞き流していた。
 その忸怩たる思い、さらに震災後取材した福島第一原発・半径20kmの旧警戒区域の様子を目の当たりにして私はようやく原発の問題を再認識するようになった。

 現在私がとっているスタンスは即時完全廃炉ではない、いわばゆるやかな「脱原発」である。
 そもそも原子力発電は国が音頭を取り、それに乗る形で電力会社が推し進め、補助金を武器に地方に原発建設を受け入れをさせたものである。
 既に半世紀近い歴史の中で、原発立地自治体では、生まれながらに原発がそばにあり、そのまま関連産業に従事してきた人々がいる。その人たちに罪はない。

 政治決断で一気に全ての原発を廃炉にし、そうした住民たちを崖っぷちに立たせるのは、かつて脆弱自治体の弱みに付け込んで補助金を餌に原発受入れを促したのと同じくらい乱暴である。私の「脱原発」は彼ら住民に対するソフトランディングが必要と考えることに基づいている。

 もっとも速度の問題の違いだけではあるので、即時廃炉派に対しても一定の許容はあるつもりだ。

 では自分は「脱原発」を今回の争点の1つと考えるか? イエスである。

 国策であるエネルギー問題を地方自治体選挙の争点とすることを無意味と切って捨てる方々もいるだろう。確かに東京都単独で原発政策を短期間にかつドラスティックに変えるということは困難だ。また、東京都が東京電力の大株主といっても影響力はたかだか知れていることぐらい、毎年株主総会に出席してきた私自身も認識している。
 しかし、「脱原発」を進めるためには、やはり都道府県の中で日本最大の電力消費地である東京都から変革を開始するインパクトは大きい。

 即時廃炉派も含め「脱原発」を掲げる候補者は選挙公報を見る限り、代表格が細川氏、宇都宮健児氏、インディーズ系候補は松山親徳氏、金子博氏、鈴木たつお氏となる。舛添要一氏は新党改革時代に脱原発を訴えていたというが、今回の政策要綱からはその内容はうかがえない。
 この中から、私の中にもある「投票した候補者をできるだけ当選圏内に近づけたい」という有権者心理を念頭に置くならば、投票先は細川氏、宇都宮氏のいずれかになるだろう。

 だが正直、両者ともに私には一定のアレルギーがある。

 細川氏には例の野党8党派連立政権時代の振る舞いに対する得も言われぬ感情がいまだしこりのように残っている。
 細川政権が登場した時、私はちょうど社会人1年生。業界紙記者ながらも政治、行政の一端を眺められる立場にあった。
 あの連立政権最中、私は取材で世話になった非自民保守の立場をとる人から永田町駅に呼び出されたことがある。彼は私を自民党本部前まで連れていき、歩道から本部ビルの方を顎でしゃくっていった。

 「わかる?」

 私には何が何だかわからなかった。彼は続けた。

 「駐車場がガラ空きだろう」

 かつて自民党本部といえば陳情者などの車で駐車場は常に満杯状態。それが野党となった途端、ガラ空きになったのだ。

 「もう少しなんだ。自民党が崩壊するまでにあとひと踏ん張りなんだ」

 彼はそういった。
 しかし、細川連立政権は細川氏の佐川急便借入金未返済事件で迷走し、ついに彼は辞任。その後、連立側は内紛で旧社会党が離脱し、少数与党の羽田内閣が成立したものの、最終的に自民党、社会党、新党さきがけによる自社さ政権が誕生し、自民党はゾンビのように復活し、再び党本部の駐車場は満員御礼となった。

 あの時は自民党を瓦解させる大きなターニングポイントだったはず。その時、連立与党をガタガタにさせる発端を作った細川氏にはどうしても素直に投票できないのだ。

 宇都宮氏はどうか? これも私にとっては否なのだ。まず感情的な問題を言おう。私は東北の封建的な社会で育っている。そこでは革新政治勢力に対する極度のアレルギーがある。そして私もややそれを引きずっている。
 社民党、共産党が推薦するだけでどうしても「うーん」と考えてしまうのだ。この両党の党員や支持者には申し訳ないが、国政選挙での与党に対する批判票として両党に一票を投じることはあるが、地方選では同様の投票行動を私はとっていない。
 でも今回はより真剣に考えなければと思い、そのHPも見た。2度目の出馬とあってか、政策一覧はかなり充実している。
 が、まず1つ舛添氏の政策一覧のような上辺だけのきれいさを感じてしまう。

 そして私の目に1つ止まったものがある。
「放射性物質の拡散が心配されている瓦礫の焼却処理については、いったん凍結し、専門家を集めて公開で調査と検討を行います」

 この一行には「まだそんなこと言っているの?」という疑問以上に怒りが込み上げてきた。私も被災地・宮城県の出身者である。被災地がこの問題でどれだけ愚弄されてきたかの一端は知っている。

 今でも忘れられないことがある。震災から1年を目の前にしたある日、私は父の運転する車でいつものように定点観測のため、故郷の宮城県亘理町荒浜地区を訪れた。
 そこでうず高く積みあがっていた瓦礫を眺めていた父がふとこう漏らした。

「本当に頼むよ。全国で焼却だけ手伝ってくれないかな。残り灰を引き取れって言うなら引き取るから。俺はもう老い先短いんだから、何だったらその灰をふりかけ代わりにご飯にかけて食うからさ」

 普段は極めて無口、むしろコミュニケーション下手の父がそこまで言ったことに正直驚いた。私は撮影すると口実をつけて父のそばを離れた。涙が出そうになったのを隠すためだった。
 だから宇都宮氏のこの一行にはどうしても我慢がならないのだ。

 では原発問題だけで投票先を決められるか? 否である。

 とはいえ全候補者の掲げる政策を全てチェック・比較して投票する候補者を決められる有権者が多数派とも思えない。
 シングルイッシューとまではいかなくとも、個人的にプライオリティの高い2つや3つの課題を軸に投票を決めている人も少なくないだろう。
 私個人があげるとするならば、1つが首都直下型地震への対応だ。少なくともニュースで「首都直下型地震」という言葉は聞いたことはあるだろうが、その危険性を漠然としてしか認識していない人がほとんどだろう。

 現在、既に地震はプレートテクトニクスに基づくプレート境界と内陸の活断層を基軸に起こることは知られている。
 プレートテクトニクスとは地球上がプレートと呼ばれる何枚かの固い岩盤で構成され、これが地球という惑星の核(コア)の外側に位置するマントルに乗っていて、マントルの対流で互いに干渉しながら動いていることである。このプレート同士が干渉しあっているところでは大きな地震が起こる。
 日本列島のうち関東以東の東日本は北米プレート、関東以西の西日本はユーラシアプレートの上に存在する。これ以外に日本周辺では北海道から千葉県の房総半島までの太平洋沖に太平洋プレート、房総半島南からフィリピン沖までのフィリピン海プレートが存在する。東日本大震災は北米プレートと太平洋プレートの境界の干渉で発生した。
 そして首都・東京の地下ではこのうち北米プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレートの3つが干渉しあっている。つまり理論的に考えて地震発生の危険が最も高い地域なのだ。
 以前、ある地震専門家に取材した際、その方がこんなことを言っていたのを思い出す。

「いまさら言ってもしょうがないんですが、日本という国はなんでこんな危険な場所に首都を置いてしまったのだろうと思うことが時々あります。間違いなく東京は世界一危険な首都なんですよ」

 ではこの防災対策に触れている候補を選挙公報、各候補のHPから探っていくと、舛添氏、細川氏、宇都宮氏、田母神俊雄氏、ドクター中松氏、ひめじけんじ氏が浮上する。
 この中で最もこの項目に重点を置いている人は田母神氏で「東京強靭化プロジェクト」なるものを打ち出し、全学校や公共施設の耐震・免震力の強化、津波・高潮対策を強化して防潮シェルターなどの整備を政府とともに進めるとしている。まあそれはいい。

 だが、田母神氏について私個人はそれ以前の問題。彼が有名になったアパグループの懸賞論文を以前読んだがその歴史認識たるやもはや陰謀史観に近く、この人に東京都を任せるなどという発想は浮かんでこない。そもそも前述した「脱原発」を彼は否定している。
 その他の各氏も建物の耐震化を始め様々な主張を書き連ねている。ほとんどはそれはそれでやはり納得できる内容である。

 ところが最も尊い人命を守るためのある視点が、多くの候補の主張から欠けている。

 まず、地震で人が死ぬ最大の理由は何か? それは言わずと知れた建物の倒壊である。その意味で各氏が判で押したように主張する建物の耐震化は間違いではない。
 だが、首都東京にある建物の大部分は、民間企業や個人の所有である。その耐震化をどう進めるのか?
 民間での耐震化が進まない理由は端的に言えば、コストの問題である。それを踏まえて耐震化対策への補助金などを訴える主張もある。しかし、それで本当に十分なのか?

 東京の脆弱性を私に語ってくれた前述の地震専門家は次のようにも語っていた。長くなるが敢えて書いておく。

 「民間・個人レベルでの防災対策というと、やれ水の備蓄だ、食料の備蓄だって話が多いですよね。なんでか分かります?あんまりお金がかからず、何となく対策した気になれるからなんですよ。でもね、現代では震災時に食料や水の備蓄がなかったから死ぬなんてことはほとんどないんですよ。多くの人が死ぬのは建物の耐震化が不十分で、その倒壊が原因です。でも家屋や民間企業のビルの耐震化というのは補助金があったとしてもかなりの出費を要する。人はそれ相当の理由がなければ出費がかさむ行為はしない。だからこそまずは危険があることをしつこく広報し、民間に認識させることが重要なんです。こういうと『誰でも言えることを……』という批判めいた言葉も頂戴するんですが、馬鹿と言われても私は言い続けているんです。数十年かかっても危険性の広報はしつこくやらなきゃならないと」

 実はこの点について漠然とだが振れている候補が1人いる。細川氏だ。

「住み方、逃げ方、助け合い方に工夫を凝らし、住民とのリスクコミュニケーションを重視した防災・減災対策を行います。バラマキ公共事業は厳に慎みます」

 そのリスクコミュニケーションの中身をより具体的に示せと言っても、さすがに選挙公約レベルでは酷だろう。むしろこの点の触れているだけでも評価はしたい。
 だが、前述のように細川氏に対して私個人はわだかまりが消えない。

 本当にどうしたらよいのだろう?

 悪口雑言ばかりで恐縮だが、とにかく今回の候補者たちはいずれも「帯に短し、たすきに長し」で私はまだ迷っている。
 
2014年2月9日執行 東京都知事選挙」には、以下の16人が立候補しています。
(立候補届け出順)
 
ひめじけんじ(ひめじ・けんじ)/61歳
宇都宮健児(うつのみや・けんじ)/67歳
ドクター・中松(どくたあ・なかまつ)/85歳
田母神俊雄(たもがみ・としお)/65歳
鈴木達夫(すずき・たつお)/73歳
中川智晴(なかがわ・ともはる)/55歳
舛添要一(ますぞえ・よういち)/65歳
細川護熙(ほそかわ・もりひろ)/76歳
マック赤坂(まっく・あかさか)/65歳
家入一真(いえいり・かずま)/35歳
内藤久遠(ないとう・ひさお)/56歳
金子博(かねこ・ひろし)/84歳
五十嵐政一(いがらし・まさいち)/82歳
酒向英一(さこう・えいいち)/64歳
松山親憲(まつやま・ちかのり)/72歳
根上隆(ねがみ・たかし)/64歳

また、各候補者の公約などが掲載されている「選挙公報」は、以下のURLからダウンロードできます(PDFファイル)
http://www.h26tochijisen.metro.tokyo.jp/pdf/publication_election.pd
   

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村上和巳 むらかみ・かずみ

1969 年、宮城県生まれ。医療専門紙記者を経てフリージャーナリストに。イラク戦争などの現地取材を中心に国際紛争、安全保障問題を専門としているほか、医療・ 科学技術分野の取材・執筆も取り組む。著書に「化学兵器の全貌」(三修社)、「大地震で壊れる町、壊れない町」(宝島社)、「戦友が死体となる瞬間−戦場 ジャーナリスト達が見た紛争地」(三修社/共著)など多数。
[Twitter] @JapanCenturion
[公式サイト] http://www.k-murakami.com/
 

 

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