北島秀一・山路力也・山本剛志 共同責任編集
【目次】
□クロスレビュー「必食の一杯」
■連載コラム(第11回)
『ラーメンの憂鬱』〜見られている意識と見せる意識(山路力也)
『教養としてのラーメン』〜埼玉・千葉のご当地ラーメン(山本剛志)
□告知スケジュール
■編集後記
■巻頭コラム
『山岸一雄さんを悼む~個人的な思い出と共に~』山本剛志
4月1日、東池袋大勝軒創業者である山岸一雄さんが亡くなられた。その訃報は国内外のメディアで報じられ、山路さんも、Yahoo!ニュース個人で『「ラーメンの神様」が遺してくれた5つのこと』という記事をアップしている。私は何度か大勝軒に伺ったり、イベントなどで会ったり、忘年会や誕生日会に参加させていただいただけの間柄だが、山岸さんとの個人的な思い出を語らせていただきたい。
自分がラーメン食べ歩きを始めたきっかけは、1998年の新横浜ラーメン博物館だと紹介しているが、その10年前に東池袋大勝軒で食べている。しかも「大盛チャーシュー麺」を。
1988年8月で大学生だった。体育の1週間集中実技で埼玉県戸田市に通っていたが、最終の土曜日は昼で終わり。その時一緒に受講していた友人が「大勝軒のチャーシュー麺大盛食いに行こうぜ」と言ったのだ。大勝軒を知らない私は、一週間ぶっ通しの体育で腹も空いていたので了解し、昼下がりの行列に並んでチャーシュー麺大盛を皆で食べた。とにかく食べた。それでも減らなかった(笑)。なんとか食べきって、都電で大学に戻り、ラウンジのソファーに横たわって、皆で満腹感に身悶えていたのが、大勝軒の最初の記憶である。
その後、ラーメン食べ歩きを始めた1999年。私の勤務先は東池袋の交差点にあった。大勝軒までは10分もあれば行ける場所だったが、行列が長くてとても1時間で食べられるようには見えない。そんな時、行列が短い日を見つけては並び、昼休みの時間を気にしながら食べた特製もりそばは、やっぱり美味しかった。その勤務先にいた10か月の間に3回食べていた。
2003年10月、地方から遠征に来ていたラーメン仲間と共に、朝8:30から並んだ。山岸さんがファーストロットの16杯だけを作っていた時期だったので、そこに入りたいという思いで。前に10人並んでいた常連さん達と話が盛り上がり、お酒をおごってもらって開店を待った。その時食べた中華そばは暖かく、麺もとても力強く、それでいてしっかり茹でられた絶品の一杯だった。
実はその日以降、東池袋の旧大勝軒では食べていない。その頃からお弟子さんが続々と出店し、出身者の味を各地で食べられるようになったからかもしれない。それとも、山岸さんに作ってもらった最高の一杯を、東池袋大勝軒の最後の記録として残しておきたかったからかもしれない。2007年3月で閉店するという情報が流れ、行列が伸びている時、自分に「最後に一杯食べにいこう」という気持ちが起こらなかったのは、そんな気持ちがあったからだと思う。
その後、山岸さんに何度かお会いする機会があった。まぶたには常に見せてくれた笑顔、耳にはハーモニカで披露してくれた「ふるさと」のメロディ、手には握手した時の温かさ、そして、舌にはあの日の中華そばの記憶が、今も残っています。山岸さんには、感謝の念でいっぱいです。本当にありがとうございました。
□クロスレビュー「必食の一杯」
一杯のラーメンを三人が食べて語る。北島、山路、山本の三人が、今最も注目しているラーメン店の同じ一杯をクロスレビュー。それぞれの経験、それぞれの舌、それぞれの視点から浮かび上がる立体的なラーメンの姿。今回は今月1日に逝去された山岸一雄さんを悼み、東池袋大勝軒の「特製もりそば」を食べて、語ります。(ラーマガ009号でもクロスレビューで取り上げています。こちらも併せてお読み下さい)
「特製もりそば」750円
北島秀一
このコーナーで取り上げさせてもらうお店はだいたいが「今さら説明の必要のない有名店」だが、こちらなどは本当にその筆頭格だろう。つけ麺の元祖としての名声や、2007年の旧本店閉店時の報道狂想曲などは記憶に新しい所だ。現在の地に移転してからは山岸マスターは現役を退き、二代目を継承した飯野店主が店を切り盛りしているのも説明不要だろう。
当然ながら、その特製もりそば(つけ麺)の基本設計は古い。「日本最古のつけ麺」がその原型なので当たり前か。現在の、濃度を追い求めるタイプではなく、かと言って「細つけ」に多いさらっとした物とも違う。動物系と魚介の濃度が適度にブレンドされたつけ汁は、今の水準で言うならとろみはほとんどなくさらりとしているが、酢と砂糖を使った「甘酢」のコクと刺激が実に食欲をそそる。つけ麺が、現在の濃度競争や魚粉当然になる以前は、「ラーメンのスープよりタレを濃いめにし、甘辛酸の味付けをするのがつけ麺の基本」と言われていた。その形式を産み出したのは言うまでもなくここだ。
麺も、現在の主流である「極太」「歯ごたえ重視」に比べれば細目で、歯ごたえについても柔らかめと感じる人もいるだろうが、そのするすると喉を落ちて行く食感は最高だ。私は個人的には「太つけ麺は歯、細つけ麺は喉で味わう」と思っているが、その両方の良さを兼ね備えている食べ心地は東池袋大勝軒と、その後継店の幾つかだけではないだろうか。
これまで何回かラーマガで書いた、「戦後すぐ位に成立し、今でも繁盛しているお店は昔ながらの東京ラーメンの枠から外れた物も多い」の典型例とも言える。スープのインパクトや、そのインパクトを保ちながらも大量の麺をするっと食べさせてくれる甘辛酸の工夫。更にはとにかく腹一杯食べて貰いたいと言う、今も変わらぬ心意気。既にその半生は映画にまでなった「ラーメンの神様」の姿はなかなか見られなくなったが、その心には触れる事が出来ると思う。(2013.12/ラーマガ009号より転載)
山路力也
山岸さんは「つけ麺の生みの親」として語られることが多い。もちろんそれは正しいのだが、山岸さんがラーメン界に遺したものはそれだけではないと常々思っていた。山岸さん自身も「つけ麺をメニューにしたのは自分だけれど、つけ麺の生みの親はその賄いを食べていた先輩であったり、賄いをメニューにした方がいいと言った常連客だよ」と言っていた。
あらためてこの「特製もりそば」を見てみると、まず麺の存在感に意識が向く。自家製麺で当時としてはかなり太めでもっちりとしたうどんのような麺。特もりが出て来るまで、ラーメン界で麺に注目が集まったことはなかったのではないか。ラーメンは麺とスープと言えども、皆はスープにしか意識が行ってなかったのではないか。麺について意識を向くようになったのは、山岸さんの存在が大きいと思うのだ。
そしてこのボリューム。それまでラーメンはオヤツのような食べ物であり、餃子やチャーハンなどと一緒に食べてようやくお腹いっぱいという食べ物であった。しかし山岸さんが一杯でお腹いっぱいになって欲しいと(自分が満足する量を出したい)このボリュームになったと聞いたが、もしかしたらラーメンが一つの食事として成立するようになったのも、山岸さんがたっぷりの量のラーメンやもりそばを作ったことが影響しているのではないか。
そして、ここ十数年のメインストリームにもなっている、いわゆる豚骨魚介。長野の日本蕎麦を出自とする丸長、大勝軒だからこそ、魚節などの使い方はお手の物。そこに白濁した豚骨であったり豚肉の旨味をここまで強くしてぶつけてきたのも、もしかしたら山岸さんが嚆矢かも知れない。
厳密に調べたら、山岸さんよりも前にもそういうものを出していた店があるのかも知れない。しかし重要なのは、日本初の行列ラーメン店ともいえる、世間の耳目を集める東池袋大勝軒がそれをやったという事実だ。大勝軒がつけ麺なり、自家製麺なり、ボリュームあるメニューなり、豚骨魚介をやっていなかったとしたら、今のラーメンの形やトレンドは随分と違ったものになったはずだ。
前にも書いたことがあるが、個人的嗜好においてはつけ麺はさほど好きな食べ物ではない。しかし、山岸さんが遺した「特製もりそば」は別だ。私は特もりが大好きだ。
現在の場所に2008年に開店した東池袋大勝軒は、開店からしばらくの間、店頭に山岸さんが座っていた事で、創業者である山岸さんの店として知られていた。ただし、この店で味作りを行ったのは二代目店主である飯野さんであり、前回のレビューでも触れた通り、味には相違点がある。というか、出身者の多い東池袋大勝軒系列の各店舗では、それぞれに個性を発揮している。山岸さんのレシピを絶対視するのではなく、それぞれの解釈を加えた味を提供している。
それが、チェーン店ではなくて暖簾分けである事の意味でもあると思う。工場で作った味を配送するなら、その味を守る事もできるだろう。しかし、山岸さんが作った「心の味」は、レシピをコピーすればできるというものでもない。それぞれの店にはそれぞれの店主がいて、客もそれぞれ。その関係性の中で、味にしてもメニュー構成にしても、山岸さんの心を継いでいれば、味が変わっていったとしても、山岸さんを継承している事に違いはないと考えたい。
出身者の中には、「山岸さんの味を守る」事を主眼に置いている店もある。北島さんが個別レビューで紹介している「御茶ノ水、大勝軒」もそのうちの一軒。それもまた、山岸さんの心を継ごうとする意識の一つである事に間違いない。
東池袋 大勝軒
東京都豊島区南池袋2-42-8
東京メトロ線「東池袋」都営荒川線「東池袋四丁目」各駅より徒歩1分
■ラーメン実食レビュー
数あるラーメンの中で、今食べるべきラーメンはどれなのか 三人のラーメン評論家が日々食べ歩いた数多くのラーメンの中から、特に印象に残ったラーメンをピックアップしてご紹介。「ラーマガ」でしか読む事が出来ない、渾身のラーメン実食レビューです。