ラーメンマガジン「ラーマガ」

「ラーマガ」#135

2017/06/30 23:00 投稿

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北島秀一・山路力也・山本剛志 共同責任編集
「ラーマガ」THE RAMEN MAGAZINE
#135

・北島秀一・山路力也・山本剛志 共同責任編集
・2017年6月30日発行(月3回)6月第3号(通刊 第136号)

【目次】

■巻頭コラム
 『ラー博展示リニューアルと、「経帯麺」はラーメンなのか?』(山本剛志)

□クロスレビュー「必食の一杯」
  房総式ラーメン JINRIKISEN@京成大久保「房総式ラーメン カレー」

■ラーメン実食レビュー
【北島秀一】
  新京亭@飯田「ワンタンメン」

【山路力也】
  ぬんぽこ@天神橋筋六丁目「中華そば」
  ラーメン魁力屋 河原町三条店@三条「特製醤油ラーメン」
  拳ラーメン@丹波口「但馬牛冷やし肉汁麺」
  ひるとよる@赤坂「らーめん」
  麺屋とまと 新天町店@天神「トマトらーめん(麺半分)」
  IPPUDO RAMEN EXPRESS マリノアシティ福岡@姪浜「博多流とんこつしょうゆラーメン」
  名島亭 本店@名島「ラーメン」

【山本剛志】
  魚雷@春日「冷製本枯稲庭中華そば」
  まぜそばジャパン@押上「まぜそば小盛」
  一笑@南阿佐ヶ谷「らーめんシビベジ」
  246亭@青葉台「珈琲旅」
  NOODLE CAFE SAMURAI@郡山「侍中華そば」
  醤白屋@郡山「醤白ラーメン」
  Hananoki@plus@宇都宮「中華そば」

□拉麺人インタビュー 
 川瀬裕也 <灯花 店主>③
 『この間まで僕が灯花で最年少だったんです』(聞き手:山本剛志)

■ラーメン活動月報(6月)

□告知/スケジュール

■編集後記

■巻頭コラム
『ラー博展示リニューアルと、「経帯麺」はラーメンなのか?』山本剛志

 7月14日、新横浜ラーメン博物館の1階展示スペースがリニューアルされ、記者発表会に私も参加させていただきました。メディアの注目も高く、NHKニュースでも紹介されました。展示スペースは大幅に変更され、日本のラーメンの歴史(特に、これまで黎明期として資料が少なかった、明治期から戦前までのラーメン史)や、ラーメンの特徴について細かく、日本語と英語でまとめられています。
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(写真左:「ラーメンと中国の麺料理の違い」に関する展示)
(写真右:山岸一雄氏と安藤百福氏に関する展示)

 また、「ラーメンエデュテイメントコーナー」が新設され、ラーメンの要素について、テイスティングで学べるようになりました。第一弾として「メンマとタケノコ」「和出汁」「鶏清湯と鶏白湯」を試食しながら、違いを感じてもらえるようにしているとの事。
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(写真左)ラーメンエデュテイメントコーナー。
(写真右)メンマとタケノコの違いを試食で確認できる。

 そんな中で注目を集めたのが、室町時代に供されていたという「経帯麺」。これまで、日本で初めてラーメンを食べた人物は水戸光圀とされていただけに、メディアの反応もその点が中心になっています(テレビ東京)。

 この史実を発見したのは、蕎麦を扱う(株)イナサワ商店会長の稲澤氏。ブログによれば、中国で出版されていた「居家必要事類」(中国宋の時代の衣食に関するレシピ集)に、小麦と水、そして「碱」と呼ばれる炭酸ソーダを使って手打ちする「経帯麺」が掲載されている。
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(写真左)「経帯麵の原料」は、小麦粉、塩、碱。
(写真右)経帯麵を手打ちしている様子。

 そして室町時代の僧侶、亀泉集証が記載した「蔭涼軒日録」の中では、1485年に「経帯麺」を調べ、1488年に来客に振る舞った記録が残されている。光圀が1697年だったので、200年以上も前にさかのぼる記録が見つかった事になる。「経帯麺」は当時の他の麺類と同様に、一度茹でた後に水で締めて、出汁は任意で、冷たいものを合わせていたという。記者発表会では、類推される「椎茸汁」と「梅昆布汁」をかけた「経帯麺」を試食する事ができたが、麺づくりに3日かかるため、ラー博での販売や試食は予定していないとの事。
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(写真左)できあがった「経帯麵」。
(写真右)試食では、椎茸出汁と梅昆布出汁をあわせました。

 では、「経帯麺」はラーメンと言えるのか。炭酸ソーダには、現在でいうかん水と同じ成分があり、その意味で「中華麺」と呼ぶのは問題ない。ただ、当時は中国北部で入手するしかなかった「かん水」成分を、日本に持ち込んだのかについて記載がない。沖縄そばのように、木灰の澄まし汁を作れば同じ成分は得られるが、それを偶然見つけたのだろうか。もう一点、水で締めた麺に出汁を合わせるのは、現在でいう「ぶっかけうどん」に近い。僧侶という事で動物系素材は使っていなかったはず。その意味で、中華麺を使いつつも、今で言うラーメンとは違うスタイルの麺料理ではなかったか、と考える事もできる。小菅桂子氏が推論を立てた、水戸光圀の麺料理には、「火腿」と呼ばれる中国ハムが使われていて、動物系素材が入った温かいスープだった事を考えると、水戸光圀が日本で最初にラーメンを食べたという説は「覆った」とまでは言えないのではないだろうか。

 もっとも、この見解は、日本ラーメンファンクラブの一員として、ラーメンの日(7月11日)の制定理由の一つに、「水戸光圀の誕生日(太陽暦)」を入れた私の、やや光圀寄りの見方かもしれません。「経帯麺」も光圀の麺料理にしても、今の「ラーメン」の歴史に直接繋がるものではなかった。室町時代の僧侶や江戸時代の徳川家は特権階級であり、庶民にその味が伝わるようになったのは、明治維新を経て開国した後の話である事に違いはない。
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(写真左)ラー博各店舗への入口には「のれん」が掲げられた。
(写真右)地下1階への踊り場には、これまで出店した各店舗の「どんぶり」を展示。

 そういった意味で、明治期からの展示を充実させたというラー博の展示にこそ注目したい。ラー博広報の中野氏によると、展示に入れられなかったこの時期の資料もたくさんあるとの事で、今後、出版物などで新たな話が世に出る事に期待したいと思います。


□クロスレビュー「必食の一杯」

 一杯のラーメンを三人が食べて語る。北島、山路、山本の三人が、今最も注目しているラーメン店の同じ一杯をクロスレビュー。それぞれの経験、それぞれの舌、それぞれの視点から浮かび上がる立体的なラーメンの姿。今回は今年3月にオープンした「房総式ラーメン JINRIKISEN」で、山路が「房総式ラーメン カレー」を、山本が「房総式ラーメン 醤油」を食べて、語ります。

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房総式ラーメン JINRIKISEN@京成大久保
「房総式ラーメン カレー」850円
 

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