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それは小学校6年生の時に、突然始まりました。
5年生の終わりまでは、特に意識していなかったのです。
生まれ故郷の山あいの町で暮らしていた間は、至って普通でした。どちらかと言うと痩せ型でしたし、家族にも汗っかきはいませんでした。
でも父の仕事の都合で春休みに東京へ引っ越して間もなく、自分がひどい汗っかきである事に気づいたのです。
恐らく、直前に迎えた初潮のせいで、体質が変わったのだと思います。
もしくは、元の学校がゆっくり歩いても5分とかからない距離で、汗をかく前に着いてしまう近さだったのに対し、新しい学校までは、かなり急ぎ足で歩いても、20分くらいはかかり、汗をかく時間の余裕が充分にあったので、生まれながらの汗っかきの体質が初めて表に出てきたのかも知れません。
転校1日目の悲劇
私は2人姉妹の末っ子で、年子の姉にベッタリでした。
ところが、姉はその年から中学生となり、さらに運の悪い事に、私の始業式が姉の入学式と重なって、母がそちらに行く事になったので、私はいきなり、たった1人で登校する羽目になったのです。
私の方向音痴を心配した両親が、春休み中に何度か一緒に歩いて道順を教え、わかりやすい地図も書いてくれていたとは言え、不安でたまらず、前日の夜はなかなか眠れませんでした。
そのせいで私は少し寝坊してしまい、いつもすぐにできるポニーテールがその日に限ってなかなか決まらなかった事もあって、予定よりかなり遅れて家を出ました。
雨がしとしと降る、4月にしては蒸し暑い朝でした。
急ぎ足で歩き、時間ギリギリで学校に着いた時は、もう全身が汗びっしょりでした。
髪の毛が額や頬に張り付いているのを気にしながら職員室に入り、クラス担任の所に行くと、中年の女教師が大きな声でこう言ったのです。
「どうしたの?びしょ濡れじゃない?傘、さして来なかったの?」
その瞬間、職員室中の視線が私に集まりました。
恥ずかしさのあまり泣きそうになった私が、無言で首を振ると、
「なに、汗なの?早く拭きなさい!」 と、さらにきつい口調でたたみかけられ、もう涙をこらえる事ができなくなった私は、慌てて手に持っていたタオルハンカチで、顔を拭いました。
涙だけでなく、新しい汗も噴き出して来たというのに、ハンカチはもう既に充分過ぎるほど水分を含んでいたので、全く役に立ちませんでした。
情けなくて悲しくて、私はとうとう声をあげて泣きだしてしまいました。
始業式の時間が迫っていた事もあり、担任は苛立ちを露わにしながら養護の先生に私の世話を頼み、他の教師たちと一緒に職員室を出て行きました。
その朝のシーンは、大人になってからも繰り返し夢に出て来るくらい、大きなトラウマになりました。
ツッコミ無用
それ以降、少し気温が高かったり、急いで何かをしたりするだけで、季節に関係なく大量の汗をかくようになりました。
みんなが涼しげにしている中で、たった一人汗をかいているという状況が特にイヤで、恥ずかしいと思えば思うほど、体の内側が熱を帯び、拭き取るそばから、また汗が次から次へと噴き出して来るのです。
山あいの町から慣れない大都会にやって来て、環境が大きく変わった事によるストレスも影響していたのだと思います。
幸いクラスメートはみんな親切でした。
汗っかきを理由に、汚い子だと思われたり、いじめられたりする事もありませんでした。
ただ自分たちが全然暑さを感じていない時に、私が大粒の汗を滴らせているのを見ると、驚きを隠せず、「すごい汗だね」とか、「どうして、そんなに汗かいてるの?」などと、言わずにはいられないみたいで、悪気はないとわかっていても、私は毎回傷ついていました。
悩んでいる事を知られたくなかったので、平気なふりをして笑っていましたが、心の中では「お願いだから、汗の事で、ツッコむのはやめて!」と叫び、その瞬間、またドッと汗が流れるのでした。
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