私の娘は現在米国にいる。カルフォルニアの私立大学でASSINTANT PROFESSORとして英文学を教えている。彼女が博士課程に入っている時には私は防大教授で生活費支援などで厳しかったから、彼女が日本に帰る航空券の発送も十分でなく、2-3年会わずにいた。そんな訳で比較的文書でのやりとりが多い。彼女は留学先の大学はアマーストだったので、今回の『小説外務省』で小松奈緒子がアマースト大学で勉強した時の雰囲気は彼女から取材したものである。
この『小説外務省』を書いている最初の原稿を読んだのは、私の娘である。
彼女は文学の専門家である。当初から「文学に携わる者として、修正したらよいと思う箇所は幾つかある。しかし、小手先的な修正をして全体の流れを壊しては馬鹿馬鹿しい。いい作品だと思うから現状のままでいいと思う」とコメントしていた。そのラインで彼女が書評を書き、フェースブックにのせた。
コメント
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野暮ながら意訳(誤訳?)を;)
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アマーストやシャーロッツビルのような小さな大学町が日本の小説に詳しく描かれるのも意外でしたが、父がフィクション作品を世に出すなど夢にも思いませんでした。それが彼の最新刊です。「小説-外務省」(2014-近刊、現代書館)
作品は必ずしも文学小説ではなく、明らかに大衆的で、D・F・ウォレスというよりはダン・ブラウン風でしょうか。しかし、単なる受け狙いとも思えません。歴史の細部、政治的分析は正確で、今日的な問題を扱っています。
彼の他の(ノンフィクション)作品と同様、情報と外交の分野で長年培った経験から政治的真実を明らかにするものです。
私はこの本を即座に斬り捨てるには全くの門外漢で、文芸評論が専門なのですが、その視点で欠点を挙げていくのは、この本が問題提起しようとした本質を見逃すことになるでしょう。
昨12月に初稿を読んだ際、その種の批判も十分あり得るだろうと思いましたが、私は何処も書き直すべきではないと彼に伝えました。文学界の大御所あたりからの揚げ足取りを気にしても始まりません。彼の読者はエリートとは無縁の多数派、ごく普通の市民であり、同じ思いの他の知識層もどうにか彼らを覚醒させたいと感じながらも、なかなかつながりを持てない層です。この小説はどこまでも大衆的ですが、そのメッセージは本物であり、間違いなく、それを伝えたい多数派層に届くでしょう。彼らの側に立って、彼らの言葉で彼らが抱える不安を代弁しながら。まさに彼自身がそういうタイプになったようですが、あるいは、恐らく常にそうだったのでしょう-政府の役人というよりはむしろ公僕だったのです。
(ID:19768870)
>>8
素晴らしい翻訳ありがとうございます。大変良く解りました。
(ID:18471112)
>>9
恐縮です。google翻訳よりはマシかと(汗