孫崎享著『アーネスト・サトウと倒幕の時代』 :内容紹介
幕末から明治にかけて日本に滞在した英国の外交官、アーネスト・サトウ。世界史上、相手国に喰い込んだ外交官は数多くいれど、対立する両者と密な関係を築き、相手国の歴史に深刻な影響を与えた外交官はアーネスト・サトウを措いて他にいたであろうか。なにしろ、幕府を支援していた英国を、薩長の側に付かせ、日本の政治体制を大きく変えてしまったのだから。薩長連合の密約が交わされた時期に、ジャパンタイムスに掲載された『英国策論』と題された英文には、日本の政権を将軍から諸侯連合に移すべきと記されている。この論文は多くの人に読まれ、幕府を見限る潮流作りに寄与した。また、江戸城無血開城への英国の影響力を指摘した点も本書の大きな達成である。
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アーネスト・サトウの来日
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「桜田門外の変」から「生麦事件」へ
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高まる「攘夷」の動き
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薩英戦争後、薩摩は
コメント
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上海から日本に転属になって以降、アーネスト・サトウは日本語習得に於いて天才的な才能を発揮している。候文を読み解く能力に加え、自ら候文を書くことも出来た。そのレベルは並の日本人以上のものだったと伝えられている。奥さんは日本人、二人の息子がいた。長男が日本社会に適合してないことを心配し、米国西部への移住をさせたりしている。彼の人柄は男にも魅力があるのか、士族の日本人の執事が彼に生涯を共にし仕えている。
中国や朝鮮に領土的関心が無かった江戸幕府は大英帝国にとっては役立たず。当然、薩長を支援し、クーデターを起こさせ、親英政権を樹立させ、中国経営の共同パートナーとして使いやすい国に日本を改造する仕事にはアーネスト・サトーは余人を以て代えることが出来ない人材だった。
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過去の侵略戦争、植民地支配を誤魔化す歴史教科書の記述を巡っては度々ニュースになるが、日本の歴史教育問題はそこだけなのか。他にも戦前史、戦後史、どちらも今だに肝心な所は誤魔化され、あるいはスルーされたままでないか。後者は「戦後史の正体」で白日の下に晒された。前者のポイントとなる「明治維新」の辺りも、実のところ学校教育の刷り込みと異なり、本質は決して「維新」などでなかったことは既に「予告編」としてブログ記事でも教えてこられた。それが敢えて「“倒幕”の時代」とされたタイトルにも表れているこの新著、戦前史の正体の一端を暴く日本人必読の書に違いない。