明治期に来日した米国の動物学者、エドワード・モースに、日本人の少女ふたりを連れて東京の夜店を散策したときの回想がある。
少女は日本で雇い入れた料理人の子供とその友だちで、10歳くらいである。十銭ずつ小遣いを与え、何に使うのだろうと興味をもって眺めていた。
ふたりは、道端に座って三味線を弾いている物乞いの女に歩み寄ると、地べたのザルにおのおの一銭を置いた。みずからも貧しい身なりをした少女たちの振る舞いを、モースは「日本その日その日」(東洋文庫)に書き留めている。(中略)
江戸の風儀を残す明治の初め、少女たちが施した一銭にも、不運にして日の当たらぬ者に寄せた慈しみのまなざしが感じられる。勝敗は運ではない、個人の才能よ--と驕れる当節の自称「勝ち組」には、無縁のまなざしであろう。
金力の信奉者であることを隠さず、人生「勝ち組」を自任してきた若手企業家が、汚い金稼ぎを指揮し
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北朝鮮の核兵器完全廃絶はあるか。私はないと思う。核兵器廃絶と、北朝鮮への攻撃を行わないとの米側約束とは対。現時点米側が後者を提示することはない。その時どうなるか。全ての問題が解決されるというものではない。幾つかの問題は管理できるだけである
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今国会カジノ法案成立「必要ない」76% 朝日世論調査、カジノは事業者が利益を生む、利用者が損をするシステム。それを推進する政権の体質はおかしい。公明党の幹部は、支持者の7割が「必要ない」というをどう考えているのか。支持者と幹部の乖離顕著。
コメント
ホリエモンは、直接会ったことはありませんが、動画見たり、著作を読んだり、会ったひとの話を聞く限り、この記事のイメージよりも、もっと、ずっと複雑なひとですね。
堀江の本を読むなんて、なんて暇な人が
この世にはいることだろう。
少女たちもホリエモンも、友達になって話をしてみたいと思う(向こうがなってくれるかはわからない)。思いもよらぬこと言ってくれて、楽しそう。
しかしこの編集手帳を書いてる竹内政明って、この文章を見る限りでは、退屈なオッサン(ジイサン?)ですね。うんざりするほど世間なみの価値観でしょ、言ってることが。ひょっとすると、ほんとの世間にはなくて、新聞のなかにしかないくらい世間なみで凡庸。
そんで、その世間なみで凡庸な価値観を、俺様感を漂わせながらナチュラルに適用していく感じが、こっちはとても気持ち悪いんだよねえ。
(ID:18367902)
自分よりみじめな境遇にある人に、「知ってすり寄る」と、「ただ吸い込まれるようにすり寄る」との違いであるが、全く異なった慈愛である。
大雨被害に対して、「知ってすり寄る人」と、「ただ被災者にすり寄っている人」。皆さまざまである。でもこの暑さ、体には気を付けてほしいものです。
過日のご投稿です、福沢諭吉が、勝海舟の行動に対して、「無功徳」性が徹底していないといっていた。言葉を変えていえば、「ただなる行動」であっても、「無功徳」の「功徳」が脚光を浴びすぎている点すなわち時流に流される点を指摘していたことを思い出す。