1:近衛首相辞任と関係
第2次大戦へ日本が突き進む道を見れば、重大な分岐点は首相が近衞文麿から東條英機に代わった時です。
近衛文麿は1941年10月15日辞任しました。そして10月18日東條内閣が成立しました。
近衛文麿は「何としても戦争を回避したい」と思っていましたし、東條英機は近衛内閣時代、陸相として強硬に開戦を主張し、東條内閣成立時、誰もがこれで「日本は戦争に行く」と判断しました。近衛文麿内閣が続くか、東條内閣が成立するかは、日本が戦争に突入するか否かを左右する状況でした。
この時にゾルゲ事件が起こっているのです。
そして、このゾルゲ事件は近衛内閣崩壊と関係しているらしいのです。
近衛首相の側近と言われた尾崎秀実が15日逮捕されています。尾崎秀実が15日逮捕されたというのは尾崎秀実が「15日逮捕された」と述べ、定説になっています。
10月15日の辞任は
コメント
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都合の悪い歴史上の事実は封印する。誰が?それは権力だ。そして、学者も忖度しそういう事実を曖昧にするか、無視する。東条の近衛追い落としにゾルゲと尾崎が利用されたという脈絡は一般の大衆に知ってもらいたくない事柄であることを学者たちは受け入れ協力していることになる。今の局面も学者が全体的に骨抜きになって軍国的で且つ反動的風土に在ると私は考える。つまり、東条的な場に日本が今在るということではないだろうか。その東条的な場が向かう先は勿論米国でなく北朝鮮でありそして中国、併せてロシアだと私は考えている。日本は今非常に危険な状態に在ると私は思う。当時は強面いや恐怖で国民を律したが、今は強面は効かず金じゃないだろうか。つまり、権力に靡かない奴を生活出来なくするソフトな戦術の行使ではないだろうか。
(ID:18471112)
「戦後史の正体-あとがき」で本当の外交にとって歴史研究が如何に大切であるか説かれていますが、事は外交に限らないでしょう。特に「失敗史」は重要だと思う。然るに、大きくは国が同じ轍を踏もうがどうでもいい、自分のステータス確保こそ-という程度の学者がやはり多いのでないか。
(ID:19005377)
>>3
同感です。