後藤和智の雑記帳 コミックマーケット83出張版
※「コミックマーケット83」(2012年12月31日・東京ビッグサイト)で配布したサークルペーパーです。
10回目のコミケとなります、後藤和智です。コミケの初参加が2007年の冬コミ(C73)で、あれから同人活動をやってちょうど5年になるのだと考えると感慨深いです。来年は私が『ケータイを持ったサル』で若者論オタクに目覚めて10年になりますね。最近また若者バッシングの勢いが強まってきたのと同時に、星海社新書やディスカヴァー21のシリーズに代表されるような俗流若者擁護論も勢いを増してきた。科学的に青少年問題を考えたい層にとってはかなり不利な状況が揃ってしまっていると思います。しかしそれでも、データや学説で青少年問題を捉え、政策に活かすということをあきらめてはならないと思います。
今年は同人誌のみならず、電子書籍への進出やニコニコチャンネルの設置など、いろいろとチャレンジングなことをやってきたと思います(自分で言うな)。ただ今の若者論(若者擁護論含む)の流れに抗うには、まだまだ十分とは言い難いと思います。今回のベスト・ワーストの顔ぶれを見ても、客観的に物事を考える層(エビデンスベースト)と、おのおのの「物語」を選択して自己啓発的な言説を生み出していく層(ナラティブベースト)の分断が顕著になっている気がします。今回東方で統計学の解説書を書いたのも、統計学的な考え方を紹介することにより、ナラティブベースト言説が生み出す弊害を緩和するためという目的があります。市民として、数学や論理を扱うことから逃げてはならないと思う昨今、早速今年のベスト&ワーストの紹介に入っていきましょう。
(ベスト・ワースト共に、☆か★がついているものはブクログでの書評があります(☆:現行本棚、★:旧本棚))
現行本棚:http://booklog.jp/users/kazutomogoto
旧本棚:http://booklog.jp/users/kazugoto
Free Talk1――2012年・今年のベスト
ベスト:Huge Lauderほか(編)、広田照幸、吉田文、本田由紀[1巻]、苅谷剛彦、志水宏吉、小玉重夫[2巻](編訳)『グローバル化・社会変動と教育』1・2巻、東京大学出版会、2012年4月(1巻)・5月(2巻)
教育社会学に関するリーディングスのシリーズの最新刊のようで、なんか訳者がとっても豪華です(笑)。とはいえ本書はタイトルに打ち出されたような、グローバル化や社会変動などが教育にもたらす影響について、労働や経済、文化など多角的に分析されており、教育社会学の視点からものを考えたり、あるいは政策を構築したりしようとする人にとっては必読の書籍と言うことができます(上下巻で1万円以上するかなり高価な書籍ですけど…)。経済方面から入りたいなら1巻、労働・文化方面から入りたいなら2巻から読まれることをおすすめします。
ベター
ベター1:安田浩一『ネットと愛国――在特会の「闇」を追いかけて』講談社、2012年4月
「在日特権を許さない市民の会」(在特会)を中心とする所謂「ネット右翼」に関するルポルタージュで、雑誌『g2』に何回か掲載されていた記事をまとめたものです。不利な状況に置かれている若者が右傾化する~、というストーリーはすごく違和感を覚えますけれども、少なくともこの本から言えることは、単純な右傾化バッシングや、あるいは若年層劣化言説が意味をなさないこと、そして「普通の人」こそ怖いことであり、なおかつそれは決して愚かだから過激な行動に出るわけではない、ということです。
ちなみにこの本は講談社ノンフィクション賞を受賞しております。おめでとうございます。
ベター2:Edward F. Redish(著)、日本物理教育学会(監訳)『科学をどう教えるか――アメリカにおける新しい物理教育の実践』丸善出版、2012年6月☆
科学教育、なかんずく物理学の教育に関する調査やツールについてまとめた本です。アメリカでも自分の授業を理解してくれる学生が少ない、という問題があるようですが、著者はそのような疑問に対して、我が国の一般的な教育論者のように短絡的に教育制度をバッシングするのではなく、いかにして知識や知見を伝えるかという視点に立って調査や検討を行っており、その知的な誠実さは学力論議にも活かされるべきでしょう。
ベター3:竹信三恵子『ルポ 賃金差別』ちくま新書、2012年4月★
我が国の多くの労働の現場において、雇用形態による「差別」が起こっていることを示したルポルタージュです。雇用戦略対話でも述べたとおり、過度な非正規雇用否定論はむしろ有害ではあると考えますが、ただ非正規雇用において本書が告発しているような「差別」が存在することは厳然たる事実であり、そこをいかに修正していくかということについては十分に議論されるべきでしょう。そのために本書があると思います。今年はちくま新書の経済・労働関係の健闘が目立ちました。本書もそうですし、それ以外にもベター7の片岡本、ベター次点の宮本本・若田部本など。まあワースト特別枠みたいなものもありましたけど…。
ベター4:浅岡隆裕『メディア表象の文化社会学――〈昭和〉イメージの生成と定着の研究』ハーベスト社、2012年3月☆
「昭和」ブームがどのような動機に支えられているかということを研究した本です。前半はメディア理論や文化社会学の解説にとどまっていますが、具体的な分析に入ると面白くなります。文化政策にまで取り込まれている現状や、ある百貨店での展示におけるアンケートの分析、さらには「昭和ブーム」を支えている、現代の日本人や日本社会が「劣化」しているという認識に至るまで、幅広く捉えております。
ベター5:国立教育政策研究所(編)『教育研究とエビデンス――国際的動向と日本の現状と課題』明石書店、2012年5月☆
PISAやTIMSS、全国学力テストなど、データが豊富に揃うようになっている中、それをいかにして教育政策に活かしていくかということについて研究が行われています。問題意識は2009年12月に出たOECDの『教育とエビデンス』(明石書店)を受けたようなものになりますが、社会政策におけるエビデンスの重要性が認識されつつある昨今、読んでおいて損はありません。
ベター6:今野晴貴『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪』文春新書、2012年11月☆
私もお世話になっているNPO「POSSE」の代表が、若い世代(ないしその親)の労働相談を通じて、現代の若年層が置かれている労働環境について述べられた、一種の告発本です。ただ、ただの「告発」本とは違い、社会的な流れや、あるいは企業の違法行為を正当化する「ブラック士業」の存在など、守備範囲が広いのも特徴です。経済政策について述べられていない、という批判もあるかもしれませんが、自己責任論や劣化言説で若年層の労働問題を捉えてきた弊害がどのようなものであったかを知るためにも、広く読まれて然るべき本です。
ベター7:安達誠司『円高の正体』光文社新書、2012年1月★/片岡剛士『円のゆくえを問いなおす』ちくま新書、2012年5月
昨今の円高・デフレ状況について簡易に述べられた新書を紹介しておきます。いずれにも共通する回答は、デフレの脱却には中央銀行たる日本銀行の金融政策が不可欠であり、それが不足しているからこそデフレになっているというものです。デフレの原因を人口減少に求めるような議論や、あるいは「よいデフレ」論、デフレ活用論などに対しても批判がなされており、金融政策の重要性を知るために最初に読んでおくべき本であると言えるでしょう。
ベター8:田中幹人、標葉隆馬、丸山紀一朗『災害弱者と情報弱者』筑摩選書、2012年7月
おそらく多くの人が、私の元々の専門が災害リスク認知であるということを知らないと思いますが(そりゃぁ若者論と統計学ばっかりやってたら認識する人は少ないでしょう)、本書は災害情報論、コミュニティ論を総ざらいするのにちょうどいい本となっております。もちろん検討の中心になっているのは2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震であり、地震の教訓を知るという点でも重宝します。
ベター9:乾彰夫『若者が働きはじめるとき――仕事、仲間、そして社会』日本図書センター、2012年9月☆
若年労働問題について息の長い研究や説得力の高い発言をしてきた社会学者による若年労働問題の入門書としてよくできています。若い世代が労働問題について置かれている現状を知るために、ベター6の今野本と一緒に読んでおくといいでしょう。進学や就職、非正規雇用などについてデータを用いて丁寧に論じられており、通説への批判のための基礎知識としても役に立ちます。
ベター10:濱口桂一郎『日本の雇用終了――労働局あっせん事例から』労働政策研究・研修機構、2012年3月
我が国の解雇事例について述べられた、一種のデータ集です(統計とかではなく質的なデータですけど)。ただそれ故我が国における解雇(ないし退職勧奨)というものの位置づけについて冷酷に語ってくれます。労働問題の研究者や労働相談のケースワーカーなどを目指すのであれば必携と言っても過言ではないでしょう。
ベター次点
石田基広『R言語逆引きハンドブック』C&R研究所、2012年1月
山本直人『世代論のワナ』新潮新書、2012年1月★
麻木久仁子、田村秀男、田中秀臣『日本建替論――100兆円の余剰資金を動員せよ!』藤原書店、2012年2月
宮本みち子『若者が無縁化する――仕事・福祉・コミュニティでつなぐ』ちくま新書、2012年2月★
牧野智和『自己啓発の時代――「自己」の文化社会学的探求』勁草書房、2012年3月☆
秦郁彦『陰謀史観』新潮新書、2012年4月★
若田部昌澄、栗原裕一郎『本当の経済の話をしよう』ちくま新書、2012年8月☆
生活保護問題対策全国会議『間違いだらけの生活保護バッシング』明石書店、2012年8月☆
若田部昌澄『もうダマされないための経済学講義』光文社新書、2012年9月☆
田崎晴明『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』朝日出版社、2012年10月☆
五十嵐泰正、「安心・安全の柏産柏消」円卓会議『みんなで決めた「安心」のかたち――ポスト3・11の「地産地消」をさがした柏の一年』亜紀書房、2012年11月
田崎本と五十嵐本は、震災以降の社会、科学、メディアのあり方を考える上で、このような地道な実践こそが未来を切り開くのだと言うことを教えてくれます。山本本は、元博報堂の人材コンサルタントという肩書きから来る本書の印象をいい意味で裏切ってくれます。世代論の可能性・有害性・限界をコンパクトに示してくれており、特に若手の会社員にとっては抑えておくべき本と言えるでしょう。若田部の2冊は、「人文系」の議論によって歪められて理解されている経済学を、改めて正しく理解するためにちょうどいいものとなっております。
非2012年刊行本部門
ベスト:日本テスト学会(編)『テスト・スタンダード』金子書房、2007年9月/日本テスト学会(編)『見直そう、テストを支える基本の技術と教育』金子書房、2010年4月
学力調査を考える上で是非とも読むべき、否、読まなければならない本として採り上げておきます。本書は科学的なテストとは何かという研究の最新の成果であり、学力調査に限らず、知能テストなど様々な「テスト」に関わる人(企業の人事部とかまで含めて!)にとって必読の内容となっております。ちなみに夏コミの『現代学力調査概論』も、これらの知識を得ることによって内容が大きく躍進しました。
ベター
大野更紗『困ってるひと』ポプラ社、2011年6月
児玉真美『アシュリー事件――メディカル・コントロールと新・優生思想の時代』生活書院、2011年8月
盛山和夫『経済成長は不可能なのか――少子化と財政難を克服する条件』中公新書、2011年6月★
阿部彩『弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂』講談社現代新書、2011年12月
Free Talk1――2012年・今年のワースト
ワースト:大堀ユリエ『昭和脳上司がゆとり世代部下を働かせる方法77』光文社、2012年4月
どうしてこうなった!著者は1987年生まれ、新幹線の車内販売とかを経て神田でガールズ居酒屋を経営しているらしいんですが、何せ出てくるのが「ゆとり世代」へのバッシングの山、山、山!彼女の「ゆとり教育」に対する認識のほぼ全部が若年層バッシングの週刊誌の記事などで語られるようなものですし、さらに若年層の育ってきた社会状況、生育環境についても全部が若年層を劣化せしめるものとして認識されています。こんな本、はっきり言いますが「昭和脳上司」のための「癒やし」本でしかないですよ!しかもあとがきが自分の思い出話って…。
ちなみに本書を企画・編集したのは光文社の芸能関係の本の編集部らしいです…。同じ光文社の『「ニート」って言うな!』の著者の一人として言いますけど、頼むから同じ会社の新書編集部あたりにピアレビューでもしてもらってください!!
ワースト次点
ワースト次点1:適菜収『日本をダメにしたB層の研究』講談社、2012年10月
どうしてこうなった!(2回目)以前この著者はニーチェの「アンチクリスト」の「超訳」で有名になった人ですけど、本書ははっきり言って自分と考えが違う連中はみんな劣っている、と愚痴を述べているだけの本でしかありません。自分を絶対視し、他人を見下し、歴史上の人物を援用して自らの「教養」をひけらかす。これが哲学者の態度なのですか!?同じ思想系の本だったら、仲正昌樹の『《日本の思想》講義――ネット時代に丸山眞男を読む』(作品社、2012年8月)のほうがよっぽどマシです!
ワースト次点2:東浩紀(編)『思想地図β』第3号、ゲンロン、2012年7月
11月に出した同人誌『徹底批判 新日本国憲法ゲンロン草案』でも批判した「憲法2.0」こと「新日本国憲法ゲンロン草案」をはじめ、おおよそなんの実りももたらさない空疎なコンサルタントのような「提言」とやらが延々と続く本です。「これが僕たちの見たかった日本だ」とかありますが、まず「僕たち」とは誰なのか、ということと、言説の根拠はどこにあるのかということ、この2点は強く問われるべきだと思います。
ワースト次点3:pha『ニートの歩き方』技術評論社、2012年8月☆/二神能基『ニートが開く幸福社会ニッポン』明石書店、2012年8月☆/熊代亨『ロスジェネ心理学』花伝社、2012年10月☆
この手の自己啓発系の言説が、認識の面においてバッシング側と共有していることを示すよい(悪い)例となっており感慨深いです。phaや二神のような経済成長否定は若年層を困窮した状況に固定するものでしかないですし、熊代のような単純な世代論は、自分の世代を特別視するロスジェネ言説の弊害を如実に示しております。ロスジェネ言説は結局このようなものしか生み出し得なかったと絶望するにはちょうどいいものになっています。蛇足ですけど二神は最近講演会でサイエントロジーの資料を配っているという情報があります…。
ワースト次点4:久徳重和『人間形成障害』祥伝社新書、2012年9月
うーむ…。この著者、この概念を親父さんから受け継いだらしいんですけど、そもそもの青少年に関する認識が崩壊しているので到底信用する気にはなれないのですよ。現代の若年層の「劣化」とかを無条件で信じている点において、書き手として失格だと思いますよ。ましてあなたが医者なら。
ワースト次点5:斎藤貴男『私がケータイを持たない理由』祥伝社新書、2012年10月
ま た 祥 伝 社 新 書 か。内容は自分の疑問に思った事例に携帯電話をこじつけているだけ。この人もいよいよ柳田邦男化が深刻化してきたな。
ワースト特別枠:濱野智史『前田敦子はキリストを超えた――〈宗教〉としてのAKB48』ちくま新書、2012年12月
タイトルが出た時点でいろいろと話題になっていた本ですけど、その実はほとんどが自分の「信仰告白」という代物で、何ら社会的な広がりを持たない本です。酷いのはこの本が「ネタ」なのか「ベタ」なのか分からないと言うことです。ベタに批判したら「いや、これはネタでやっているんだし(笑)」として跳ね返されそうな雰囲気が満点…。ああ、こういう「俺は自分にとって気持ちいい「物語」を選ぶ!だから誰も干渉するな!」的な本が平然と、しかも(今年は経済・労働分野での躍進が目立った)ちくま新書から出されるのは、我が国の、特に「若手」論壇の崩壊の序曲としか思えません!警鐘を兼ねて、ワースト特別枠を差し上げます!!
おわりに
まえがきでも述べたとおり、昨今の言論状況として、特に若者論の分野において、エビデンスベーストの層とナラティブベーストの層の分断が顕著になってきているのではないかという実感が私の中にあります(以前からそうだった可能性も大いにありますが)。後者に属する言説は、最近になって増えてきましたが、共通しているのは、前者でとっくに指摘済みの言説、例えばデフレや円高を放置すると若い世代こそ苦しめられるだとか、あるいは若年層の学力が低下していると言うことについては留保する必要があるとかなどを全て無視し、またマクロ的な統計とかに基づかずに「事例」に偏重した書き方になっていて、根拠に基づかない現代社会批判や、あるいは生き方指南ばかりがパッケージとして提供されているということです。
それは現代社会への認識を開くことについてはまったく役に立たないものでしかないと同時に、自分たちは上の世代なんか気にせず生きていくぞという綱領(マニフェスト)を提示することにより、社会に対して問題の解決を閉ざすという意思表示をしてしまっている。それは、若年層の政治的なプレゼンスをさらに失わせるものでしかあり得ません。短期的な自らの承認欲求の肯定に特化した議論というのは、長期的には様々な弊害をもたらしかねないのです。
若者擁護論というのは、自分の生育歴(思い込みを多く含む)を肯定することにより、「生き方のモデル」の提示にとどまっている。しかし、それがいかなる社会的条件の下で実現しうるかということに対しては擁護論者はほとんど無関心と言ってもいいでしょう。でも、それを覆い隠した擁護論こそが最も警戒すべきものであると認識しなければなりません。
これからも間違った言説を狩っていくと同時に、エビデンスに基づいた議論や政策の重要性を発信していきたいと思います。それでは、よいお年を!
奥付
後藤和智の雑記帳 コミックマーケット83出張版
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年1月6日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
Twitter:@kazugoto
Facebook…
個人:http://www.facebook.com/kazutomo.goto.5
サークル:http://www.facebook.com/kazugotooffice
※「コミックマーケット83」(2012年12月31日・東京ビッグサイト)で配布したサークルペーパーです。
10回目のコミケとなります、後藤和智です。コミケの初参加が2007年の冬コミ(C73)で、あれから同人活動をやってちょうど5年になるのだと考えると感慨深いです。来年は私が『ケータイを持ったサル』で若者論オタクに目覚めて10年になりますね。最近また若者バッシングの勢いが強まってきたのと同時に、星海社新書やディスカヴァー21のシリーズに代表されるような俗流若者擁護論も勢いを増してきた。科学的に青少年問題を考えたい層にとってはかなり不利な状況が揃ってしまっていると思います。しかしそれでも、データや学説で青少年問題を捉え、政策に活かすということをあきらめてはならないと思います。
今年は同人誌のみならず、電子書籍への進出やニコニコチャンネルの設置など、いろいろとチャレンジングなことをやってきたと思います(自分で言うな)。ただ今の若者論(若者擁護論含む)の流れに抗うには、まだまだ十分とは言い難いと思います。今回のベスト・ワーストの顔ぶれを見ても、客観的に物事を考える層(エビデンスベースト)と、おのおのの「物語」を選択して自己啓発的な言説を生み出していく層(ナラティブベースト)の分断が顕著になっている気がします。今回東方で統計学の解説書を書いたのも、統計学的な考え方を紹介することにより、ナラティブベースト言説が生み出す弊害を緩和するためという目的があります。市民として、数学や論理を扱うことから逃げてはならないと思う昨今、早速今年のベスト&ワーストの紹介に入っていきましょう。
(ベスト・ワースト共に、☆か★がついているものはブクログでの書評があります(☆:現行本棚、★:旧本棚))
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Free Talk1――2012年・今年のベスト
ベスト:Huge Lauderほか(編)、広田照幸、吉田文、本田由紀[1巻]、苅谷剛彦、志水宏吉、小玉重夫[2巻](編訳)『グローバル化・社会変動と教育』1・2巻、東京大学出版会、2012年4月(1巻)・5月(2巻)
教育社会学に関するリーディングスのシリーズの最新刊のようで、なんか訳者がとっても豪華です(笑)。とはいえ本書はタイトルに打ち出されたような、グローバル化や社会変動などが教育にもたらす影響について、労働や経済、文化など多角的に分析されており、教育社会学の視点からものを考えたり、あるいは政策を構築したりしようとする人にとっては必読の書籍と言うことができます(上下巻で1万円以上するかなり高価な書籍ですけど…)。経済方面から入りたいなら1巻、労働・文化方面から入りたいなら2巻から読まれることをおすすめします。
ベター
ベター1:安田浩一『ネットと愛国――在特会の「闇」を追いかけて』講談社、2012年4月
「在日特権を許さない市民の会」(在特会)を中心とする所謂「ネット右翼」に関するルポルタージュで、雑誌『g2』に何回か掲載されていた記事をまとめたものです。不利な状況に置かれている若者が右傾化する~、というストーリーはすごく違和感を覚えますけれども、少なくともこの本から言えることは、単純な右傾化バッシングや、あるいは若年層劣化言説が意味をなさないこと、そして「普通の人」こそ怖いことであり、なおかつそれは決して愚かだから過激な行動に出るわけではない、ということです。
ちなみにこの本は講談社ノンフィクション賞を受賞しております。おめでとうございます。
ベター2:Edward F. Redish(著)、日本物理教育学会(監訳)『科学をどう教えるか――アメリカにおける新しい物理教育の実践』丸善出版、2012年6月☆
科学教育、なかんずく物理学の教育に関する調査やツールについてまとめた本です。アメリカでも自分の授業を理解してくれる学生が少ない、という問題があるようですが、著者はそのような疑問に対して、我が国の一般的な教育論者のように短絡的に教育制度をバッシングするのではなく、いかにして知識や知見を伝えるかという視点に立って調査や検討を行っており、その知的な誠実さは学力論議にも活かされるべきでしょう。
ベター3:竹信三恵子『ルポ 賃金差別』ちくま新書、2012年4月★
我が国の多くの労働の現場において、雇用形態による「差別」が起こっていることを示したルポルタージュです。雇用戦略対話でも述べたとおり、過度な非正規雇用否定論はむしろ有害ではあると考えますが、ただ非正規雇用において本書が告発しているような「差別」が存在することは厳然たる事実であり、そこをいかに修正していくかということについては十分に議論されるべきでしょう。そのために本書があると思います。今年はちくま新書の経済・労働関係の健闘が目立ちました。本書もそうですし、それ以外にもベター7の片岡本、ベター次点の宮本本・若田部本など。まあワースト特別枠みたいなものもありましたけど…。
ベター4:浅岡隆裕『メディア表象の文化社会学――〈昭和〉イメージの生成と定着の研究』ハーベスト社、2012年3月☆
「昭和」ブームがどのような動機に支えられているかということを研究した本です。前半はメディア理論や文化社会学の解説にとどまっていますが、具体的な分析に入ると面白くなります。文化政策にまで取り込まれている現状や、ある百貨店での展示におけるアンケートの分析、さらには「昭和ブーム」を支えている、現代の日本人や日本社会が「劣化」しているという認識に至るまで、幅広く捉えております。
ベター5:国立教育政策研究所(編)『教育研究とエビデンス――国際的動向と日本の現状と課題』明石書店、2012年5月☆
PISAやTIMSS、全国学力テストなど、データが豊富に揃うようになっている中、それをいかにして教育政策に活かしていくかということについて研究が行われています。問題意識は2009年12月に出たOECDの『教育とエビデンス』(明石書店)を受けたようなものになりますが、社会政策におけるエビデンスの重要性が認識されつつある昨今、読んでおいて損はありません。
ベター6:今野晴貴『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪』文春新書、2012年11月☆
私もお世話になっているNPO「POSSE」の代表が、若い世代(ないしその親)の労働相談を通じて、現代の若年層が置かれている労働環境について述べられた、一種の告発本です。ただ、ただの「告発」本とは違い、社会的な流れや、あるいは企業の違法行為を正当化する「ブラック士業」の存在など、守備範囲が広いのも特徴です。経済政策について述べられていない、という批判もあるかもしれませんが、自己責任論や劣化言説で若年層の労働問題を捉えてきた弊害がどのようなものであったかを知るためにも、広く読まれて然るべき本です。
ベター7:安達誠司『円高の正体』光文社新書、2012年1月★/片岡剛士『円のゆくえを問いなおす』ちくま新書、2012年5月
昨今の円高・デフレ状況について簡易に述べられた新書を紹介しておきます。いずれにも共通する回答は、デフレの脱却には中央銀行たる日本銀行の金融政策が不可欠であり、それが不足しているからこそデフレになっているというものです。デフレの原因を人口減少に求めるような議論や、あるいは「よいデフレ」論、デフレ活用論などに対しても批判がなされており、金融政策の重要性を知るために最初に読んでおくべき本であると言えるでしょう。
ベター8:田中幹人、標葉隆馬、丸山紀一朗『災害弱者と情報弱者』筑摩選書、2012年7月
おそらく多くの人が、私の元々の専門が災害リスク認知であるということを知らないと思いますが(そりゃぁ若者論と統計学ばっかりやってたら認識する人は少ないでしょう)、本書は災害情報論、コミュニティ論を総ざらいするのにちょうどいい本となっております。もちろん検討の中心になっているのは2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震であり、地震の教訓を知るという点でも重宝します。
ベター9:乾彰夫『若者が働きはじめるとき――仕事、仲間、そして社会』日本図書センター、2012年9月☆
若年労働問題について息の長い研究や説得力の高い発言をしてきた社会学者による若年労働問題の入門書としてよくできています。若い世代が労働問題について置かれている現状を知るために、ベター6の今野本と一緒に読んでおくといいでしょう。進学や就職、非正規雇用などについてデータを用いて丁寧に論じられており、通説への批判のための基礎知識としても役に立ちます。
ベター10:濱口桂一郎『日本の雇用終了――労働局あっせん事例から』労働政策研究・研修機構、2012年3月
我が国の解雇事例について述べられた、一種のデータ集です(統計とかではなく質的なデータですけど)。ただそれ故我が国における解雇(ないし退職勧奨)というものの位置づけについて冷酷に語ってくれます。労働問題の研究者や労働相談のケースワーカーなどを目指すのであれば必携と言っても過言ではないでしょう。
ベター次点
石田基広『R言語逆引きハンドブック』C&R研究所、2012年1月
山本直人『世代論のワナ』新潮新書、2012年1月★
麻木久仁子、田村秀男、田中秀臣『日本建替論――100兆円の余剰資金を動員せよ!』藤原書店、2012年2月
宮本みち子『若者が無縁化する――仕事・福祉・コミュニティでつなぐ』ちくま新書、2012年2月★
牧野智和『自己啓発の時代――「自己」の文化社会学的探求』勁草書房、2012年3月☆
秦郁彦『陰謀史観』新潮新書、2012年4月★
若田部昌澄、栗原裕一郎『本当の経済の話をしよう』ちくま新書、2012年8月☆
生活保護問題対策全国会議『間違いだらけの生活保護バッシング』明石書店、2012年8月☆
若田部昌澄『もうダマされないための経済学講義』光文社新書、2012年9月☆
田崎晴明『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』朝日出版社、2012年10月☆
五十嵐泰正、「安心・安全の柏産柏消」円卓会議『みんなで決めた「安心」のかたち――ポスト3・11の「地産地消」をさがした柏の一年』亜紀書房、2012年11月
田崎本と五十嵐本は、震災以降の社会、科学、メディアのあり方を考える上で、このような地道な実践こそが未来を切り開くのだと言うことを教えてくれます。山本本は、元博報堂の人材コンサルタントという肩書きから来る本書の印象をいい意味で裏切ってくれます。世代論の可能性・有害性・限界をコンパクトに示してくれており、特に若手の会社員にとっては抑えておくべき本と言えるでしょう。若田部の2冊は、「人文系」の議論によって歪められて理解されている経済学を、改めて正しく理解するためにちょうどいいものとなっております。
非2012年刊行本部門
ベスト:日本テスト学会(編)『テスト・スタンダード』金子書房、2007年9月/日本テスト学会(編)『見直そう、テストを支える基本の技術と教育』金子書房、2010年4月
学力調査を考える上で是非とも読むべき、否、読まなければならない本として採り上げておきます。本書は科学的なテストとは何かという研究の最新の成果であり、学力調査に限らず、知能テストなど様々な「テスト」に関わる人(企業の人事部とかまで含めて!)にとって必読の内容となっております。ちなみに夏コミの『現代学力調査概論』も、これらの知識を得ることによって内容が大きく躍進しました。
ベター
大野更紗『困ってるひと』ポプラ社、2011年6月
児玉真美『アシュリー事件――メディカル・コントロールと新・優生思想の時代』生活書院、2011年8月
盛山和夫『経済成長は不可能なのか――少子化と財政難を克服する条件』中公新書、2011年6月★
阿部彩『弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂』講談社現代新書、2011年12月
Free Talk1――2012年・今年のワースト
ワースト:大堀ユリエ『昭和脳上司がゆとり世代部下を働かせる方法77』光文社、2012年4月
どうしてこうなった!著者は1987年生まれ、新幹線の車内販売とかを経て神田でガールズ居酒屋を経営しているらしいんですが、何せ出てくるのが「ゆとり世代」へのバッシングの山、山、山!彼女の「ゆとり教育」に対する認識のほぼ全部が若年層バッシングの週刊誌の記事などで語られるようなものですし、さらに若年層の育ってきた社会状況、生育環境についても全部が若年層を劣化せしめるものとして認識されています。こんな本、はっきり言いますが「昭和脳上司」のための「癒やし」本でしかないですよ!しかもあとがきが自分の思い出話って…。
ちなみに本書を企画・編集したのは光文社の芸能関係の本の編集部らしいです…。同じ光文社の『「ニート」って言うな!』の著者の一人として言いますけど、頼むから同じ会社の新書編集部あたりにピアレビューでもしてもらってください!!
ワースト次点
ワースト次点1:適菜収『日本をダメにしたB層の研究』講談社、2012年10月
どうしてこうなった!(2回目)以前この著者はニーチェの「アンチクリスト」の「超訳」で有名になった人ですけど、本書ははっきり言って自分と考えが違う連中はみんな劣っている、と愚痴を述べているだけの本でしかありません。自分を絶対視し、他人を見下し、歴史上の人物を援用して自らの「教養」をひけらかす。これが哲学者の態度なのですか!?同じ思想系の本だったら、仲正昌樹の『《日本の思想》講義――ネット時代に丸山眞男を読む』(作品社、2012年8月)のほうがよっぽどマシです!
ワースト次点2:東浩紀(編)『思想地図β』第3号、ゲンロン、2012年7月
11月に出した同人誌『徹底批判 新日本国憲法ゲンロン草案』でも批判した「憲法2.0」こと「新日本国憲法ゲンロン草案」をはじめ、おおよそなんの実りももたらさない空疎なコンサルタントのような「提言」とやらが延々と続く本です。「これが僕たちの見たかった日本だ」とかありますが、まず「僕たち」とは誰なのか、ということと、言説の根拠はどこにあるのかということ、この2点は強く問われるべきだと思います。
ワースト次点3:pha『ニートの歩き方』技術評論社、2012年8月☆/二神能基『ニートが開く幸福社会ニッポン』明石書店、2012年8月☆/熊代亨『ロスジェネ心理学』花伝社、2012年10月☆
この手の自己啓発系の言説が、認識の面においてバッシング側と共有していることを示すよい(悪い)例となっており感慨深いです。phaや二神のような経済成長否定は若年層を困窮した状況に固定するものでしかないですし、熊代のような単純な世代論は、自分の世代を特別視するロスジェネ言説の弊害を如実に示しております。ロスジェネ言説は結局このようなものしか生み出し得なかったと絶望するにはちょうどいいものになっています。蛇足ですけど二神は最近講演会でサイエントロジーの資料を配っているという情報があります…。
ワースト次点4:久徳重和『人間形成障害』祥伝社新書、2012年9月
うーむ…。この著者、この概念を親父さんから受け継いだらしいんですけど、そもそもの青少年に関する認識が崩壊しているので到底信用する気にはなれないのですよ。現代の若年層の「劣化」とかを無条件で信じている点において、書き手として失格だと思いますよ。ましてあなたが医者なら。
ワースト次点5:斎藤貴男『私がケータイを持たない理由』祥伝社新書、2012年10月
ま た 祥 伝 社 新 書 か。内容は自分の疑問に思った事例に携帯電話をこじつけているだけ。この人もいよいよ柳田邦男化が深刻化してきたな。
ワースト特別枠:濱野智史『前田敦子はキリストを超えた――〈宗教〉としてのAKB48』ちくま新書、2012年12月
タイトルが出た時点でいろいろと話題になっていた本ですけど、その実はほとんどが自分の「信仰告白」という代物で、何ら社会的な広がりを持たない本です。酷いのはこの本が「ネタ」なのか「ベタ」なのか分からないと言うことです。ベタに批判したら「いや、これはネタでやっているんだし(笑)」として跳ね返されそうな雰囲気が満点…。ああ、こういう「俺は自分にとって気持ちいい「物語」を選ぶ!だから誰も干渉するな!」的な本が平然と、しかも(今年は経済・労働分野での躍進が目立った)ちくま新書から出されるのは、我が国の、特に「若手」論壇の崩壊の序曲としか思えません!警鐘を兼ねて、ワースト特別枠を差し上げます!!
おわりに
まえがきでも述べたとおり、昨今の言論状況として、特に若者論の分野において、エビデンスベーストの層とナラティブベーストの層の分断が顕著になってきているのではないかという実感が私の中にあります(以前からそうだった可能性も大いにありますが)。後者に属する言説は、最近になって増えてきましたが、共通しているのは、前者でとっくに指摘済みの言説、例えばデフレや円高を放置すると若い世代こそ苦しめられるだとか、あるいは若年層の学力が低下していると言うことについては留保する必要があるとかなどを全て無視し、またマクロ的な統計とかに基づかずに「事例」に偏重した書き方になっていて、根拠に基づかない現代社会批判や、あるいは生き方指南ばかりがパッケージとして提供されているということです。
それは現代社会への認識を開くことについてはまったく役に立たないものでしかないと同時に、自分たちは上の世代なんか気にせず生きていくぞという綱領(マニフェスト)を提示することにより、社会に対して問題の解決を閉ざすという意思表示をしてしまっている。それは、若年層の政治的なプレゼンスをさらに失わせるものでしかあり得ません。短期的な自らの承認欲求の肯定に特化した議論というのは、長期的には様々な弊害をもたらしかねないのです。
若者擁護論というのは、自分の生育歴(思い込みを多く含む)を肯定することにより、「生き方のモデル」の提示にとどまっている。しかし、それがいかなる社会的条件の下で実現しうるかということに対しては擁護論者はほとんど無関心と言ってもいいでしょう。でも、それを覆い隠した擁護論こそが最も警戒すべきものであると認識しなければなりません。
これからも間違った言説を狩っていくと同時に、エビデンスに基づいた議論や政策の重要性を発信していきたいと思います。それでは、よいお年を!
奥付
後藤和智の雑記帳 コミックマーケット83出張版
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年1月6日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
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本の書評、ありがとうございます。参考にさせていただきます。