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その19 グレイシー柔術もう一つの解釈。(前半)

前田光世先生が伝えたグレイシー柔術。その目的は現在のグレイシー柔術とは違うものだったのかもしれない。僕の妄想で暴走が続くのだ。


困窮したブラジルで前田先生を救ってくれた大恩人がガスタオン・グレイシー。その恩義に報いようとも何も持っていなかった前田先生は、自分がその時に持っていた最高のものである柔術をガスタオンの息子・カーロスへ伝えることを決意した。古流の時代に武術を伝えることは熟考を要し、簡単に奥義を伝えることは禁じられていた。誰かれ構わずに奥義を伝えれば、誰でも強くなってしまうからだ。


武術の強さとは武器的な強さ。だから誰でも抜き身の刀を持って歩くような状況になることは避けていた。そんなことになったら危なくてしょうがないのだ。武術には簡単に人を殺せるような技が普通にある。そうでなければ戦国の世の中では通用しない。通用しないものは長い歴史の中で生き残れずに消え去るようになっているのだ。


現存する古流の武術には当たり前に危険な技がある。だからこそ、武術とは伝える相手を選ぶ。そのために武術は巧妙に作られている。途中で武術を放り出したり、師匠を裏切るような門人は破滅してしまう巧みな伝承のシステムが作り上げられている。


口伝に従い型を行って身体を変えてゆく。身体が変わる度に新しい口伝を与える。そうすることで、身体を段階的に変化させてゆく。実はそこにもう一つのカラクリがあるのだ。


身体は段階的に変化する。一気に別人にはならず、ある日別人になっている。人の成長は武術に限らず一晩で全てが変わるようなことはない。とはいっても変わるのはある日突然なのだ……。日々努力を重ねようとも日々の変化は目には見えない。目には見えない小さな積み重ねが重なると、ある日突然形になって表れる。


だから表面的にはある日突然変わるのだが、内部では日々の見えない積み重ねがなければ人は進歩も変化も出来ないのだ。ある日突然の変化がやって来たら、次の口伝を聞き、また日々の目には見えない鍛錬を積み重ねる。それが武術の稽古だ。おそらく世の中の全ての学びも同じようなことだと思う。


段階的な変化には、段階的な口伝が必要になる。武術の鍛錬による身体の変化は赤ん坊が大きくなってゆくのに似ているかもしれない。動かなかった箇所が動き始めるのだ。赤ん坊の成長は外側に向かって動きが広がってゆく。寝返り、這い這い、つかまり立ち、つかまり歩き、よちよち歩きと段階的に、動きが成長してゆく。


成長する段階で身体は外側に向けて大きくなるような気がする。外側に向け動きを大きくするのは筋肉の成長が必要であり、筋肉を発達させるために栄養の内容も段階的に変わってゆく。


母乳やミルクから、ベビーフードのような流動食とだんだんと食事が変化する。成長期には旺盛な食欲になる。いつまでも母乳では身体を壊すし、いきなり大人の食事でも身体を壊す。成長期に老人の食事では足りないし、老人が成長期の食事をしてもおかしい。


武術の鍛錬は、身体の内側に向けて覚醒してゆくような気がする。それまで動かなかった箇所が覚醒して動き出す。筋肉の細部な箇所が覚醒し、骨格の細部な箇所まで動かせるようになる。その際には食事は関係なくて、身体の奥に向かう意識が大きく関係する。


身体の奥に向かう意識は成長過程の栄養摂取に似ている。意識が大きくなると奥の動きが覚醒して大きくなってゆく。ホンの始まりの小さな動きの時には母乳程度の消化のよい意識がいい。動きを大きくする段階では大きな意識が必要になる。それは成長期の食事のように……。