第16回 あなたは感謝と呪詛が表裏の危うい世界に生きている
感謝の気持ちを忘れずに生きている。そのような意識を持つようになった転機は無名の青年との邂逅である。随分と時間が経ってしまったけれど、今も時々彼のことを想う。
あの朝、いつものファストフード店。私はヘッドホンで音楽を聴きながらコーヒーを飲んでいた。その青年は店の片隅にいた。穏やかな柔和な表情で時折周りを見渡し軽く頷くと、手元に開いたノートに鉛筆で何かを書き込んでいた。ヘッドホンのラモーンズと彼の動きは一体となって私にいい印象を与えていた。
店には学生風の男女4人組が私たちから離れた場所にいるだけ。誰もが楽しそう。暖かく見守るような青年の視線。穏やかな時間。私はふと、青年のノートが気になって背を伸ばす真似をしてのぞいてみた。ノートには「ありがとう」が無数に並んでいた。ありがとう、ありがとう、ありがとう。多少のキモさを覚えながらも私は青年の優しさと素直さに嫉妬していた。ありがとうを最後に口にしたのはいつだっけ、私もありがとうを言いながら生きていきたいものだ。
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