ラジャ・ライオンとおもてなし
山口 社長(柳沢忠之のあだ名)には、橋下徹の何が面白がれるポイントなのか、まずはそこから教えてほしいです。
柳沢 最初から結論を言ってしまうことになるけど、俺が考える“プロレス”がそこにはある!
山口 いきなり結論!(笑)。とはいえ、紙媒体の『紙のプロレス』をやってた頃とは時代が違うので、我々が考える“プロレス”とは何かを丁寧に説明していかないとみんなわかりませんよ。
柳沢 橋下徹は、言ってることはいわゆる“ガチンコ”なんだよね。発信してる中身に演出はほぼ感じられない。でも、「その話題をいまここで言い出す?」という仕掛けが明らかに“プロレス”でしょ。
山口 例えば、文楽の問題があったけど、あのやりとりを例に、そこのところをもう少し具体的にいきましょうよ。
柳沢 これまで、いわゆる伝統芸能というものには相当額の補助金=税金が投入されてきたわけだよね。で、伝統的なものを後世に残していくために税金を入れることに対して、みんなあんまり違和感を持ってこなかった。
山口 何の疑問を持つこともなく「そういうもんだろう」と思ってた人が多いんだろうね。
柳沢 橋下徹が一貫して言ってることというのは、民主主義の基本はまず自己責任、個人の自立。これをみんなが意識しない限り民主主義なんてもんは成立しないんだと。自立せずにお上から食わせてもらおうとみんなが考えるのは民主主義じゃない。そのことを国民全員に理解してもらう。すべてがそういう意識での発言だったり仕掛けだったりするんだよね。
文楽の問題というのは、文楽に税金が使われてます。それをもらってる側の人たちが当たり前だと思ってたら大間違いですよと。文楽の人たちがもっと努力して補助金なしで運営していく、まさに自己責任、自立を求めてるわけだよね。文化を切り捨てるのかどうかとか、そういう問題じゃない。公務員に対して「入れ墨をしてはいけない」という問題も道義的な話に聞こえるけど、本質はそうじゃない。
公務員というのは税金で養われてる仕事で、公務員である限り、公務員としての規定を守るのが当たり前でしょと。民間の会社員が会社の社則を守ってるように。すべてにおいてこういうロジック。公務員としてのルールをきっちり決めて、それに従うべき。そのルールが嫌なら公務員をやめればいい。
そもそもそのルールを曖昧にしておくのが良くない。そういう考え方、価値観を正していくんだと。その正すということは、何か新しいことをしようとしてるのかいうと、そんな感じでもない。「そんなこと当たり前のことでしょ?」ということが当たり前に動いてこなかったことがおかしいんだと。それを文楽や公務員の入れ墨の問題を通して国民にわからせていく。
山口 「伝統芸能なんだから補助金をもらうのは当たり前だという考えはおかしい」とか「公務員は入れ墨はダメ」とかいう発言には演出はないけど、そういうやりとりを通して問題の本質を世の中に見せていくやり方、仕掛けがまさにプレロスだっていう話ね。
柳沢 そういうこと。
山口 噛み砕いて言うと、「プロレスラーは強くなきゃいけない」という、プロレスにとってはごくごく当たり前の前提を本気で見せようとしたアントニオ猪木の手法、仕掛けに通じるところが、橋下徹にあるんじゃないかということですか。
柳沢 それまでアントニオ猪木を例にわかりやすくたとえなくてもいいけどね(笑)。
山口 いや、わかりやすくいかないと。まずはファン・サービスですよ。おもてなしの心。
柳沢 山口昇がいつそんなもん覚えたんだよ(笑)。例えば、「卒業式で教師は君が代を起立・斉唱しなきゃいけない」という条例が通った。条例が可決されたってことはこれが民意。民意でルールが決まったんだからそれに従いなさい、公務員なんだから。そこにしか橋下徹のロジックはない。もし、「公務員でも君が代を歌いたくない人がいたらそれは認めるべきだ」というなら、そういうふうに条例を変えればいい。
山口 そこだけ取れば、ごく当たり前の話だね。
柳沢 「卒業式で教師は君が代を起立・斉唱しなきゃいけない」という条例が通っちゃった。でも、自分は歌いたくないと思う人は、嫌でも歌うか、教師をやめるか。この二つしか選択肢はないだろうという明快な話だよね。入れ墨の問題も同じ。見えないところならいいじゃないかとか、ファッションとしてありじゃないか、道徳としてどうとか、いろんな意見がある。どれか一つが絶対に正しいという意見なんかない。だったらどの意見を取るか決断してルールを決めるしかない。
そうやって決められたルールを守らなきゃいけない。だけど、思想がどうとか、信条がどうとか、憲法がどうとか、理由を付けてルールを守らない、抜け道を探してノウノウとやってる、自分たちの仕事に責任を持たない。そんな公務員ばかりじゃ国なんて成り立たないでしょと。
山口 そこだけ取れば、ごくごく単純な話だよね。
柳沢 じゃあ、橋下徹は公務員が良くなれば日本が良くなると単純に考えているのかというと、おそらくそうじゃない。言い方は悪いけど、あくまでも公務員は生贄。自己責任、個人の自立という考え方をすべての国民に知らしめるために公務員をダシに使ってる、と俺には見えるんだけどね。
山口 自己責任、個人の自立なくして国なんか成り立たないという考え方は、一見、小沢一郎と変わりないよね。
柳沢 だから、取り立てて新しいことを言ってるわけではない。でも、国民への知らしめ方が小沢一郎と比べてエゲつないのが橋下徹。エゲつないから世間からバッシングを受けたり、嫌われたりもする。でも、そんなことはむしろ逆手に取って軽々と乗り越えていく。そこはまさに猪木流だよね。物事の本質に話を持っていく力があるというか。俺たちはプロレス、格闘技界で生きてきて、興行のスキームとかフォルムとか、いろんなものを変えていかなきゃいけなかった。
まさに業界に革命を起こさないとやっていけないという思いがずっとあって、「それをどうやっていけばいいんだろう?」というところで苦しんできたんだけど。同じようなことを格闘技界よりもっと大きな政治の世界でやろうとしてる橋下徹を見て、「ああ、ここまでエゲつなくやらないと世の中って変えられないのか」と勉強になった。それこそ革命的な斬新なやり方だよね。
山口 言ってることは新しくないけど、エゲつないやり方や覚悟の持ち方が新しく見える。
柳沢 しかも、そのやり方の完成度が高い。エゲつなさで言うといまの橋下徹はず抜けてるなという感じがするよね。
山口 確かに橋下徹には「こんなプロレスをしてたら、10年持つ身体が3年しかもたない!」って感じがなくはないね。
柳沢 まあ、そういうことを言ってた人に限って、還暦を過ぎて「ダァーッ!!」ってやってたりするけどね(笑)。それに対してまったくダメなプロレスラーが片山さつき! 生活保護の問題で言うと、芸能人を生贄にして「税金を不正に手に入れていいんですか?」という問題提起をする手法は一見、橋下徹と似てるんだけど。
例えば、君が代問題で日教組や教育委員会、場合によっては右翼まで相手にするのと、生活保護問題で一芸能人を相手にするのではリスクが全然違う。片山さつきのあまりのスケールの小ささに「え!?」と驚いてしまうよね。生贄の質によって覚悟が見えてしまうというか。あれで「芸能界が片山さつきに抵抗してきますか?」という話じゃない。橋下徹の場合は、抵抗勢力の大きさこそが話題性になるんだという、まさに猪木流の考え方。
山口 片山さつきの場合は、「面白い見世物としてパキスタンの空手家ラジャ・ライオンを連れてきました」みたいな話だもんなあ。
柳沢 河本準一=ラジャ・ライオン説(笑)。
山口 いまのはファン・サービスという言葉を借りてデタラメ言ってみただけだけど(笑)小沢一郎もそれなりの仕掛けはしてきたと思うんだけど、橋下徹といちばん何が違うんだろう?
柳沢 メディアの使い方だと思う。小沢一郎は従来の政治家然としてたよね。ドブ板選挙で着実に票を増やして数を取っていく。マスコミをそんなにうまく使ってきてないよね。最近はそこにも敏感になってきて、ニコニコ動画に出てインターネットの中で自分を光らせようとか、ようやくやり始めたけど。橋下徹はタレント時代にメディアの力というものを嫌というほどわかってから政治家になった人だから。MBSを怒らせて大騒ぎしてみたりとか。メディアさえも生贄にしてしまう。
山口 あのMBSの女性記者とのやりとりは、実に名勝負!
柳沢 ああやって問題をどんどん可視化していくというか。
山口 それは戦略的にやってるわけ?
柳沢 大きな戦略はあると思う。橋下徹の中にフローチャートがあって、最後は必ず「自己責任」というとこに行き着く。そこに到るルートが何本もあって。例えば、補助金というルートの場合、まず文楽から攻めるとか。どういう材料でどこから議論を進めていくかというチョイスはその時、その時の勘所が重要になってくると思うんだけど。とにかく最終的には「自己責任」というところに行き着くフローチャートがあると思って見てると、橋下徹の言ってること、やってることの筋道がわかりやすい。
山口 すべてのフローチャートが「自己責任」というとこに向かってるんだとしたら、軍隊式官僚主義とか、独裁とかいう批判はまったく的外れになってくるね。
柳沢 まったく的外れでしょ。常に「自己責任」に向かってフローチャートが進んでるんだなあ、ということがわかるようになったのはツイッターのおかげだよね。自発的にどんどん投げかけていることをずっと読んでると、「ああ、いまこの勘所に気付いて、このルートから押し進めたいんだな」ということがだんだんわかってきた。あと、ツイッターを読んでて面白いのは、いろんな批判が出た時の逆手の取り方。
山口 具体的にその面白さがよく見えたツイートって、最近だとどの話題?
柳沢 日本維新の会の結党前に7人の国会議員で公開討論した後のツイートなんか面白かったよね。マスコミはみんな「討論会、盛り上がらず」「茶番」みたいな論調だったんだけど。それを逆手に取って、まず「なんで面白いものにしなきゃいけなんだ?」と。公開するんだからエンターテイメントじゃなきゃおかしいなんて、そんな記者たちの甘ったれた根性がおかしいと。公開の意味はそうじゃない。これから維新の会に入党する7人の国会議員たちの維新八策に対するスタンスを国民に直接伝えるための公開だと。あそこで発言することで国会議員たちは維新八策という政策に縛られたんだ。そのための公開だ。マスコミはその意味が全然わかってないんだねえ、まったく……とつぶやくわけさ。
山口 下手するとその7人の国会議員たちもわかってないよね。「え、俺、いま縛られちゃったの?」みたいな(笑)。
柳沢 でも、これは最初からこういう仕掛けがあったとは俺には思えないんだよね。それこそ橋下徹のプロレス的勘が瞬時に出たんじゃないかと。やっぱりあの討論会はイメージしてたものよりしょっぱかったんだよ。もう少し盛り上がると思ってたのに。そこで橋下徹は「なんだよ、これ?」と絶対に思ったはずなんだよ。で、案の定、そのことをマスコミに叩かれた。その時の「よーし、それならこっちは」という時の反射神経が見事なわけ。「やるなあ、橋下徹」と俺には見えるんだよね。
山口 どんな逆境であっても逆手に取って勘所として提示してしまう。そういう性質っていうのは死ぬまで直らないんだろうなぁ、と思わせるところが嫌われる要因だね、きっと(笑)。
柳沢 いままでの話はあくまで俺の想像でしかないんだけど。そういうことを想像させてくれるところが橋下徹は楽しいなあと思って。
山口 柳沢忠之はいまのプロレス・格闘技に興味がないんだねえ……。
柳沢 人間、無理しちゃダメだって(笑)。
山口 だから、橋下徹にプロレスを見い出して楽しんでるっていうことでいいの?
柳沢 だって、リング上より、政界の方にいいプロレスがゴロゴロ転がってるんだもん(笑)。
山口 確かに橋下徹にはリアリティもハプニングもドラマもある。これまで連戦連勝だけど、そろそろ骨のある、強い相手が出てきたら面白いのにね。
柳沢 もっと強い相手が出てきた場合、極論を言えば、目に指を突っ込めるかどうかが勝負だよね。関節技的な攻防の勝負では無敵だけど。そうじゃない急に噛みついてきたりする相手に対して「目に指を当ててギュッとできますか?」という(笑)。
山口 相手の骨を折っておいて、「あれは一生治らないでしょうね」とヘーゼンと言えるかと(笑)。
柳沢 強い相手が出てくるのは外交だろうね。習近平とかプーチンとか。
山口 ワクワクするねえ。ネドベージェフあたりは小指で転がして欲しいなあ。
柳沢 そこに押っ取り刀でプーチンが登場したりしてね(笑)。
山口 プーチン、何してくるかわからないもんなあ。
柳沢 外交になるとフローチャートの最後も何かわからなくなってくるし。もう「自己責任」は関係なくなってくるから。外交でフローチャートをどこに持って行くのか。そのお手並みを見たいよね。
山口 今回は橋下徹をアントニオ猪木にたとえて話してきたけど。アニトニオ猪木への道はまだまだ遠いよね。全盛期のアントニオ猪木がどれだけの濃さだったか。いまの若い人たちにはわからないだろうけど。まぁ、我々が相も変わらずアントニオ猪木に例えるのもなんだかなぁとも思うけど、まずはファン・サービスということで(笑)。
柳沢 『かみぷろ』の読者に対するおもてなしです。
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そういうことなんですよねぇ。