小説『神神化身』第四十六話
「NO PLAY, NO LIFE」どれだけ努力をしても、結局は運である。そのことはある種の救いだ。何とはなしに平等であるような気がするし、手が届かなくても必要以上に悲しまなくて済む。運ゲーと比鷺(ひさぎ)の人生は親和性が高い。化身持ちとして生まれたことも、九条(くじょう)家に生まれたことも、言ってしまえば運ゲーなのだし。
だが、そう思っていられるのは、自分に運が向いている時だけだ。ガチャで欲しいSSRが出ない時、比鷺の心は反転する。ガチャを唾棄(だき)すべきクソ要素だと見なし、天に呪いの言葉を吐き続ける。ガチャは極めて悪い文明であり、ガチャ神がいるならそいつは悪魔だろうと思う。今がその反転の時だ。
今回は人事を尽くした。使えるものは使い、縋れるものには縋るという志の下に召喚用の石を掻き集め、舞奏社(まいかなずのやしろ)まで三言(みこと)を引っ張っていった上で、化身の出ている手で引いてもらった。それでも目玉のSSRは出なかった。
爆死を知った時の三言の申し訳無さそうな顔といったら。神もカミも三言の手を安く見過ぎじゃないだろうか? 本当なら、三言が引いてくれただけで森羅万象が感謝し、SSRを引かせてくれるのが筋だろう。世界は六原三言にもっと敬意を表せ。
おまけに、三言を連れてとぼとぼと自宅に戻ってきたら、遠流(とおる)に捕まってしまった。厄日だ。素直な三言は「ガチャを引きに舞奏社まで行ったのに、何の甲斐もなく爆死してしまったんだ」と、素晴らしい要約までしてくれている。助けてほしい。
「話は分かった。よし、スマホを貸せ。僕は最近肩に筋肉がついてきたんだ」
「うわーっ! やめて! だってほしいんだもん! ソシャゲ版しんかぐの新規SSR絶対人権なんだよ~! やだやだ絶対欲しい! でも俺の物欲センサーもめちゃくちゃ反応しちゃってさあ! 爆死したんだから優しくしてよ!」
「その理屈で言うと、直接爆死したのは俺だから、俺が優しくされるべきなんじゃないか?」
「三言はいつもオールウェイズ遠流に優しくされてるでしょうが!」
「やっぱりスマホの飛距離を伸ばしたくなってきたな。貸せよ」
遠流の目がこの上なく冷たい。やはり、十連で出なかった時点で日を改め、乱数調整に走ればよかった。九条家のお金をドブに捨てるのは吝(やぶさ)かじゃないが、母親の何とも言えない目はたまに心に刺さるのだ。舞奏を始めてからやや待遇が良くなったとはいえ、家のお金をドブドブしてよくなったわけではない。
「第一お前、いつも低レア縛りで攻略動画を上げて、周りのプレイヤーにイキリ倒して炎上する活動をしてるだろ。どうしてSSRが必要になるんだよ」
「炎上するところまで一つの活動みたいに言うんじゃないよ! あのね、俺は天才ゲーマーとして低レアでの攻略を徹底してるけど、SSRが出なかったから仕方なく低レア縛りでやってるんだな~とは思われたくないの!」
「お前の業は底知れないな……」
「高レアばっかの中から、俺が敢えてこの子を選んだって言いたいの! ちなみに俺の推しはこの子。コンシューマーから一貫してるんだー。お嬢様なのにドジで何の取り柄もないけど、心が優しくて頑張り屋さんなの。心、しゃんしゃんするでしょ?」
「何がしゃんしゃんなんだ」
遠流が呆れたように言う。仮にもアイドルなんだから、心がしゃんしゃんすることの意味くらいフィーリングで理解出来るだろうに。それとも、最近の遠流がアイドル活動にあまり前向きじゃないところに原因があるのだろうか。ファンからのしゃんしゃんが届かなくなっているのかも、と比鷺は思う。
「昔は遠流の方がゲームが上手かった気がするけどな。これも記憶違いだろうか?」
「ううん。三言の言う通りだよ。むしろ俺の方が下手だったくらい。昔の遠流は俺にコツを教えてくれたじゃん?」
「……それは、僕がお前みたいな廃人モンスターを生み出してしまったってことなのか?」
「どうしてそうマイナスな方面に目を向けちゃうんだよ。三言はゲームが下手ってわけじゃないけど、どっちかっていうとアウトドア派だよね」
「そうだな。サッカーとか野球とか、あとは海岸にある岩までどっちが早く着けるか競争したりとか……あ、でも単純な鬼ごっこが一番盛り上がったりしたよな」
「うっ、目を開けてられないほど陽だ」
三言は小さい頃から色々なところに顔を出していた。助っ人も引き受けていたし、そのどれもできっちりと存在感を出していたのが凄い。改めて思えば、そんな三言と自分達のようなインドア派が仲良くしていたのが不思議だ。小さい頃はよく、外で遊ぶか中で遊ぶかで話し合っていた気がする。そうして多数決でも決まらずに、日が暮れていくのだ。
「でも、最近はゲームにも興味があるぞ。ほら、比鷺がやってるノーウェアマンズランドオンラインとか。あれは凄いゲームだよな。背景がとても綺麗で、浪磯みたいだ」
確かにそうかもしれない。ノマオンは何といっても美麗なグラフィックを売りにしているゲームだ。比鷺はよくノマオンの海を眺めに行く。そうすると、何だか心が穏やかになるのだ。
「うう……ノマオンは地獄のゲームだからな……上位レイドとかにのめり込まなきゃいいんだけど。ガチオン勢になった瞬間、遊びではなく仕事になるんだよ」
「仕事にする前に留まればいい話だろ」
遠流が言うが、こちらも信念を持ってノマオンに向き合っているのだ。自分の怠惰で負けたとなれば、数日引きずる羽目になる。なら、一日潰して周りを引き離してしまった方がいい。
「ちなみにノマオン……? は、どういう話なんだ?」
「オープンワールドRPGだから、固定の筋は無いんだけど。始まりが共通しているくらい。記憶を失った主人公が、ノーウェアマンズランドで目覚めるんだ。それで、大地を旅する」
「主人公の記憶は戻るのか?」
「今のところは。でも、記憶喪失の主人公は、自分でジョブを決めてクエストを受けて、自分が何者であるかを決めていくの」
そこまで説明してから、このゲームの設定と三言の境遇が奇妙にリンクしていることに気づく。勿論、完全に一致しているわけじゃないが、三言にも記憶の欠落があり、今日を生きながら自分を作っているようなものだ。
ノマオンの主人公は誰も彼も悲観的なわけじゃない。何も無かった自分を、長い旅の中で埋めていく。そう思うと、ノマオンこそ三言に響くゲームなんじゃないかと思った。
「ノマオン、俺はめちゃくちゃ強いから。何なら介護とかしたげるよ」
「介護……? ゲームの世界にも介護があるのか」
「そういう三言が考えてるような介護じゃなくて、手助け出来るっていうこと。この際だから遠流もやろうよ。スマホ版でもクロスプレイ出来るから。たまには昔みたいにゲームしよ」
「嫌だ。ゲームするくらいなら寝てたい」
そう言って、遠流が昔のように唇を尖らせる。わかっている。遠流はゲームをするより寝るのを優先させる。今の忙しい生活の中では尚更そうだろう。
だが、こういう時にちゃんと尋ねてあげるのも、優しい幼馴染の役割だからね、と思う。目論見通り、遠流の顔が少しだけ嬉しそうなことに、比鷺はちゃんと気づいている。
*
「そういえば『絶対推理サウザンド・ナイト・マーダー』がリメイク移植されるそうですよ」
「へ? マジ?」
いつも通りの舞奏社での稽古の合間。昏見(くらみ)がいつもの雑談の延長で出した話題に、思わず間抜けな声を上げてしまう。
すると昏見はにっこりと笑って「マジもマジですよ。南部諸民族州のベンチ・マジ地方にあるエチオピア南部の都市くらいマジです」と言った。全く意味が分からないが、恐らくマジという都市があるのだろう。こういう妙な類推によって話が続けられてしまうのは、成長なのだろうか。
「でも、そうですよねえ。サウマダのような名作ゲームはどんどんハードに合わせて移植していくべきだと思いますよ」
「移植……されていくのか……なるほど」
サウマダは面白いゲームだし、皋(さつき)も個人的に楽しんだ一作だ。アクションパートは苦手だったが、推理パートは往年の名作ミステリを彷彿とさせる手堅い出来のもので、仕事の一環だということを忘れてのめり込んだ。現実で起きる殺人事件と違って、純粋にミステリを楽しめる部分も嬉しかった。
だが、今やサウマダはちょっとした曰く付きのゲームである。その当時から物議を醸していた皋所縁(ゆかり)が現役時代にCMに出ていたということで、何だか妙に縁起の悪いことになってしまっているのだ。このゲームをやれば皋所縁のような名探偵になれるかも? と触れ込んでいたのに、本人がこれでは決まりが悪いことこの上ない。
だからこそ、サウマダが未だに人々に愛され、移植が決まるというのは嬉しかった。自分が塗ってしまった泥が少しだけ剥げてきたような気がした。
「サウマダっていやあ、皋の思い出深いあれだろう? 昏見がCMを見せてきたやつだ」
「その通りです、萬燈(まんどう)先生。私達の大好きな所縁くんの青春の一ページですね。萬燈先生に説明しますと、ゲームの移植というのは単行本を文庫で出したり新訳で出したり愛蔵版で出したりするようなものだと思って頂ければ」
「流石にゲームの移植っつう事例は知ってる。俺の著作の中にもゲーム化を打診されてるやつがあるからな」
「えっ、そうなの? ……萬燈さんのやつって何ゲーになんの? 何にせよ楽しみだな」
皋が笑顔で言うと、萬燈は微笑みながら頷いた。
「まあ、色々と話し合った結果、俺が最初から最後までテキストを書き下ろすことになったからな。完成がいつになるかは正直わからん。ゲームってことになると、色んなシナリオラインを複数走らせることが出来るようになるだろ。複数の世界線を書けるってのがなかなか興味深くてな。合間に無限の分岐を用意したことで手間取っちゃあいる」
「……それ、いつか完成すんのかな……俺、絶対完成しない気してきた……」
「萬燈先生の納得がいくまで無限に増やしていくとなると、サグラダ・ファミリアみたいなことになっちゃいそうですもんね。千年くらいかかって世界を作りそう」
「お前ら、そういう時は一致団結して寄り添いやがるな」
萬燈が訳知り顔で首を傾げる。まるで昏見と自分が似たもの同士だと言われているようで、何だかちょっと納得がいかない。
「何にせよ、サウマダの移植は楽しみですね。もう一度やり直しちゃおっかな。あ、移植版もCMって打つんでしょうか? ここで新CMに萬燈先生が抜擢されたら、何らかの文脈が生まれて面白そうじゃありません? 闇夜衆(くらやみしゅう)チェインって感じがして」
「何らかの文脈生みたくねえんだけど。新旧感が出てやだ」
「過去の名探偵と、今もご活躍なさっている時代の寵児ですもんね。そちらの方もリメイク感が出て良さそうです。最近、萬燈先生はゲームで競うことでも才を発揮しているようですし」
確かに、最近の萬燈は(主に皋の家で)ゲームをプレイすることが多く、昏見と一緒に盛り上がっている。勝手に持ち込まれた上で、自分だけ弾き出されるというのは釈然としないが、二人が華麗な手捌きでナイスプレーを連発しているというのは、見ているだけでも楽しい。
最近では、パソコンでのゲームにまで手を広げているようで、微笑ましいと思う反面、天才に蹂躙(じゅうりん)される各ゲームに同情を禁じ得ない。
「萬燈先生、ゲームの上達凄いですよね。いっそのこと、将棋とかチェスとかの方面を突き詰めていった方が神に臨むことが出来たかもしれない」
「おい。それ言ってマジで萬燈さんが闇夜衆抜けたら洒落になんないんだけど!」
「いいや。将棋もチェスも俺の親父殿の方が上手いからな。臨むもんはカミよりそっちになる」
「へえ……普通の家ならいざ知らず、萬燈先生のお家のお話ですからね。それはもうなんだか遊びの範疇ではなくなっている気がします。それこそお父様は将棋などに生涯を懸けた方がよかったのでは?」
「将棋だの、ああいった手合いのもんは宇宙みたいなもんだ。父親曰く、一切の宇宙開発は老後の楽しみに残してるらしい」
こういうびっくりエピソードに関しては必要以上に驚かないのがコツだ。皋が受け取るべきは「まあ、同じ盤上に立つもんとして競えることほどありがたい話もねえよ」という萬燈の言葉だけだった。楽しそうで何よりだ。
「萬燈先生も是非、移植されたらサウマダやりましょう。三人でサウマダトーク出来るのが楽しみです! ゆかたんのCMも更に味わいが出てきますしね!」
「お前、俺のCMのこと一生擦り続けるつもりか?」
その時ふと、昔のことを思い出した。まだ怪盗ウェスペルが昏見有貴(ありたか)だと知らなかった頃のことだ。ややあって、皋は尋ねる。
「昏見。サウマダのチャプター4ってするっとクリア出来た?」
「チャプター4ってあれですよね? 針と糸で館をひっくり返すというやつ。凝っていたとは思いますが、するっと解けましたよ。私ですから」
「嘘つけ。俺でもちょっと悩んだのに」
そう言いながら、すとんと腹の底に落ちたものがある。皋はずっと、これが聞いてみたかったのだ。
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(テキストと同様の内容を画像化したものです)
著:斜線堂有紀
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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©神神化身/ⅡⅤ
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