小説『神神化身』第十七話
「舞奏競を前にしたとある社人の所感」 「だからですね、八谷戸遠流(やつやどとおる)さんはこの社(やしろ)の所属ではありません。相模國(さがみのくに)の櫛魂衆(くししゅう)です。舞奏社(まいかなずのやしろ)さんにお尋ねください。あと、あまり個人的なことはお答え出来かねるかと」
「舞奏競(まいかなずくらべ)の開催日程ですか? それについては公式声明をお待ちください」
「萬燈(まんどう)先生は……はい、武蔵國(むさしのくに)の所属ですが……いや、そういったことは全てお断りしています。はい、インタビューは出版社を通した方がいいと思いますよ!」
午前の間中電話の応対に追われていた俺は、昼休みになるなりぐったりと倒れ込んだ。注目度が高いのはいいことだが、舞奏競の開催が決まってからは通常業務よりもこういった対応で時間が取られていてただ忙しい。
自分が勤める武蔵國の舞奏社には長い伝統がある。受け継がれている曲も舞も沢山あるし、名の知れた覡(げき)も何人も所属していた。しかし、俺が社人(やしろびと)として奉職(ほうしょく)してからの五年間は、舞奏競に参加することすら視野に入らないような有様だった。
ノノウたちは多いし、実力も高い。しかし、覡として舞奏競に出るような──結果を残せるような人材はいなかった。覡というのはそういうものだ。時代に、あるいはカミに選ばれて現れるのだ。残念ではあるが仕方ない。
そう納得していたところに、驚きのニュースが飛び込んできた。
相模國の舞奏社に化身持ちの覡が三人所属して、舞奏衆(まいかなずしゅう)を組んだというのだ。
一人はよく知っていた。方々の社でも有名な六原三言(むつはらみこと)だ。彼の舞は高校生とは思えないほど完成されていて、目を見張るほど美しい。なのに、場の盛り上げ方もよく知っていて、今の時代に必要とされている覡なのだ、と。
交流会で一度顔を合わせたこともある。明るくて礼儀正しくて、おまけに社の片付けまで手伝ってくれた。彼が魅力的な舞奏(まいかなず)を行える理由が分かったような気がした。
あとは、二人目も知っていた。化身持ちの名家として有名な、九条(くじょう)の家の弟の方だった。九条家の兄は、今の六原三言に負けず劣らずの有名人だったから、てっきりそっちの方が復帰したんだと思っていた。でも、そうじゃないらしい。兄が天才的な覡っていうのはかなりの重圧があるだろうけど、挑戦するのは凄いと思う。実際に写真を見ると、やはり兄の方によく似ていた。舞奏の実力も高いらしい。あと、何だか声に聞き覚えがある、気がする。思い出せないけど、どこだろうか……。
残る三人目も……会ったことはないけど、知ってはいた。知り合いとかでは全然ないが、何度も見たことがある。何せ彼は、今人気絶頂のアイドル・八谷戸遠流(やつやどとおる)だ。芸能人が舞奏競に出たらそりゃ勝つだろ、と思ったけど、勿論ルール的には問題ない。化身持ちは耳目(じもく)を集める性質があるというから、八谷戸遠流が急激に人気になったことにも納得がいった。あれはただの迷信だと思っていたのに。それにしても、アイドル活動の方は大丈夫なんだろうか? と余計な心配をしてしまう。
櫛魂衆はきっと舞奏競でもいい結果を残すだろう。単純に羨ましかった。観囃子(みはやし)もたくさん集まるだろうし、地域も盛り上がるだろうことを考えたら、羨むなという方が無理である。武蔵國にも、実力派の舞奏衆が所属してくれますように!
俺の願いは、意外にもカミに届いた。
相模國に少し遅れて、突然三人の化身持ちがここの社に所属することになった。武蔵國闇夜衆(くらやみしゅう)の誕生である。嬉しいことではあるが、晴天の霹靂(へきれき)だった。
リーダーである皋所縁(さつきゆかり)は、なんだかとっつきにくい人だった。
彼は元・名探偵だ。昔、皋所縁が生放送で事件を解決する番組を観たことがある。その時は随分自信満々に話すんだなと思ったのだけど、実際に会ってみると普通すぎるくらい普通で、やや暗めの人だ。
「皋さんが覡として活動するとは思いませんでした」
初めて会った時にそう言うと、皋所縁はあからさまに狼狽(うろた)えたような顔をして「……いや、本当にそうですね」と微妙な返答をした。そこから先の会話が全く続かない。
礼儀正しいけど、話しかけやすくはない。真面目なんだろうな、というのは伝わる。
化身が発現したにしても、舞奏競に出るようなタイプじゃなさそうだというのが率直な印象だった。
「いえいえ、そんなことはありません。所縁くんはあれで結構音楽大好きっ子ですよ。彼が産声の代わりにアヴェ・マリアを歌ったということはファンの間では有名な話です」
俺の素直な感想に対し、昏見(くらみ)さんはぺらぺらと適当なことを言った。
「いや、流石に嘘ですよね。昏見さん真顔でそういうこと言うからビビるんですけど」
「いやですね、富士原(ふじわら)くん。もっと気軽にくらみんとか有貴(ありたか)パイセンって呼んでくれてもいいんですよ」
「それは遠慮します」
「つれないですねえ。闇夜衆の二人はそう呼ぶのに」
そう言って、昏見さんが半分に割ったシャーベットアイスに口をつける。
昏見さんは変な人だが、闇夜衆の中で一番話しやすい人だ。こうして何かにつけて舞奏社に来てくれては、差し入れまでしてくれる。本業はバーテンダーだそうで、職業的にも割と真っ当な人だ。残り二人が癖の強い二人だから余計にそう思う。
「まあ、所縁くんはお固いですからね~。探偵として振る舞おうと決めた時以外はサービスしてくれないんです。まあ、殺人事件が起こっているのに、探偵が暗い顔をしていたら関係者が不安になりますからね。頑張っちゃうタイプな分、プライベートではあんな感じなんですよ。マブの私ですら、よく塩対応をされてますよ」
そういうものか、と俺は思う。オンとオフのスイッチがはっきりしている人なんだろう。
「あ、でも萬燈(まんどう)先生の方は気さくで優しいですよね。大先生のはずなのに、なんかめちゃくちゃ話しやすかったし、誰にでも態度が変わらないっていうか」
「そうですね。私もそう思います。でも、当然だと思いませんか? 富士原くん、行列を作る蟻(あり)さんを見た時、ぱっと見で贔屓(ひいき)の蟻さんを作ります?」
意味のわからない質問だったが、あまりに滑らかな口ぶりだったので「いや、作りませんけど……」と面白みのない回答を口にしてしまう。
「ですよね。私も作りません。蟻さんをいじめたりもしません。それどころか、溺れていたらそっと笹の葉を差し出してしまうかも。……それとも、蟻さんが頑張っているのが見たくて、悪意無く何度も角砂糖を運ばせ続けますかね? というか富士原くんって自由研究で蟻の巣作るキットとか使ったタイプですか? あれかっわいいですよねー。蟻相手にも母性って生まれるもんなんですね」
昏見さんが明らかにはぐらかそうとしていたので、僕はじっと責めるような視線を向ける。すると昏見さんは「まあ、萬燈先生と同じ世界を見ようとさえしなければ大丈夫ですよ」とのんびり言った。
よくわからないし、どう答えていいのか分からなかったので、その話はそれで終わりになった。萬燈先生レベルの人相手だとあんまり気にしては駄目だということだろう。
「昏見さんはそんなノリの人なのに、どうして舞奏競に出ようと思ったんですか」
「歌と踊りが好きだからです。私はこれでもブロードウェイの魔術師として名を知られていた時がありまして」
「はいはい。またそういうの」
「わあ塩だ。塩田ですね」
昏見さんと会話をするコツは、切り上げるタイミングを適度に見極めることだ。
舞奏競自体にそんなに興味の無さそうな昏見さんは、じゃあ本願成就(ほんがんじょうじゅ)の方に興味があるんだろうと思ったこともある。しかし昏見さんはいつも通りの笑顔のまま、優雅に首を傾げてみせるのだった。
「カミサマの意図がゆるふわなのでどうなんじゃーい? と思ってはいますよ。本願成就と謳(うた)ったはいいものの、百日の晴れを願う人間と百日の雨を願う人間の願いは同時には叶いません。つまりはそういうことでしょう? まさか狂う嵐の上におひさまを輝かせるわけにもいかないでしょうし」
そう言う昏見さんはいつもより真面目な顔をしているように見えた。俺が真剣な顔で見つめていることに気がついたのか、昏見さんがうって変わった笑顔を浮かべる。
「とはいえ私も人の子ですから、お願いくらいありますけどね」
「本当ですか? 内容は?」
「そりゃあ勿論、五〇〇〇兆円欲しい!」
「………………」
「富士原くんも欲しいくせに」
そりゃあ欲しい。人類の夢だから。でも、はぐらかされているような気がする。結局、昏見さんの願いは大祝宴に辿り着くまでわからないわけだ。
いよいよ舞奏競が始まる。
相手をすることになるだろう櫛魂衆も、十分な実力者だ。俺はそれを間接的に知っている。ただ俺は、武蔵國の社人としてではなく、一人の観囃子のような気分で闇夜衆を応援している。
どんな結果になろうとも、見届けたいと思うのだ。これがカミの喜ぶ歓心ってやつなんだろう。なら、カミには俺の歓心を存分に味わって欲しい。そう思いながら天を仰ぐ。
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(テキストと同様の内容を画像化したものです)
著:斜線堂有紀
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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©神神化身/ⅡⅤ