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窪寺博士のダイオウイカ研究記-その24

2019/11/30 14:25 投稿

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【本号の目次】
1. ダイオウイカを魚拓する
2. 山本龍香師匠
3. ダイオウイカを選び出す
4. カラー魚拓の製作

ダイオウイカを魚拓する

 2008年7月、小笠原から新宿分館の研究室に戻ってきた数日後、山本龍香と名乗る今までにお会いしたことのない方から電話が入った。魚拓の専門家で、それもカラー魚拓という新しい技法を用いて、生きている時と同じような色合いで魚類の姿を紙に写せるとのことである。そういえば、数年前釣り具メーカーのカレンダーで龍三郎の銘が入ったイトウのカラー魚拓に魅せられて、一枚だけ切り離してパネルにして研究室に飾っていたことがあった。話を聞いてみると、山本さんは龍三郎師匠の弟子筋に当たり「龍」の一字を頂いたという。
 2006年12月のNHKニュースで我々の釣り上げたダイオウイカの映像を見て、その大きさと生きているときの色合いをカラー魚拓に残したいと切望していたとのことである。小笠原沖で釣り上げたダイオウイカは、冷凍で持ち帰ってきてホルマリン固定した。しかし、体はボロボロで色は抜けてしまい撮影したときの生きている姿は影も形もなかった。私としても実際にこの目で見た生きているダイオウイカの美しい姿と色合いを、出来ることであれば復元して残したいと思っていた。

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山本龍香師匠と作品のカラー魚拓

山本龍香師匠


 早速、実際の詳しい打ち合わせのため山本龍香さんに研究室にお越しいただいた。初めてお会いした山本さんはとても情熱的で、ダイオウイカのカラー魚拓製作の目的と企画内容を熱く語ってくれた。そして、スルメイカ、マダコと蛸壺など素晴らしい作品も何枚か見せてくれた。

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コウイカ、スルメイカ、ヤリイカのカラー魚拓

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タコ三種と蛸壺のカラー魚拓

「ダイオウイカが泳いでいる時の形状、色彩をカラー魚拓で再現することにより、生きている時のダイオウイカの姿を色鮮やかに記録して後世に残すことを目的とします」
「科博に保管されているダイオウイカ標本の中で姿・形が整っているものを選び、2006年の時の生きているダイオウイカの映像を参考にして、間接法によりカラー魚拓をとることを目指します」
「魚拓をとる場所は科博の新宿分館のバックヤードを利用させてもらい、魚拓製作にかかる費用は全て山本が負担します」
「できれば魚拓は二枚製作して一枚を国立科学博物館に寄贈します。もう一枚はさらに手を加え山本龍香の作品として魚拓展覧会に出品します。」
「科博に寄贈された魚拓は、資料および展示物として保管をお願いしします。山本龍香の作品は本人の手元に保管し、転売や他所への贈与等は行いません」
との約束である。私も魚拓製作の一員に加えていただけるということで、さっそく龍香師匠に弟子入りを許された。


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アトリエにて大作のカラー魚拓に囲まれる山本龍香師匠

ダイオウイカを選び出す

 当時、小笠原から持ち帰った標本を含め日本海の沿岸で発見された7~8個体のダイオウイカを、グラスファイバー製の大きな水槽(約1.5x2x1m:縦横高)に、10%弱のホルマリン溶液を満たして固定保存していた。ホルマリン臭が酷いので室内に置けず、バックヤードのプレハブの横にブルーシートを掛けて置いてあった。この中から魚拓をとるのに適した姿形の良いものを選び出す必要があった。
 龍香師匠の主宰するインターナショナル魚拓香房から7名、私のお手伝いとして5名、そして奥谷先生も立ち合いのもと、水槽からダイオウイカ標本を引揚げて並べてみた。ホルマリンの匂いとダイオウイカの特有のアンモニア臭が混じった独特の臭気が漂う。タオルで口と鼻を覆っても気絶しそうな匂いで、目もチクチク痛くて開けていられない。それでもなんとか姿形が良く、片方ではあるが長い触腕も残っている外套長1.4mの個体を選び出した。残りを再度ホルマリン水槽に戻して、選んだダイオウイカを水洗いした。しかし、洗っても洗ってもホルマリンの匂いはなかなか抜けてくれない。

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国立科学博物館新宿分館のバックヤードでダイオウイカを選び出す、魚拓製作メンバー一同

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選び出したダイオウイカ。2007年1月23日に島根県太田市の浜辺に打ち上げられた外套長137㎝、雄(固定前の写真)

カラー魚拓の製作

 バックヤードに建つ、クジラやイルカなどの大型動物を解剖するプレハブの中のスペースを使わせてもらい、ビール箱を何個か並べてその上にべニヤ板を縦に3枚並べた。さらに標本が痛まないように発泡スチロールの板を載せて、即席の台を造った。みんなの力を合わせて、その台の上に背側を上に、ダイオウイカをうつ伏せに横たえた。あたかも生きているように長い触腕をのばして、腕や鰭も泳いでいる時のように整えた。水分をよくぬぐった後に薄い糊を体全体に塗り、龍香師匠が選んだ薄い化繊の布をかぶせた。
 これとは別に、龍香師匠はワタを布でくるんだ大きさの異なる丸いタンポをたくさん用意していた。これに絵具を付けて上からたたくようにして色を移し、実物と同じ姿で生きている時と同じような体色を再現するのだ。龍香師匠は長年の経験をもとに、カラー魚拓に適した特別な絵具まで独自に調合していた。まずは一番大きなタンポで下地のクリーム色を付けていく。インターナショナル魚拓香房の皆さんと分担してタンポを打つ。私は外套膜後部から鰭にかけて打ち始めた。布が湿っていてなかなか色が乗らない。さらに外套膜の隙間からホルマリンの液がジュクジュクと染み出して、目がチクチクする。こいつは大変な仕事を始めてしまった。クリーム色の次にピンク、空色、茶色、赤、吸盤に白を打ち、最後に銀色をハイライトに入れて午後6時過ぎ、やっと完成に近づいた。

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体全体に薄めた糊を塗り、薄い化繊の布をかぶせる

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龍香師匠と布の上からタンポで色をのせていく

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完成に近づいたダイオウイカのカラー魚拓とインターナショナル魚拓香房のメンバー

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