[本号の目次]
1. エレン・フォルシュ博士の主張
2. 遺伝子を調べてみよう
3. ミトコンドリア遺伝子−COIの塩基配列
4. マッコウクジラとダイオウイカ
エレン・フォルシュ博士の主張
日本近海産ダイオウイカの調査・研究で外部形態の異なる三型が確認された。そのうちの一つは、ひょっとすると新種の可能性もある。さあ論文として纏めようと最近の文献を調べたところ、ニュージーランドのエレン・フォルシュ博士が1998年に重要な論文を発表していた。彼女とは国際頭足類シンポジウム等で会ったことはあるが、ダイオウイカを研究しているとは知らなかった。フォルシュ博士はニュージーランド近海産のダイオウイカ16標本(外套長930-2140cm)の外部形態を綿密に調べ比較検討した結果、ダイオウイカの形態は個体変異が著しく、一見別種のように見えるものも含めて全て同一種とみなされ、今まで有効名と考えられていたA. dux(北大西洋)、 A. japonica(北太平洋)、A. sanctipaulii(南太平洋)の三種もこの変異範囲に入るとして、ダイオウイカは世界で1科1属1種と結論したのである。そして一番最初に記載されたArchiteuthis duxをダイオウイカの学名とするように提唱した。日本近海産の三型も個体変異なのであろうか?
ダイオウイカを調べるフォルシュ博士。決して小柄な女性ではないので、ダイオウイカ頭部の横幅からこの標本がいかに大きいか、推測されるであろう。(The marine fauna of New Zealand: Cephalopoda: Oegopsida: Architeuthidae (Giant squid), NIWA ISSN No. 0083-7903, p45, Fig. 19 A, 1998)
遺伝子を調べてみよう
外部形態から種判別ができないとすると一寸困った。最近では、遺伝子(DNA)解析が親子判定や犯人特定などの決め手になるのはよく知られているが、2000年代初頭は遺伝子による分子生物学的研究が注目されるようになってきたばかりであった。種の判別や種間の系統類縁関係が、ミトコンドリアDNAの塩基配列を解析することで、解決の糸口が得られるとのことである。ただし、ホルマリン固定された標本からはDNAは抽出できない。今までに冷凍標本として入手した長腕型、中腕型、短腕型、丸鰭型のDNA試料は採取してある。さらにニュージーランド近海のダイオウイカ試料を得るため、以前から知り合いのニュージーランド大気海洋研究所(NIWA)のスティーブ・オーシェ博士のもとを訪ねた。2002年2月のことである。彼のフラットに滞在させてもらい、固定されたダイオウイカや他の頭足類標本を調べるとともに冷凍のダイオウイカからDNA試料を採取することができた。スティーブとはその後も交友が続き、2012年の世界中で注目を浴びた小笠原ダイオウイカ撮影プロジェクトにも一緒に参加することになった。
NIWAの研究室でホルマリン固定されたイカ類標本を調べるスティーブ・オーシェ博士 in 2002
大きなタンクにホルマリン固定保存されていたニュージーランド産ダイオウイカ
ミトコンドリア遺伝子- COIの塩基配列
日本近海産の四型とニュージーランド産の五検体でミトコンドリアDNAのCOI領域の1276bpの塩基配列を調べることができた。特別なソフトウエアで整列させてみると、上から長腕型、中腕型、短腕型、丸鰭型、一番下がニュージーランド産の配列で、Aはアデニン,Tはチミン,Gはグアニン,Cはシトシンの略号である。一段が150塩基配列で八段と半分ほどで1276塩基配列を表している。赤□で囲んだ塩基がほかのものと異なるところで、長腕型二段目の中央と、五段目の左から6番目、短腕型の五段目の左から36番目に違いがあるほかは、すべて同じ配列を示した。種が異なると少なくとも3%(38塩基)以上の塩基配列の違いがあるはずで、2-3個の違いでは別種とは言えない。そんな訳で、日本近海産ダイオウイカの分類学的論文は頓挫してしまったが、ダイオウイカはどこに生息していて、どのような生活をしているのか、何を食べて何に食べられているのか、どのように子孫を残しているのか、寿命は?といったダイオウイカの生きざまに興味の中心が移っていった。
ダイオウイカ(長腕型、中腕型、短腕型、丸鰭型、ニュージーランド産)のミトコンドリア遺伝子、COI(1276塩基配列)の比較
マッコウクジラとダイオウイカ
しかし、ダイオウイカの生態を調べるといっても、その方法も手段もなく腕をこまねいていたところ、ちょうど橋渡しのように北大の後輩で財団法人日本鯨類研究所に勤める田村力君から連絡が入った。1980年代から商業捕鯨は全面的に禁止されていたが、2000年より国際鯨類委員会(IWC)の承認のもと北太平洋鯨類捕獲調査 (JARPN II)が計画され、毎年数頭のマッコウクジラを捕獲することが可能となったとのことである。商業捕鯨禁止前には、マッコウクジラの食性について多くの研究がなされており、主として深海性イカ類を捕食していることが知られていた。ダイオウイカもその餌として重要であることが報告されていた。このチャンスを逃がす手はない。そこで2000年12月、日本鯨類研究所の理事長あてに「北太平洋におけるマッコウクジラの食性についての研究」を申請した。参加者は、鯨類研究所から田村博士、小西博士、磯田研究員の三名、遠洋水産研究所の特別研究員の大泉宏博士、そして私の五名で始まった。2000年には五頭のマッコウクジラが研究に供された。
・・・その5へ続く。
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その1:http://ch.nicovideo.jp/juf25sui/blomaga/ar1471337
*著者情報
【窪寺恒己(くぼでらつねみ)】
水産学博士 国立科学博物館名誉館員・名誉研究員 日本水中映像・非常勤学術顧問
ダイオウイカ研究の第一人者。2012年に世界で初めて生きたダイオウイカと深海で遭遇。
専門分野:海洋生物学/イカ・タコ類/ダイオウイカとマッコウクジラ/深海生物
主な著書:「ダイオウイカ、奇跡の遭遇」新潮社 2013年
「深海の怪物ダイオウイカを追え!」ポプラ社 2013年 他
詳しいプロフィールはこちら
www.juf.co.jp/seminar/kubodera/
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*頭足類の映像もあります
日本水中映像YouTube https://www.youtube.com/user/suitube7
*講演情報などもアップしています
日本水中映像FaceBook https://www.facebook.com/japanunderwaterfilms
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