[本号の目次]
1.マッコウクジラの食い残し
2.マッコウクジラの贈り物
3.日本海島根県の中腕型雌標本
4.本当の Architeuthis japonica の雄標本
マッコウクジラの食い残し
なんとか特別展にダイオウイカの標本を展示することはできたが、入手した二個体のダイオウイカは、腕が外套膜より短く筋肉質の短腕型と腕が外套膜よりやや長く筋肉の緩い長腕型の二型に分けられた。後者は箕作・池田博士が報告してPeffer博士が命名した Architeuthis japnica に同定されるが、前者は種内変異あるいは新種かもしれない。日本近海のダイオウイカの正体は謎が深まるばかりであった。そんな折、小笠原ホエールウォッチング協会の森恭一博士から1枚の写真と冷凍小包が送られてきた。写真は、ダイバーの高橋智子さんが撮影したもので、マッコウクジラが口から細長いロープのようなものを曳きずっているショットであった。高橋さんはその後、口から離れたロープのようなものを回収して、冷凍して森さんに託したのである。解凍して調べたところ、このロープのようなものは付いていた吸盤の配列などの形質から、ダイオウイカの触腕と同定されたのである。マッコウクジラが深海でダイオウイカを襲ったときに、抵抗して巻き付いた長い触腕がちぎれたのであろう。
1996/09/11:26°42.5 N,142°29.5 E 撮影:高橋智子
マッコウクジラの贈り物
さらに二年後の1998年、森博士から新しい情報と標本が送られてきた。ホエールウォッチングの調査で父島の沖合に出ていたところ、白くて大きな塊と長い腕のようなものが海面に浮いているのを見つけたとのことである。写真を撮ってからボートに引き上げようとしたところ、腕の部分はちぎれてしまったが、外套膜だけを採取することができた。その写真と引き上げた外套膜を冷凍で送ってくれた。解凍して調べてみるとどうも日本海で発見されたダイオウイカと鰭の形と大きさが異なる。日本海のものは後端が細く伸びた亜ハート型の小さな鰭を持つのに対し、小笠原のものは長さと幅が同じくらいの丸い大きな鰭を持っていた。鰭の形や大きさだけでは、なんとも判断できないが一応丸鰭型として日本海のものと区別することにした。これで短腕型、長腕型、丸鰭型が出そろった。外套膜にはマッコウクジラの歯形と思われる穴が点々とあり、小笠原の深海でダイオウイカがマッコウクジラに捕食されていることの第二の証となった。
外套長約1.7m。鰭が丸くて大きく,鰭長が鰭幅を超えない。丸鰭型
日本海島根県の中腕型雌標本
同じ時期、日本海に面した各地からもダイオウイカの情報が寄せられた。島根県水産試験場の由木雄一氏からは、1998年1月26日に島根県太田市の海岸に打ち上げられた外套長161cm,体長約360cmの個体が冷凍で送られてきた。ちょうど予定されていた科博の自然史教養講座「スルメイカの体の仕組みを調べる」で、スルメイカの代わりにこのダイオウイカを解凍して、受講者の面前で解剖してみた。漏斗の開口部、鰓や肝臓、直腸と肛門などの配置はスルメイカと大差はないが、外套膜の内側と内臓塊が赤褐色の表皮で覆われていることが変わっているといえば変わっていた。ご存知と思うが、スルメイカの外套膜内側は、ほとんど色は付いていない。また、外套膜後方に大きな卵巣と中央に二本のテンラン腺が観察され、成熟途上の雌であることが分かった。外套長と腕長の比率から雌の中腕型と分けられた。この自然史教養講座に参加した方々からは、とても貴重な体験になったと嬉しい言葉をいただいた。
科博の自然史教養講座「スルメイカの体の仕組みを調べる」で、ダイオウイカを解剖する
成熟途上の雌個体。外套膜を腹側から開いた内臓諸器官。左側の白い二本のソーセージ状の塊がテンラン腺、右側の櫛状の器官が鰓、中央に走るチューブが直腸、両側に漏斗挙牽筋、その下側に肝臓(中腸腺)がある
本当の Architeuthis japonica の雄標本
その後少し時が空いたが、2002年5月12日に東京都小笠原水産センターの調査船「興洋」が、メカジキ資源調査で行った旗流し縦縄試験操業で、水深600m付近からダイオウイカを釣獲して水産センターに持ち帰って冷凍保存したとの連絡が入った。研究にお役立つようであれば寄贈しますとのことで、定期便の小笠原丸に載せてもらった。いつものようにブルーシートの上で解凍して写真を撮り外部計測をしたところ、外套背長は1mほどの比較的小さな個体であるが、腕が細く長く最長腕の第4腕は外套背長の1.6倍ほどもあった。この特徴から、箕作・池田博士の記載したArchiteuthis sp. = A. japonicaであることは間違いない。さらに外套膜を切り開いて驚いた。太く長いチューブが外套後部から漏斗の開口部まで伸びている。チューブの先端付近には細長くコイルした精莢と思われる白管が観察された。切り出してみるとチューブの後ろに精莢嚢と貯精嚢が続き、小さいながらほぼ成熟した雄個体であることが分かった。第4腕先端部の変形は認められなかった。
2002年5月12日、小笠原父島沖で縦延縄により混獲されたダイオウイカ、外套長1m
雄の成熟個体。外套膜を切り開いた内部。太く長いチューブのようなものが精莢を運ぶ陰茎
・・・その3へ続く。
*著者情報
【窪寺恒己(くぼでらつねみ)】
水産学博士 国立科学博物館名誉館員・名誉研究員 日本水中映像・非常勤学術顧問
ダイオウイカ研究の第一人者。2012年に世界で初めて生きたダイオウイカと深海で遭遇。
専門分野:海洋生物学/イカ・タコ類/ダイオウイカとマッコウクジラ/深海生物
主な著書:「ダイオウイカ、奇跡の遭遇」新潮社 2013年
「深海の怪物ダイオウイカを追え!」ポプラ社 2013年 他
詳しいプロフィールはこちら
www.juf.co.jp/seminar/kubodera/
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*頭足類の映像もあります
日本水中映像YouTube https://www.youtube.com/user/suitube7
*講演情報などもアップしています
日本水中映像FaceBook https://www.facebook.com/japanunderwaterfilms
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