2014年02月06日発行 第0783号 特別
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 ■■■    日本国の研究           
 ■■■    不安との訣別/再生のカルテ
 ■■■                       編集長 猪瀬直樹
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「吉澤みつ著『銀の鎖』について」

 吉澤みつ著『銀の鎖』が上梓されたのは2014年1月15日である。著者はその
3日後の18日に息を引き取った。太宰治の妻初代の義理の叔母にあたり、1909
(明治42)年生まれの104歳だった。同書は太宰治も登場する、吉沢さんの
一代記として陸奥新報に連載されていた作品である。吉澤さんのご冥福をお祈
りし、本メールマガジンは、同書より一部をご紹介いたします。

      *

 猪瀬直樹さんは、私のいるバルナバ館にやって来られた。「太宰治の生涯を
書いているのだが、取材して書きたい部分もあるので伺ったのです」と言われ
た。私もその時、(夫の)吉沢祐との20年の生活のすべてを書こうと、ちょう
ど書き進んでいた時であった。

(編注 猪瀬直樹著『ピカレスク 太宰治伝』(文春文庫)もご参照ください)

(略)

 太宰治さんから一葉の手紙が届いたが、それから3カ月たって、6月の半ば
近くになった。ある朝、祐は新聞を手にし無言で私に渡した。私はまァーと祐
と顔を見合わせた。

 その夜、祐は押し入れからウイスキーの瓶を取り出し、飲んだ。ぶつぶつ独
り言を言ったりしているので、聞いてみると、

 女と心中したように見せても、一番愛していたのは奥さんさ。あそこまで持
ちこたえられたのは、あの奥さんが太宰を助けていたからなんだ。独りで死ぬ
のは怖いから一緒に死にましょうという女を利用したまでさ。子どもさんのた
めに奥さんを残していった太宰さんの心がよく分かるよ。

 と、そんなことより他は何も言わなかった。何年たってもその一言より言っ
たことはない。

 何か人一倍優れたものを持って生まれた人たちの深窓から、互いの持つ馴致
(じゅんち)されていない欠点がよく見えるのであろう。その欠点が引き起こ
すさまざまな問題の深い真相もよく分かるのであろう。あの人たちの持って生
まれたその真善美に対する価値観と、自分たちが親から遺伝として細胞の中に
組み込まれてきた素質のゆえに、自分自身も無自覚のまま己を担いで歩くので
あろう。行きつくところまで。

 杖突いて 雪見に転ぶ所まで

 と俳人も詠んでいる。

 祐は仕事が仕上がった後、盃を手にして休息することがあった。酔いが回る
と、盃を手に乗せ、じっとうつむき、「太宰さんはいい人だった」と短い一言
を呟いたりした。ため息のようであり、悲しみの吐息のようでもあった。祐の
そばにいつも座っている私より知る人のない、音のないトレモロであろう。

 妻初代に不倫事件があって離別となったときも、祐が後始末の大部分を成し
遂げた。でも「昔のことすべて懐かしく、お酒を飲みに伺いたい」と真心込め
た葉書をくれた太宰さんと、初代が許しがたい罪を犯したにもかかわらず、優
しい心で会いたいと思う祐の願いを受け入れ、約束の葉書で真意を表した太宰
さんの心とは何で結ばれていたのだろか?

 ピカピカと光って人をうらやましがらせる「金」ではあるまい。ドシリ! 
と重く、容易く人の自由になりがたい「銅」でもあるまい。誰の手が触っても、
手触りよく世の雨風に色を変えず、謙虚を色に例えたら、これしかないと言い
たいのが「銀」である。

 手探ればホロホロと人の意志とは違って繋がり、切れない銀の鎖であろう。
大家生まれの太宰さんと大工の小倅の祐を結んだのは初代ではなかった。天才
的資質を持った2人の惻隠の持つ銀の柔らかさかもしれない。

(吉澤みつ著『銀の鎖』より)

<編集部より>
 同書についてのお問い合わせは青森県黒石市の株式会社津軽新報社・北山正
之さん(0172-52-3191)まで。

               *
                                      
 「日本国の研究」事務局 info@inose.gr.jp

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