こういう「スピーカー」がある!
Bluetooth(ブルートゥース)という無線方式で
携帯電話やポータブルプレイヤーなどと
ケーブルを介さずに接続できる機種だ!
Ultimate Earsという会社が発売している
UE BOOMというシリーズ機で
驚くほど音がいい上に
防水であるため「お風呂」に持ち込んでも
破損する恐れはない!
このスピーカーを初めて見たのは
昨年上演した舞台
『ダブリンの鐘つきカビ人間』
の楽屋だった!
「ギーマー」こと「マギー」が
このスピーカーを
今はなきPARCO劇場の楽屋に持ち込んでおり
おかげでずいぶん楽しく楽屋をひろいだ!
本番前には必ず私の携帯電話を
このスピーカーに無線接続して
『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』
のサントラを聴いてみんなで高揚したものだ!
それを聴いてどれだけ気分を盛り上げても
私が登場して最初の台詞は
「・・・どうも。王です。」
なので
逆に出番前までに心を鎮めなければいけなかった!
写真は「札幌公演」時に
ギーマーと酔って大通公園を歩いた時のもの!
その公演を観るために
「こーちゃん」こと「竹下宏太郎」が現れた!
終演後は渋谷で飲んだくれ
こーちゃんは帰る術を失い
結局その晩は私の暮らすマンスリーマンションに
泊まって行く事になった!
「ごっちゃんっさぁ!
俺っさぁ!
すっげぇいいスピーカー買ったのよっ!」
文字表記しにくい口調でそう言うと
こーちゃんはスーツケースの中から
まさに同じ機種のスピーカーを取り出した!
マンションの部屋で聴いても
やはりとてもいい音質で
ただの棒一本な姿からは
想像できないほどの音楽を部屋に響かせた!
『ダブリンの鐘つきカビ人間』が終わり
私はどうしても
あのギーマーとこーちゃんが持っていたスピーカーが
欲しくなった!
なので「カミさん」に相談して買う事にした!
それが最初にお見せした写真の物だ!
色はまったく私の趣味ではなかったのだが
ネット販売で購入しようとしたら
この色の機種だけが断然安かったのだ!
人気のない色なのだろうが
音質に変わりはない!
今年の夏は
久々の新作『だーてぃーびー』を稽古していた!
お客さんにはできるだけ
ワイドショー番組の生放送現場を
覗き見している感覚になって欲しかったため
演劇的な手法を一切排除して作品を作ろうとした!
しかしそれではあまりにも盛り上がりに欠けたので
試しにほんの二曲だけ
心情を表す音楽を入れてみようと考えた!
その実験をするために
私は稽古場であった「ABC HALL」に
このスピーカーを持ち込んだ!
みんなが驚いた!
小さなスピーカーから出る音は
収容人数300人の劇場内に響き渡った!
しかし実のところ
それでもボリュームは最大ではなかった!
計り知れないパワーを持つ
このスピーカーにみんなが惚れ込んだ!
中でも一番の興味を示したのは
「転球劇場」の「はっしゃん」こと
「橋田雄一郎」だった!
そこそこ退屈な文章を
ここまで読んでくれた読者に
心から感謝したい!
なにしろここまでをしっかり説明しなければ
恐らくは2016年で私が最も大声で笑った話が
面白く伝えられないのだ!
「僕も買うたで!
後藤くんと一緒の!
あのスピーカー!」
そうLINEで知らせてくれたはっしゃんは
とても嬉しそうだった!
ハードロックと映画サントラを
こよなく愛するはっしゃんは
あのABC HALLに響き渡った音質を
自分の家でも再現できる事に
かなり喜んでいた!
ところが!
そこから何度もはっしゃんと会っていたのに
彼はそれ以上スピーカーの話をしなかった!
まぁそもそも私は既に持っている物なので
今更その音質を私に説明しても
意味がないのは確かだ!
なので私からも
敢えてそのスピーカーの話は
しないようにしていた!
先月の事!
我が家で『だーてぃーびー』出演メンバーが集まり
飲み会が催された!
当然私は自慢のスピーカーで
様々なBGMを流してパーティの盛り上げに尽力した!
するとだ!
「僕も買うてん。
このスピーカー。」
そう語るはっしゃんは
なんだか寂しそうだった!
「だよね!
買ったんだよね!」
寂しい口調はパーティには禁物だ!
私は盛り上げにかかった!
ところが!
「うん。
買うてん。
んでな。
分解もしたわ。」
・・・え?
なんでだ?
最後の部分が”分解した”と聞こえた!
ん?
なんで?
なんで分解したのだよ!
はっしゃんは語り始めた!
「僕もネットで注文してな。
届いたんや。
んで”やったー”言うて開けるわなぁ。」
開けるなぁ!
うん!
開けるわ!
「んでどないして使うんかわからへんし。
説明書開いてん。」
はいはい!
はっしゃんと私は同い歳だ!
この歳になると
最近の機械の説明書の薄さに
不安になったりするものだ!
まずは説明書を開くのが常である!
「そしたらな。
まずはここを開けて下さい
て書いてんねん。」
・・・ん?
「ここ。
上のとこ。」
ん?
開ける?
もう一度最初の写真をご覧頂きたい!
ややっ?
開けるか?
上を?
というか!
こんなところ開くか?
「ないねん。
開けるとこなんか全然ないねん。
けど説明書きの絵では開いてんねん。
んでもな。
どんだけ手で引っ張っても
うんともすんとも言わへん。」
私はまるで怪談を聞くかのように
静かに集中して
はっしゃんの語りに聞き入った!
正直言って話している内容が
本当に怖くなってきたのだ!
「開かへん。
全然開かへん。
こらあかん思てな。
マイナスドライバー持って来てな。
思いっきり”ぐあー”突っ込んでな。
やっとやで。
やっと。
バッカーンて開いてん。」
あ・・・開いた?
「次見たらな。
中を出して下さいて書いてある。」
出す?
なぜだ?
ここまで来て言うのもなんだが
私が買った時には筒状の箱から出して
Bluetoothのペアリングを終えたら
もう素晴らしい音質で
「エルヴィス・コステロ」が聴こえてきたぞ!
そこまで約3分ほどだった!
え?
中身を出す?
「出したわ。
機械出てきたわ。」
そりゃそうだろうよ!
「んでな。
最後に電池みたいのんを外して下さい
て書いてあんねん。」
だ・・・だめだ!
私はそこまで聞いて全てがわかってしまった!
私は自分の口を固くつむり
頬を膨らませて次の言葉に備えた!
「なんでやねん!
そこまでいってや!
そこまでいったとこでや!
ようよう見たら!
・・・”本機の捨て方”て書いてんねん!」
なんと豪快な男か橋田雄一郎!
購入して届いてすぐに
一度も使う事なく
捨てる手順を全て実行した男!
環境を破壊せぬよう
一度も充電していない充電池を抜いた男!
こんなに破天荒な男を私は見た事がない!
こんな無頼漢には
どの山でも出くわす事はあるまい!
「びっくりして戻したわ!」
そうはいかない!
そうはいかないぞはっしゃん!
急いで戻せば被害は少ないと考えたのだろう!
はっしゃんは大慌てで
全ての中身を筒の中に押し戻したと言う!
だがそれは
水槽のゴミだと思ってすくったら
メダカの卵だった時とは訳が違う!
「けどな!
なんしか蓋でもなんでもないとこを
ドライバーでこじ開けとんねん!
すっとは戻らへんわ!
天井バッカバッカ浮いとんねん!」
もうだめだ!
ここから先は自分の笑い声で
うまく聞き取れていない!
確かはっしゃんはこんな事を言っていた!
「初期不良とかちゃうしなぁ!
自分でドライバーでやっとるしなぁ!
返品もでけへん!
しゃあないしこのまま使うしかないやん!」
私は無呼吸状態で少し意識が遠のくほど
笑ってしまった!
「せやけど後藤くん!
ええ音やでこのスピーカーは!」
やめてくれ!
もうこのスピーカーの話はやめてくれ!
「ほんま腹立つわぁ・・・
ドライバーでバッカーンやで・・・
ほんまぁ・・・」
”師走”とはよく言ったもので
今月の私はとんでもなく忙しい!
なのでほぼ間違いなく
今月中にこれよりも面白い話は
聞けそうにない!
つまり2016年で一番笑ったのは
この
「はっしゃんスピーカー事件」
に決定だろう!
今でも自分のスピーカーを見るたびに
私はこの事件を思い出して
床に笑い崩れる時がある!
もちろんはっしゃんにとっては
これはまったく笑えない話だ!
話している最中も一切笑う事はなかった!
しかし!
コメディ作家である私はこのエピソードに
とても心を引かれた!
私だけが従う哲学「ひろソフィー」には
こんな一節がある!
「いいコメディに必要なものはただ一つ!
いい被害者だ!」
”いい被害者”が生まれるためには
”いい加害者”が必要なのでは?
と思う人もいるかもしれないが
いやいやどうして!
加害者などは必要ない!
それを証明するために私は
”お屋敷三部作”と誰かが呼ぶ
『Spooky House』
『ひ〜は〜』
『ベントラー・ベントラー・ベントラー』
を書き上げた!
それらの作品では一人の加害者も書かずに
全員が被害者になる構造を作る事に成功した!
「はっしゃんスピーカー事件」には
どこをどう探しても加害者がいない!
そこには最高の被害者である
はっしゃんしか見当たらない!
だからこそこのエピソードが
良質のコメディとして私を笑わせたのだ!
この『ひろぐ』を読んで
もしも多くの人が笑ってくれたら
はっしゃんもスピーカーも
きっと報われる事だろう!