『エル・シュリケンvs新昆虫デスキート』を公開すべく
「沖縄国際映画祭」に向かう前の晩だった!
翌朝8:00の飛行機に乗らなければいけないため
なかなかの早寝をしてみたのだが
午前2:00頃に兄「よっと」から電話で起こされた!
なんでも父「ごんぼちゃん」が自宅で倒れ
救急車で病院に緊急搬送されたと言う!
とは言えすぐに「山形」に帰る事など私にはできない!
後藤ひろひとが関わる仕事は全て
”後藤ひろひとにしかできない仕事”
であるからだ!
私はそれを幸せな事だと考えている!
ごんぼちゃんもまたその事を理解してくれている!
もしもごんぼちゃんが息を引き取る時に
私が沖縄で多くの人達を楽しませていれば
それはある種の看取り方として互いが納得している!
朝5:00に再びよっとから連絡があった!
ごんぼちゃんが危篤だと伝えられた!
私は激しく動揺した!
しかし!
私がやるべき事は
沖縄で私の作品を楽しみに待ってくれる人達を
その想像以上に楽しませる事だと決断した!
私は予定通りに8:00の飛行機に乗り
那覇へと向かった!
もちろんデルシネのキャストにもスタッフにも
そんな事は一切告げなかった!
私に遣える気があれば
それはショーの成功のために使って欲しかったからだ!
デルシネなる奇妙なシステムの映画を
初めて公開した場所が沖縄だった!
そこから4年をかけて
沖縄の様々な場所で
前作『エル・シュリケンvs悪魔の発明』を上映した!
その作品は大阪や東京でも公開したが
それは沖縄での様々な失敗や反省があってこそ
成功した上映だった!
つまりデルシネを育ててくれたのは沖縄という土地だ!
その沖縄で新作となる第二弾を上映できる事は
私にとってとても大切な事だった!
上映には沖縄のアイドルユニット
「ぴらのぱうるす&ぱっきゃまらんど」
というおじさんには覚えるだけで一苦労な名前の
かわいらしい女の子達が力を貸してくれた!
彼女達が映画に出演してくれる事で
彼女達のファンも一緒になって楽しんでくれた!
そこにもちろんデルシネのファンや私のファンも参加し
子供も大人もみんなで盛り上がってくれた!
上映が始まると
前作よりずいぶんレベルアップした馬鹿作品に
みんなが見入ってくれた!
そして自分たちの登場シーンとなると
大笑いで手を叩いてくれた!
更に映画のクライマックスとなるプロレスシーンでは
なんと映画の中の観戦客と共に
映画を見るお客さん達までもが
”シュリケン・コール”を始めた!
プロジェクターで投影している映像なのに
その中で格闘するエル・シュリケンに
みんなが大きな声を出して応援を始めた!
それこそが私の願っている”映画のあるべき姿”だ!
監督である私は涙をこらえるのに必死だった!
かくして『エル・シュリケンvs新昆虫デスキート』は
那覇での大成功をおさめ
私はその日のうちに大阪に帰還した!
家族から受けた連絡では
ごんぼちゃんの具合は少し良くなったと言う!
私は翌日に沖縄とはずいぶん反対方向にある
故郷山形へと向かった!
陸路で移動したため6時間近くかかり
到着したその晩には病院の面会時間が終わっていた!
なので翌朝に病院へ赴く事にした!
危篤と判断された父親は
さぞや無残な姿でベッドに横たわっているのだろう!
私が話しかけて返事をするだろうか?
話しかける私の事が誰だかわかるだろうか?
そんな父親を見下ろして
私は涙をこらえる事ができるだろうか?
当然の事ながら足取り重く
私は父親の名前が掲げられた病室へと入った!
ごんぼちゃんは背を向けて横たわったまま動かなかった!
眠っているのか?
昏睡状態なのか?
私は顔を覗いてみた!
ややっ?
眠ってもいなければ昏睡でもない!
普通に目を開けて窓の外を見て
きょろきょろしている!
その視界に入った私を見るなり
「おおーっ!」
と言って起き上がった!
え?
起き上がれるのか?
「なになにまずー!」
これは山形市民特有の
不意な来客を歓迎する言葉だ!
「まずー!
なんだー!
なにー!」
いやいやごんぼちゃん!
私は来客じゃないんだ!
父の安否を本気で心配する息子の面会なんだ!
ごんぼちゃんはベッドに座って
普通にあれこれと話し始めた!
なにかおかしい!
私がイメージしていた危篤の父との面会とは
ずいぶんと違う!
ごんぼちゃんは奇跡的な回復を見せた挙句
生まれて初めての入院が楽しすぎて
同室の患者さんから
「あいつうるさい」
との苦情を受け
既に病室を変えさせられたとの事だ!
「前の病室は死にそうな奴らばっかりでよぉ!」
おいおいごんぼちゃんよ!
そういう事は小声で言うべきだ!
ここにも他の入院患者がいるのだぞ!
「ご飯が”おかゆ”みだいなのをほんのちょっとだけでよぉ!
全然味もないんだ!
あんなの食ってらんない!」
なんとごんぼちゃんは
勝手に点滴機械の電源を抜き
一階の売店に行ってふりかけを買って来たと自慢する!
違うのだごんぼちゃん!
食事に味が無いのは意地悪されているのではなく
病人のために調合された治療の一環なのだ!
ふりかけとか勝手にかけてはいけないのだ!
そんな言葉があるのかどうかは知らないが
これは完全なる「なんちゃって危篤」だった!
搬送された時には確かに危篤状態だったらしいのだが
検査の結果では癌のようなものも一切見当たらず
日頃の暴飲暴食といった不摂生による血栓が原因だったらしい!
味の無い食事や点滴による投薬で
血管をクリーンアップする事が
ごんぼちゃんに対する治療なのだそうだ!
元気を出して
とか
弱気にならないで
とか
見舞いの先での常套句を私も言ってみたかった!
しかし私がごんぼちゃんに告げたのは
単なるお説教だった!
「良くなるまでは
ここからは出られないんだ!
もしもさっさと出たければ
もっと真面目に病人業に励みなさい!」
他の患者さんの迷惑にならないよう
ごんぼちゃんの話し相手になっていると!
あろう事かごんぼちゃんがこう言った!
「うん!
もういいは!
帰れは!」
この語尾の「は」のニュアンスは重要で
山形弁の難しく繊細なポイントだ!
もしも!
「来てくれてありがとう!
話し相手になってくれてありがとう!
けどお前も忙しいだろうから
もう帰っていいよ!」
と言ってくれるならば!
正しい山形弁は
「ありがど様!
もう帰ってけでいいよ!」
だ!
しかし!
ごんぼちゃんの言った「もういいは」は
山形では
「はい終了!」
に近い意味で使われる言葉だ!
そして「〜しろは」には
「いつまでそんな事やってるんだ!
さっさと〜しろ!」
という意味合いがある!
なんだ!
私がどこから来たと思ってる!
大阪からと言うよりもむしろ
沖縄から来たのだぞ!
那覇からであれば
山形よりも台湾の方が近いのだぞ!
されど!
この”つっけんどん”こそがごんぼちゃんの真骨頂だ!
人間風車「ビル・ロビンソン」に紹介した時も
「まず!
ひとつ!
これからも!」
というニュアンスだけの日本語を
私に通訳させようとした人物だ!
病室では看護師達から
「ハイテクおじいちゃん」
と呼ばれているごんぼちゃんからLINEが届いた!
遂には点滴も外され
後は静養が治療となるらしい!
しかし!
それこそがごんぼちゃんにとって
一番難しい治療だ!
ごんぼちゃんはじっとなどしていられない!
きっと今日の今も
病院探検に出かけているのだろう!
ごんぼちゃん!
さっさと帰ってらっしゃい!
病院に更なる迷惑をかける前に!