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山形をひろぐ2016〜最終章・恐怖のハンドクラッシャー

2016/12/05 14:23 投稿

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<前回のあらすじ>
お侍様をデコレートした。

いつ頃の話だったのかも憶えていない!
場所はなかなか遅い時間の下北沢だ!
その晩「古田新太」という人物が
私と飲んでいたのか?
それとも彼と飲んでいたのか?
それすら記憶にない!
なにしろ下北沢駅前で
「流山児祥(りゅうざんじ・しょう)」さんに
手を掴まれて逃げられなくなった事がある!
彼のとんでもない握力によって
私の手は握りつぶされかけた!

「お前かよぉ”大王”ってのはぁ・・・。」

何も悪い事はしていない!
「大王」というニックネームすら
そもそもはお客さんが呼び始めたものだ!
実際は何の権力も持たない
むしろ権力を憎む体質の
とりわけ温厚な一般人だ!
外では偉そうにふるまっても
家では夕方の『一休さん』の再放送で泣く
そんな心優しい男だ!
なのに流山児さんは労働を知らない私のやわらかな手を
思いっきり握りつぶしにかかった!

「今度なんか一緒にやろうぜぇ・・・。」

なんて怖い顔で怖い声の人だ!
どうしてこんな人が演劇をやっているのだ!
演劇というのはもっと文化系の
読書とか戸川純とかが好きな人がやるものじゃないのか!
なんなんだこの人は!
有り金を置いて行かなければ
つぶされるのは手だけでは済まないかもしれない!
私は怖くて何も言えなかった!

「えっと・・・あのう・・・。」

そんな瞬間!
私と流山児さんの腕を古田新太氏が掴んだ!
そして葬儀屋さんが死後硬直を解くようにして
流山児さんの指を一本一本ゆっくりと開いた!

「まぁまぁまぁ!」

そして手が離れた時に私の耳元でそっと言った!

「大王。
 このおっさんとはあんまり関わったらあかん・・・。」

私は会釈だけして
その場から逃げ去った!
私が夜の下北沢を酔って歩いていたという事は
「遊気舎」時代の事だと思うので
恐らくは20年近く昔の話だ!
なので多くを忘れてしまったが
あの強烈な握力だけは今も右手が憶えている!

実家・山形をひろぎにひろいだ一週間!
いよいよ本来の業務である
『演劇大学 in やまがた』の日がやって来た!
私のワークショップ「Royal Plant」の受講生にして
現在は「吹雪ビュン」夫人となった
「横尾妃呂子(よこお・ひろこ)」が私を出迎え
講師控室に案内してくれた!

行きたくなかった!
なにしろ『演劇大学 in やまがた』の校長は
あの”下北のハンド・クラッシャー”
流山児さんだったのだ!

幸いにして控室にハンドクラッシャーはいなかった!
そこにいたのは
大阪の劇団「iaku」の作・演出家
「よっこん」こと「横山拓也」君や
私が「劇作家大喜利王」に君臨する
日本劇作家協会東海支部のイベントで出会った
「オイスターズ」の作・演出「平塚直隆」君だった!
山形市民会館というあまりにホームな場所で
そんな顔見知りに出会うと
”ここはどこだ?”
といったなんとも不思議な気分になった!

あまり出たくはなかったのだが
開校式なるセレモニーに出席した!
隣の席が新国立劇場芸術監督でもある
「宮田慶子」女史であった事にも緊張したが
彼女の隣にはあのハンドクラッシャーが座っていた!
先程廊下ですれ違い様にほんの少し会釈をした!
どうやら20年前に右手を失いかけた私の事など
憶えてはいないようだった!
山形がいかにホームとは言え
協会員ですらないのに
日本演出者協会のイベントに呼んで頂いたのだ!
できるだけ小物としてふるまい
さもアウェイ感に萎縮しているかのようなオーラを噴出させ
失礼にはあたらない程度に会釈をした!
しかし!
ひょっとしたら
「てめえあの挨拶ぁなんだ!」
と思っているかもしれない!
「挨拶ってなぁ普通は握手だろ!」
と憤っているかもしれない!
開校式で講師席に座る私は終始右手をマッサージしていた!

「実行委員長の吹雪ビュンより挨拶がございます!」

司会者のコールに
私は「んふっ」と笑った!
会場にいた人達からも「んふっ」が聞こえた!
実行委員長なのに名前が吹雪ビュン!
吹雪ビュンのくせに実行委員長!
これはもう西の文化で言えば”おいしい瞬間”だ!
名前で笑ってもらえたのならば
そこからは”笑いの入れ食い状態”に持ち込める!
なのに!
なーのに!
ビュンは一切面白い事を言わず
まるで結婚披露宴に現れた
自分は一切面識のない
父親の上司によるスピーチ
みたいな事を話す!
「この山形でこのイベントが行える事を
 非常に名誉に感じる所存でありまして・・・」
みたいな事をつまらなくつぶやく!
なにをしているビュン!
”つかみ”の名前で受けたのに!
パチンコでフィーバーがかかったところで
お前は店を出るのか!
そこで!
そこで30秒に一回面白い事を言うのが
聴いてくれる人への礼儀のはずだ!
なんなら語尾に全て「ビュン」と付けるぐらいが
西では当然のならわしだ!
「沢山の御参加に感謝するビュン!」
そして時々は「ヒュー」だ!
「素晴らしい開催となる事を祈りまヒュー!」
しかし!
ビュンのスピーチは
あろう事かそのまま無風でエンディングを迎えた!
会場は落胆の空気に包まれた!
みんなの心の声が私には聞こえた!
”せっかく吹雪ビュンなのに・・・。”
”吹雪ビュンのくせに・・・。”
”なによあんな吹雪ビュン・・・。”
ビュンよ!
チャンスはあと2回ある!
来年も再来年も実行委員長をやるがいい!
山形の演劇を盛り上げる事は2年間忘れて
まずはおもしろトークに専念するがいい!
吹雪ビュンとかいう名前の人は
絶対におもしろくなければいけないのだ!

ちなみに数ヶ月前の事!
我が家に吹雪ビュンから何か届け物があった!
なぜか私ではく「カミさん」宛てだった!
どうせ演劇のDVDとかそんなものだろうと
そこらにほったらかしておいたら
なんと!
よく見れば!
吹雪ビュンではなく!
女優「風吹ジュン」さんからカミさんへの贈り物だった!
両者と知り合いであるのは世界広しと言えども
ほぼ間違いなくカミさんだけだろう!
これからはしっかりと差出人を確認しようと思う!
”ほんにほんに”とはよく言ったものだ!

かくして私のワークショップがスタートした!
2日間で3時間ほどのワークショップを
計3回行うプログラムだった!
毎回受講生が変わるシステムだったので
あまりじっくり挑む事はできなかったのだが
ならば3回のワークショップ全てを
違う内容にしてみようと思った!

最初のワークショップは定員20名のところ
10名ほどしか受講者がいなかった!
人気の無さに落胆してもいいのかもしれないが
私には少人数のワークショップで試してみたい事があった!
大阪を拠点に開催している即興演劇イベント
『インプロビアス・バスターズ』
その源流となるシカゴの劇団
「ザ・セカンド・シティ」
の育成プログラムを
私なりに解釈したワークショップを行った!
わずか3時間では入口にたどり着く事で精一杯だったが
それでも収穫はあった!
なるほど!
1週間で20時間ほど時間を頂戴し
この即興ワークショップをしっかり行えば
例え演劇未経験者であっても
最終的には観客に観せる価値のあるものが作れるぞ!

そして飲んだ!

翌日1回目のワークショップでは
実に基礎的な
私なりの演劇論「ヒロヒティズム」を展開した!

子供というのはすごい存在だ!
わずか20分の休み時間に校庭に飛び出し
「なんとかマンごっこ」や
「魔女っ子なんとかちゃんごっこ」を
配役も決めず
ストーリーの打ち合わせもなく
いきなり演じ始め
15分の予鈴と同時に完結させて
また教室へ戻る事ができる!
これは驚異的な能力と言えるだろう!

しかし!
”子供がすごい”という事はつまり
”自分もすごかった”という事だ!
残念な事に
大人になる過程の中で
あれしちゃだめこれしちゃだめを学ぶうち
その特殊能力はやがて完全に失われる!
だがその特殊能力を今も残している大人こそが
優秀で魅力ある俳優なのだ!
「ヒロヒティズム」の基礎とは
その能力を取り戻す事にある!
無い物を得るのではなく
あった物を取り戻す作業だ!
その結果どんなに真面目そうに
ワークショップ会場に現れても
出ていく時には少し馬鹿な顔になる!
話し声とかもむやみに大きくなる!
それでいい!
そもそも賢く生きる人間は
演劇になど関わらないからだ!
演劇に関わっても賢くあろうとする者は
一度人生を見つめ直す旅にでも出るといい!

最後のワークショップまでの間が
3時間も空いていた!
当然用意されている控室で休憩してもよかったのだが
そこには恐らくハンドクラッシャーがいる!
私はワークショップを行った大劇場の裏口から
外へと飛び出し
そのまま隣にある映画館「山形フォーラム」に向かった!
特に観たい映画は無かったのだが
市民会館に戻れば手をつぶされると思い
何でもいいから映画を観せてくれと頼んだ!
全然観たくもない邦画『SCOOP!』を観た!
危険な映画だった!
傑作『ナイトクローラー』
何でもない青年がお金欲しさに
スクープ・カメラマンとなり
やがては狂気に至るまでを描いた優秀作だったが
『SCOOP!』の場合は
問答無用のパパラッチが
”よく知れば実はそれなりにいい人”
として描かれていた!
完全に間違えていると感じた!
著名人の人権を認めないスクープ・カメラマンを擁護し
なんならその職業に憧れを抱かせるような映画だった!
5点満点の「映画日記」で0.5点を付けた!
そのもやもやはワークショップをひろいで払拭しよう!

最後のワークショップは
基礎的な「ヒロヒティズム」と即興システムを
複合させた内容にしてみた!
なるほど!
いきなり即興システムから入るよりも
少し馬鹿になってからの方が
全てにおいて進みが早い!
これはなかなか価値のある収穫だった!
そのワークショップには
なんとあの「みぃこ」も来ていた!
あれこれ大変な事を経験した彼女だったが
今では結婚して一児の母となり
幸せに暮らして要るようだった!

そして飲んだ!

翌朝!
実父「ごんぼちゃん」が運転する
愛車「ゴンボルギーニ」に乗り込み
近所の「中桜田温泉」へ!
ワークショップでのひろぎ疲れを癒やした!

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帰宅すると「ママ」
「私にサインしなさい!」
と色紙を押し付けられた!
仕方がないので描いた!

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ワークショップは終了したが
その日は成果発表会と
大交流会と呼ばれる
講師と受講生によるディスカッションが行われた!
私のクラスはただ馬鹿になっただけなので
成果など発表しない!
脚本講座を行ったよっこんや
短編劇を上演する平塚君クラスの発表などを観るものだった!

やがてそれも終わり大交流会となったのだが
私は当初
その会に参加する事を強く拒んだ!
そもそも協会員でもないので偉そうな事も言えないし
「今後の”演劇大学”をどうするか?」
になど当然意見の出しようもないからだ!
なので大交流会の司会を務めるビュンに
「私にはコメントなどを一切求めないでくれ!」
と念を押しておいた!
各講師が自分のクラスの総評を述べる中で
私のクラスに関してだけは
ビュンがあまりおもしろくなく代弁してくれた!
多少不自然ではあったが
それは私が願った事だったので
ただ円座にじっとして聞いていた!
やがて話題はやはり
「今後の”演劇大学”をどうするか?」
に至った!
黙りどころだ!
私は更に口を固く結び椅子に深く座った!
みんな真面目な口調で活発に意見を出し合っている!
きっと素敵な来年になるのだろう!
演劇に!
そして山形に素晴らしい未来を!

ところがだ!

「おい!
 それに関してはさぁ!
 大王あたり何か言いたいんじゃねぇか?」

てめえ言わなきゃ殺すぞといったトーンで
あのハンドクラッシャーが無慈悲にも言い放った!
いっ!
だいたいいつからこの人は
私を「大王」と呼ぶのだ?
ビュンが遠慮もなく大勢の前で「大王」と呼ぶからだ!
ビュン!
そういうとこだ!
そういうとこも修正して行こう!

怯える私に無理矢理マイクが渡された!

「え!
 俺なんすか?
 ここで俺なんすか?
 今?
 俺なんすか?」

マイクを押し戻そうとする私の言葉は
なぜだか子分口調になっていた!

しかしせっかく受け取ったマイクだ!
これを突き返してはエンターテイナーの道理に反する!
なので言いたい事を言わせてもらった!

「成果発表会っていって
 結局受講した人らだけが見てたら
 何の意味もないですよ!
 もっとね!
 この成果を家族や友達にも見て欲しい
 って思わせる事をやらなきゃいけないんですよ!
 んで演劇になんか興味のないお客さんを沢山集めて
 ”山形でこんな素敵な事が行われているのか!”
 ”演劇おもしろいな!”
 と言わせないと!
 これじゃただの内輪の会じゃないですか!」

といったような事を
ちゃんと”おもしろ口調”で言った!
ビュンへの手本も示したつもりだ!
”おもしろ口調”で言ったので
私の意図が会場の全員に伝わったのを感じた!
しかし!
肝心なのはハンドクラッシャーが
この部外者の暴言をどう捉えたかだ!

”い・・・いかがでしたか?”

という私の視線に
ハンドクラッシャーはマイクを握り直した!
そして!

「・・・そうだよ!
 その通りだよ!!!」

と声を荒げた!
私はその日を生きる気力を
その一瞬で全て使い果たした気がした!
ところが!
ハンドクラッシャーは
更にとんでもない言葉を言い放った!

「来年はあれだな!
 大王が校長だ!」

やめろ!
拍手するな!
そんなに乗りの良くない奴らだったくせに
こんな時だけ悪い冗談にみんなで乗っかるな!
拍手をやめろ!
みんな馬鹿だ!

「では来年の夏は大王が校長という事で!」

そういう時だけおもしろに乗っかるビュンには
念入りなポイント指導を行わなければいけない!
しかし!
え?
夏?
来年は夏っすか?
私は救われた!
来年の夏には私は新作に着手している!
恐らくは観客全てを涙と感動とロックの世界に誘う新作
『FILL-IN〜娘のバンドに親が出る』
を上演している!
これによって協会員ですらない私が校長になるという
ハンドクラッシャー発案のいかれたプランは
完全に崩壊した!
ありがとう新作!

かくして盛大な打ち上げが行われた!
私は相変わらず講師テーブルには座らず
若い演劇人達の中でわいわいひろいだ!

そんな打ち上げの中で
平塚君がものすごい写真を撮影した!
私とハンドクラッシャーによる
奇跡のツーショットだ!
昔のこの人はこんな顔ではなかった!

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山形に生まれて
山形で育ち
18歳で大阪へと向かった!
来年で大阪での暮らしが30年になる!
私は山形では一切演劇に関わらなかった!
演劇部にも入らなければ
劇団というものが山形にもある事すら知らなかった!
なので私が演劇人として山形に残した功績などはもちろん
爪跡も傷跡も一切存在しない!
そんな私がここ数年
演劇人として山形に帰郷し
演劇人として尊敬を受けたり
演劇人として名誉ある仕事を授かったりしている!
どこを探しても”演劇人・後藤ひろひと”のいない
そんな山形だったが
どうやら少しずつ
”演劇人・後藤ひろひと”が見つかり始めた!
大阪で演劇人となった私は
山形にいた自分をどこか切り離して生きて来た!
けど今!
山形の悪ガキと大阪の悪親父が
少しずつ近寄って行くのを感じている!
もう少し!
あとほんの少しで両者が出会い
そして握手を交わす予感がする!
それでやっと過去の自分と今の自分とが
しっかりつながるような気がする!
大阪の悪親父は
きっと掴んだその手を握りつぶしてやるのだろう!

かくして私は長くひろいだ山形を去った!
恐らくこの滞在で100人以上の人々と知り合った!
新設されたLINEグループ
「なす侍」と「演劇大学」では
今日もにぎやかに馬鹿な事を語り合っている!
また少し山形を近く感じるようになった!

そんな実家の周りはまだまだ田んぼがいっぱいだ!

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大阪に戻る途中
新宿に一泊して
「あーたん」こと「中村中(なかむら・あたる)」ちゃんと
歌舞伎町で密会した!
2つほど依頼したい悪巧みがあるからだ!

「『娘のバンドに親が出る』って副題だけで
 あーたんはもう断れないでしょう?」

「ちょっとー!
 なにそれー!!!!」

人生が続く限り
私はひろぐのであった!

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山形駅で購入した「いなご」に
弱虫な生き物がずいぶん警戒していた!
待っていれば跳ねるとでも思ったのだろう!

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