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今回は、ニコ生ゼミ6月23日分(#287)から、ハイライトをお届けいたします。
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「【NHK朝ドラ『なつぞら』を語る 3 】 宮崎駿の登場と『太陽の王子ホルス』でクライマックスを迎える? 今後の展開予想」
これが最後です。
再来週以降の展開予想。
まあ、これ、僕の勝手な想像なんですけど。
どれくらい反発してたのかというと、『作画汗まみれ』という大塚康生さんの本の中に書いてあります。
『安寿と厨子王』が終わった後、みんなで反省文というのを書いたそうなんです。その反省文の中には、作画に参加していなかった宮崎駿も、社内の上映会を見た時に感じた批評というのを書いています。
案の定、丹後の国の守に命じられる。
さっそく帝の御威光をバックに山椒太夫を懲らしめ、仏様安寿のお導きで、何の苦もなく母親の所在を突き止め、めでたしめでたしとなる。
これが十分に描けていたら、もうちょっと見られるものになっていたのではないでしょうか?
言い過ぎかもしれませんが、これでは「非常な社会悪の中で、周りの人の好意と保護の元に厨子王が運良く出世していく姿を日本独特の動画として描きたい」になってしまいます。
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「ただ単に周りから贔屓されて、トントン拍子に出世するような作品を作って、どんな意味があるんですか?」というようなことを、ものすごく厳しく書いてるわけですね。
「親子の愛、兄弟愛、動物への愛、主従愛など、安寿兄弟の一家を中心とした家長制度的な愛情が、悪人達によって色々な試練を受けるが、悪人達は天罰と帝の思し召しによって報いられる」という、単純でバカバカしい話を、いくつかの悲しげなシーンで繋いであつらえたのがこの映画である。
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僕、最初の読みやすい部分だけを読んでるんですけど。
本当に、みんな、もう口を限りに、メチャクチャけなしてるんですね。
悲しみがいっぱいであった。
涙がこぼれそうであった。
といっても、映画そのもののことではない。
「なんと情けないアニメを作ったものであろう」という、私達自身への憤りを通り越した悲しみであった。
以前の作品には、少なくとも、完成試写には、完成の喜びと感動があった。
あの感動はどこにいったのか?
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すごいですね。
こんな連中を描いて客を泣かせ、金を稼ぎ、現代の矛盾に満ちた現実に目をつぶる人間を作ろうとする『安寿』は、僕らにとって百害あって一利ない。
彼ら映画を作らせた会社側の資本家連中には、百利あって一害ない映画である。
くたばれ『安寿』。
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そんな中で、もうこの会社を見捨てて行くマコさんたちと、会社に残ってなんとかしようとする、なつたち。
そこに、宮崎駿が入って来て、いよいよ面白くなるんではないかな、というのが、僕の展開予想なんですね。
その募集要項には「正社員とか派遣社員の区別はないし、東映動画のような年功序列、もしくは学閥、どの学校出てるから偉い的なものなく、本当に実力主義である」ということが書いてあり、わりと理想の職場に見えたんですね。
なので、そこら辺の問題も出てくるのではないかと思っているんですよ、
しかし、実際の歴史では、この問題は解決しないんですね。
どんなアニメーターに対しても、統一の賃金を保証させたんですけど。
すると、これまで1日25枚以上の動画を上げていた、本来、出来るはずのアニメーター達は、みんな一斉に、毎日5枚しか描かなくなったんです。
「だって、その方が楽だし、何枚描いてもギャラが同じなんだったら、自分の好きなように凝りたい分だけ凝って、1日5枚だけ描こう」というふうになって行っちゃったという話があります。
「十分に働けない人をみんなで庇っていく」という環境を作ったはずなのに、逆に「働き過ぎるヤツは白い目で見られる」という状況になってしまいました。
残されたなつや下山達の元に、やっと宮崎駿が入ってくる。
この宮崎駿というのは、今の流れで言うと、頼まれてもいない仕事を勝手にやってしまう “1人ブラック企業” な人間なんですね。
これが入ることで大きく現場の動きが変わるはず。
いわゆる「それまで持っていた問題意識が、たった1人の頑張りとか、そういうふうなもので、どんどん変わって行く」というようなところが描かれると思うんですよ。
だって、それまでの高畑勲は絵が描けないものだから、“絵が上手いやつ至上主義” みたいなところがあるアニメーション会社で、演出というのは頭角を表しようがなかったんですね。
そこに、自分の思想に心酔してくれて、自分の言うことを聞いてくれる宮崎駿という子分が入ることによって、ようやっと強いパワーを高畑勲が発揮できるという、この土台作りが完成するわけです。
別に、ここから先を知ってるわけではないんですからね?
では、どんな名前になるのかと言うと。
もともと『太陽の王子ホルス』というのは、高畑勲が人形劇団で見つけた『チキサニの太陽』という物語をベースにしているんですね。
「チキサニ」というのは、アイヌの神様というか伝説の1つなんですけど。
なので、『チキサニの太陽』という名前にするか、『チキサニの王子』みたいなタイトルになるんじゃないかと思います。
たとえば、泰樹じいちゃんと農協のトラブルというのは、虫プロの『アトム』制作という、天才ゆえのワガママ。
つまり、「泰樹じいちゃん1人が品質のいい牛乳を作れるから、メーカーに対して強気に出ていて、他の弱い立場の農協の人らのことを考えられなかった」という問題も、ここでようやっとアウフヘーベン出来て、「弱者のための組合というのが、何のためにあるのか?」というふうに、今のなつ達がすごくツラい思いをして実感していることと上手く重なってくるわけですね。
人里離れて熊を彫ってた阿川弥市郎という人がいましたね?
その娘の砂良というのと柴田家の長男・照男が結婚したんですけど。
これはなぜかというと、アイヌと開拓民の平和と共存のシンボルになるからです。
『太陽の王子ホルス』のクライマックスシーンで、ピリヤとルサンの結婚式があるんですけど、そういう結びみたいなことも出来る。
全ての伏線がバーっと回収できると思うんですよね。
外国に行って、下手したらディズニーに行ってるんじゃないかなと思ってるんですけども。
なんかね、今まで見つからなかった理由というのは、それくらいアクロバティックなことをすると、スッとパーツがハマるので。
「え?!それってどういうこと?」「そこのところ、もっと詳しく知りたい!」という人は、どんどん、質問してみて下さい。
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