
『極悪女王』、『アイアンクロー』……プロレス映像作品の世界をプロレスラー兼映像作家の今成夢人に伺います!(聞き手/ジャン斉藤) *2月3日に配信されたものを再構成したテキストです
――今日はプロレスラーで映像作家の今成夢人さんをお呼びして、昨今のプロレスの映画作品などを振り返っていただきます。
――お久しぶりですね。新宿の居酒屋で松澤チョロさんと取材を兼ねて飲んで以来ですね。
今成 チョロさんと3人でやりましたね(笑)。
――あのときはまだDDT所属でした。
今成 サイバーファイトの社員でしたね。
――あらためて今成さんの現在の立ち位置を説明していただきたいんですけど。
今成 おととしの9月末にサイバーファイトを退社して、いまはフリーの映像作家として仕事をしています。プロレス以外の企業のVTRを作ったりするお固い案件もあったりとか。プロレスラーとしてはいまはガンバレ☆プロレスです。ガン☆プロもサイバーファイトから独立してます。あと飯伏プロレス研究所という飯伏(幸太)さんのチームの一員というか。ほとんど名義貸しみたいな感じですけど(笑)。
――名義貸し?(笑)。
――プロレスラーでありながら映像作家の二刀流というわけですね。最近はプロレス映像作品が相次いで発表されてますね。
今成 めっちゃ増えましたよね。びっくりしたのは『アイアンクロー』をA24という配給会社が制作したことですね、A24はかなりエッジの効いた作品を作っているところで、そこがプロレスの映画を取り扱うんだって驚きました。いま一番品質が保証されてるのはA24の作品なんですよ。

――「シビル・ウォー アメリカ最後の日」もA24ですね。
今成 アート系でもありエンタメもやるというか、監督がやりたいことを応援するスタンスのスタジオ。作家性みたいなものは浴びれますよね。
――『アイアンクロー』で鉄の爪一家を取り上げるとなったら、外れるわけがない。
今成 ホントにそうです。『アイアンクロー』はどういうふうに取り扱うんだろうって、公開される前から期待してたんですけど、やっぱりすごかったです。主人公のケビン・フォン・エリックを演じたザック・エフロンは、昔はアイドルチックな俳優だったんですけど、この映画のためにあれだけ筋肉をつけて。ミッキー・ロークが落ちぶれたレスラーを演じたときとは、ちょっとわけが違うというか。
――ミッキー・ロークが『レスラー』という映画でベテランプロレスラーの悲哀を演じましたね。ここ最近のプロレス映像作品の成功は、俳優がプロレスラーの肉体に極限まで近づけていることもひとつの理由ですよね。
今成 肉体的なアプローチですよね。「ガチ☆ボーイ」という学生プロレスの映画があったじゃないですか。佐藤隆太が主演なんですけど、絶妙だったのが学生プロレスだから身体ができてなくても許されるんです(笑)。俳優にめちゃくちゃ負担をかけなくても学生プロレスだから成立できる。でも、プロのプロレスラーを取り扱う以上、身体ができてないと説得力に欠けるんですよね。
――プロレスよりボクシングに名作が多いのは、ボクシングはそこまでガッチリ身体を作らなくてもいいからかな?
今成 でも、『レイジング・ブル』のロバート・デ・ニーロはしっかりボクサー体型に仕上がっていたし、『ロッキー』のシルベスター・スタローンはスパーリングではなく、ひたすら山小屋で鍛えてるところをモンタージュして(笑)。
――そこは力こそ正義のスタローンだけあります(笑)。『アイアンクロー』は出演者全員がプロレスラー仕様の身体になっている時点で感動しますよね。
今成 大柄のフリッツ・フォン・エリックを演じた俳優(ホルト・マッキャラニー)さんは『マインドハンター』というNetflix系の連続ドラマに出てる方で。そこではFBI捜査官の役なんですけど、比較的おとなしめの硬派なキャラだったんですよね。『アイアンクロー』では怖い親父役にもアプローチができる。やっぱり役者ってすげえなってシンプルに思いました。
――ミッキー・ロークの『レスラー』もそうですけど、制作者側がプロレスを理解して取り組めるようになってますよね。
今成 『アイアンクロー』はチャボ・ゲレロがプロレスの監修に入ってましたよね。そういう監修が入りつつも、あくまで『アイアンクロー』はスリラー映画っていうか。プロレス映画を一丁描いたるか!っていう感じでもないんじゃないかなって思いますけど。
――たしかに「エリック一家の悲劇」はプロレスファンなら誰もが知っているけど、結末がわかっていてもドキドキしますよねぇ。
今成 どんどん人が死んでいきますからね……。
――ケリー・フォン・エリックがバイクに乗るシーンでもゾクゾクするじゃないですか。死に向かっていくサインというか。
今成 ディティールがすごかったですよね。
――お父さんがNWAの政治的世界を批判するシーンはとくに必要なかったはずなんですよね。70年代80年代のプロレスファンしかわからないのに、それでも描写する。
今成 そのへんはやっぱりA24の力なんじゃないかなと思いますね。普通のメジャースタジオなら「いやいや、いらないでしょ」ってスルーするんですけど、A24だと時代背景の作り込みをする。美術に力を入れるかのようなアプローチはさすがだなと思いました。
――ああ、なるほど。ドラマの美術っていちいち説明がないですもんね。リック・フレアー役も「そこまでやるか!」って感心するくらいそっくりで。
今成 ただ似てる以上の何かになってくるんですよね。誇張したリック・フレアーでもあるし、映画俳優が演じたリック・フレアーでもあるし。そこは「プロモがうまいレスラー」と「そうじゃないレスラー」の比較が必要で。あそこまで演じることでフレアーがお客さんを呼べるNWAのチャンピオンであることが一発でわかりますよね。
――そのフレアーに挑戦した主人公のケビンが暴走して試合を壊すじゃないですか。ケビンはプロレスの社会の中では低評価を受けるんですけど、フレアーが試合後の控え室にわざわざやってきて「最高だった」と興奮しながら褒める。いびつなものも楽しめることもチャンピオンの資格であるわけですけど、あのへんもプロレスファンじゃないとわからないんじゃないかなと。
今成 配給会社さんの試写で見た感想をnoteに書いたんですね。そうしたらパンフレットの寄稿を依頼されて、どう考えてもプロレスファンじゃないとわからないシーンの解説も1ページ使いましたからね(笑)。ドロップキックをやった側がケガするシーンがありましたよね。
――マイク・フォン・エリックが自殺に繋がるケガを負うシーンですね……。
今成 プロレスには後ろ受け身と前受け身というのがあって、前受け身を失敗してるから肩を痛めた。それってプロレスファンじゃないとわからない。そういう解説だけで1ページ書きました。でも、映画の中で変に解説しちゃうと説明ゼリフばっかりになっちゃうんですよ。
――派手な大技を食らってケガした……と安易に変えなかったのが素晴らしいわけですね。
今成 ミッキー・ロークの『レスラー』のときはビジュアライズするためにデスマッチを選択していたと思うんですよ。凶器を使うことで外傷ができるわかりやすさ、痛みを伝えるためのデスマッチだったと思うんですけど。『アイアンクロー』の時代はその手のデスマッチがないから、痛みを伝える方法が大変だったと思います。控え室にいるシーンから、次のまた控え室にいるシーンになって、身体のテーピングの数が増える描写になってくる。ダメージが積み重なって、痛み止めを飲まないとやってられなくなる……あのへんの編集はすごいうまいなと思いました。
――細かい積み重ねが映画のクオリティの高さにつながっていくわけですね。『アイアンクロー』でケビンだけ生き残った理由は、ケビンにプロレスラーの才能がなかったからじゃないか……って見えたんですよね。デビット追悼試合の挑戦者はコイントスに委ねられた。長兄なのに選ばれないことは親父から認められていないってことだし、プロモーターとしても成功できず、プロレスの世界に浸からなかったからこそ一般人として生きのびたんだなと。
今成 才能がある弟たちが次々に死んでいきますからね。
――実在したもうひとりの弟クリスのことは、最初からいなかったことにしてましたね。彼も自死するので残酷すぎるから映画では省いたそうですけど。
今成 何を描写して、何を描写しないか……そのへんもいろいろありましたね。だからエンドロールで、いまは幸せに暮らす大家族の集合写真はよかったです。最後の最後に救いがあるという……。
――救いのあるスリラー映画だったと。Netflixで配信されたビンス・マクマホンドキュメント「Mr.マクマホン:悪のオーナー」。今成さんがnoteで書いた感想を読ませていただいたんですが、「この作品は踏み絵にもなっている。ビンスの創り上げてきたプロレスに興奮してきた自分に楔を打つような感覚がある。ビンスに向けられた刃がこちらにも向けられていく」には頷きました。裏側は狂っていたWWEを楽しんできた自分は、はたしてよかったんだろうかと。
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https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/202503
コメント
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恐らくdropkick史上最高の記事
やる側と撮る側、両方の視点で語られるのは新鮮
長瀬智也の評価が上がる一方
飯伏にグータッチしたのは誰だったのか
“レスラー”を撮ったのは“π”のアロノフスキーだったとは
個人的にはガチボーイに触れてくれたのが嬉しかった
あれはプロレス映画の最高傑作