3日から始まった集団的自衛権容認をめぐる与党内協議のキーマンは自民党の高村正彦副総裁で、何とか「限定容認論」でとりまとめようと腐心している。が、その際に高村が、1959年の「砂川判決」を持ち出して、その最高裁判決の中で集団的自衛権が認められていると説得して歩いていることに対しては、与野党のあちこちから疑問の声が上がっている。

砂川事件というのは、米軍立川基地への反対闘争でフェンスを壊して基地内に立ち入った学生7人が、安保条約に伴う刑事特別法違反に問われた裁判で、第一審のいわゆる「伊達判決」は在日米軍の駐留そのものが日本国憲法第9条2項で保持が禁じられている「戦力」に当たり違憲であるとして全員無罪を言い渡した。ビックリしたのは米国で、米軍駐留が違憲というのでは翌年に控えた安保条約改定など吹き飛んでしまうということで、岸内閣に外交圧力をかけただけでなく、駐日大使が直接、田中耕太郎最高裁長官に極秘接触して、伊達判決を急いで引っ繰り返すよう強要した。それで田中自身が裁判長を務めて早々に出したのが砂川判決で、要するに在日米軍は日本の「戦力」ではないから駐留は合憲だと断言した。その意味で砂川判決は、司法が米日権力に屈服した恥ずべき歴史の記念碑であって、「今どきこんなものを持ち出してくる感覚が常軌を逸している」と某野党議員は怒る。

しかもその判決には、集団的自衛権が合憲だとはどこにも書いていない。論理の運びとして、(1) 我が国が主権国家として固有の自衛権を持つことは憲法で否定されていない、(2) しかし我が国の防衛力は不足なので、それを「平和を愛好する諸国民の公正と信義」を信頼して補うのは当然だ、(3) 安保はその諸国民の公正と正義を信頼する1つの形であるから米軍駐留は合憲である──ということを言っているのであって、この(1) の「固有の自衛権」というところだけを切り出して、そこには個別的のみならず集団的自衛権も「含まれている(はずだ)」と言って歩いているのが高村である。そんなことは何ら裁判の争点となっていないし議論にすら上っていない。三百代言とはこのことだ。

読売新聞などがこれを「高村理論」などと持ち上げるから、法理も歴史も知らず、判決そのものなど読んだこともない自民党のボスたちが「なーんだ、最高裁判決で認められているのか」などと思い込まされている。集団的自衛権の議論は、迷走のあげく知的退廃の泥沼に填りつつある。▲

(日刊ゲンダイ4月9日付から転載)


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<高野孟(たかの・はじめ)プロフィール>
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊。2002年に早稲田大学客員教授に就任。05年にインターネットニュースサイト《ざ・こもんず》を開設。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
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