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田中良紹:ウクライナ戦争が招く核危機の世界

2022/10/02 21:51 投稿

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ウクライナ戦争は新たな段階に入った。ロシアのプーチン大統領が9月30日、ウクライナ東部と南部の4州をロシアに併合すると宣言し、併合のための条約に署名したからだ。

 プーチンは併合された4州を「ノヴォロシア」と呼び、その地域は祖先が命懸けて戦い守ってきた歴史があると言い、「この4州の人々は永遠にロシアの市民である、それを守るためあらゆる手段を講ずる」と宣言した。

これに対抗してウクライナのゼレンスキー大統領は、国家安全保障・国防会議を開いてNATOへの加盟を申請すると発表した。しかしウクライナは現状でもNATOから全面的支援を受けており、事実上NATOに加盟しているのも同然だ。ただウクライナがNATOに加盟すれば、この戦争はロシア対NATOの戦争になり、第三次世界大戦の様相を帯びてくる。

かつてゼレンスキーはNATO加盟の方針を見直す姿勢を見せたこともあった。しかし国土面積の15%に当たる領土を奪われた以上、奪還に向けて戦い続けるしかない。同じようにプーチンも併合した地域を奪還されないよう戦い続けるしかない。それもあらゆる手段を講じてだ。

停戦するための落としどころがなくなった。こうなれば行きつくところまで行くしかないという気になった。西側メディアでは、この併合が国際法違反の犯罪的行為だからロシアは国際的に孤立し、中国やインドからも見放され、さらに動員令に反発する国民にも見放されたプーチンは失脚するという見方にあふれている。

しかし国連の安全保障理事会は、9月30日に米国などが提出した「ロシアによる併合を非難する決議案」を採決したが、ロシアの拒否権で否決された。15カ国の理事国のうち英米仏など10カ国は賛成したが、中国、インド、ガボン、ブラジルは棄権に回り、すべての国が賛成してロシアだけが孤立する形にならなかった。

これを総会の場で採決すればどうなるか。反対する国は少ないと思うが、しかし棄権する国の数次第では非難決議を提出した米国の威信にかかわる可能性がある。そして今後の事態は西側メディアの見通しとは逆のケースになる可能性もある。

これまでは自国領でない他国領の2つの「独立国」を、集団的自衛権で守るという建前で、自国とは距離のある地域での戦争だった。しかし4州が併合されたことで、これからは特別軍事作戦ではなく祖国防衛の戦いになる。

それにロシア国民がどれほど納得しているのかは分からないが、祖国防衛で総動員体制のウクライナに対してロシアも総動員体制を敷くことになるだろう。

併合した自国領にNATOが支援する攻撃がかけられれば、この戦争はウクライナとロシアではなくNATOとロシアの戦争になる。ロシアに欧米と直接戦火を交える選択肢が出てくる。

プーチンは「あらゆる手段」と言っているから、通常戦力ではなく核戦力も覚悟しなければならない。つまり我々は世界が最も核戦争に近づいたと言われる60年前のキューバ危機を思い起こす必要があるのだ。

1959年、フロリダ半島の目と鼻の先のキューバに親米政権を打倒したカストロ政権が誕生した。米国のCIAはカストロ打倒の作戦を次々に実行する。その作戦はことごとく失敗、そのためキューバはソ連に接近し、フルシチョフ書記長は秘かに核ミサイル基地をキューバに建設しようと考えた。

狙いは第一に米国のキューバ侵攻を阻止するため、第二はソ連が核ミサイル能力で米国に劣っていたから、それを挽回するためである。1962年10月、建設中の核ミサイル基地が米国の偵察機によって発見された。

キューバの核ミサイル基地からミサイルが発射されれば、米国は距離の近さから防ぎようがない。ケネディ大統領は核戦争を覚悟してフルシチョフとの交渉に当たった。

この時、軍部の中には空爆して基地を破壊する考えもあった。しかしケネディはキューバを海上封鎖することでソ連の考えを変えさせとうとする。後になって分かったことは、もし空爆していれば、米国本土に向けて数十発のミサイルが反撃のために発射され、第三次世界大戦が勃発していたということだ。

一触即発の危機だった。最後は米国がトルコに設置していたミサイル基地を撤去することで、ソ連もキューバ基地建設を断念することになり、世界は核戦争危機を免れた。偵察機の発見から基地建設断念まで緊張の連続となる13日間だった。

プーチンがウクライナ侵攻に踏み切る前、繰り返し言ったのはこのキューバ危機と同じ状況にロシアが置かれているということだ。ウクライナのNATO加盟を認めれば、目と鼻の先に核ミサイル基地が置かれ、ロシアの安全が守れない。

それをバイデン大統領に言っても聞く耳を持ってもらえなかった。一方でウクライナ国内の親露派勢力が支配する地域に、ウクライナ軍の攻撃がエスカレートし、親露派勢力を守るために軍事侵攻に踏み切らざるを得なかったとプーチンは主張した。

だから戦争を終わらせる落としどころがなくなった以上、ロシアは核戦争を覚悟してこれからの戦争を考えることになる。それにしてもなぜこんなことになったのか。停戦の可能性はなぜなくなったのか。

9月26日に安倍元総理の「国葬」に参列するため来日したトルコのチャブシュオール外務大臣が日本記者クラブで会見した。トルコはウクライナとロシアの停戦交渉を働きかけ、軍事侵攻が始まってから1か月後の3月末にイスタンブールでウクライナとロシアの対面の交渉が行われた。

停戦交渉がなぜまとまらなかったのかを記者から問われたチャブシュオール外務大臣は、「第三者が停戦交渉がまとまるのを妨害した」と発言した。「第三者」がロシアを弱体化させるため戦争を長引かせようとしているというのである。そしてチャブシュオール外務大臣は「その犠牲になっているのはロシアではなくウクライナだ」と言った。

「第三者」とは誰か。チャブシュオール外務大臣は名前を明示しなかったが、米国であることは間違いない。これまでもブログで何度も書いてきたように、この戦争はウクライナとロシアの戦争ではなく、ロシアのプーチン大統領を失脚させてロシアを弱体化させようとするバイデン政権が仕掛けた戦争なのだ。

そしてここからは私の推測だが、それは11月の中間選挙で民主党に不利な状況を少しでも有利にするために考えられた。従って中間選挙の前に停戦に持ち込まれては困るのだ。

しかもその3月末にゼレンスキーはNATO加盟を断念してウクライナが中立化する考えを表明していた。そのためイスタンブールでの交渉では、それを前提にウクライナの安全保障をどうやって担保するかが焦点になっていた。

プーチンはウクライナの中立化が確保されればそれで良かったわけで、それまで首都キーウ周辺にいたロシア軍部隊を撤退させた。それが3月30日である。西側メディアは首都キーウを攻撃してゼレンスキー政権を打倒し、傀儡政権を樹立するためだと報道していたが、そうではなくゼレンスキーが中立を宣言すれば、そこで部隊を撤退させたように見えた。

ウクライナの中立化で停戦交渉がまとまれば、この戦争はそこで終われる可能性があった。しかしトルコの外務大臣が言うように、それでは困る「第三者」がいて戦争は続くことになる。そこで不思議だったのはロシア軍が撤退した何日か後に、ウクライナ軍が行くと虐殺の痕跡が残されていたことだ。それは世界を震撼とさせ、ロシアに対する嫌悪感が沸騰した。あれで戦争は終われなくなった。

西側メディアはプーチンが悪いという一点張りだが本当にそうなのか。冷戦が終わる頃からワシントンに事務所を置いて米国政治を取材してきた私には、そのように思えないところがある。

冷戦に勝利した米国は、米国の価値観で世界を統一することを自分たちの使命と考え、世界最強の軍事力を背景に「世界の警察官」の役割を果たそうとした。ソマリア内戦、コソボ内戦への介入などがその例だ。それが世界各地で反発を呼ぶ。反発しなかったのは米国に従属することが身に着いてしまった日本ぐらいだと思う。

反発は米国の提唱するグローバリズムに反対する運動となり、各地に自国の伝統や歴史を守ろうとする風潮が生まれた。それを主張する先鋭的な政治家がロシアのプーチンである。併合の式典でプーチンは、「ソ連が崩壊した後の米国や西側世界のエリートは、世界を新自由主義文化で植民地支配しようとしている」と痛烈に批判した。

戦争という手段には賛成できないが、米国が推し進めるグローバリズムには反対だと考える国は少なくないと思う。それが国連の投票行動に現れる。ロシアがウクライナに軍事侵攻した直後に行われた非難決議の採決では、賛成141,反対5、棄権35カ国と賛成が圧倒的だった。

ところがキーウ周辺での虐殺が分かり、その直後にロシアを国連の人権理事会で資格停止にする決議では、賛成93,反対24,棄権58と賛成が激減したのである。あの虐殺の映像を見せられた後でロシアに厳しくなるのなら分かるが、それとは逆になったのだ。

それがこの戦争の大きな特徴になっている。西側メディアの報道は情報操作の一環で、そのプロパガンダに西側世界は乗せられているが、アジア、アフリカ、中東などの国々はそれとは異なる見方をしていると言うことだ。

そしてそこに米国の価値観を押し付けようとする欧米社会に対する反発がある。世界は二つに分断された。だからそう簡単にプーチンは失脚しないように思える。それでも欧米社会がプーチンを負い詰めれば、プーチンはあらゆる手段を講じて抵抗し、西側世界を恐怖に陥れることで目を覚まさせる行動に出るような気がする。

まもなく核の恐怖が現実になるぎりぎりのところまで世界は行き着くことになるのではないか。そうならないことを祈りたいが。

* * *

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<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

 TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。

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