そのうえで「教会との関係を断つことを党の基本方針にして徹底する。自民党として説明責任を果たし、国民の信頼を回復するため厳正な対応を取る」と述べ、さらに「霊感商法の被害者などの救済に政府を挙げて取り組んでいく」と強調した。
その一方で安倍元総理と旧統一教会との関りについては「ご本人が亡くなられた今、十分な把握には限界があるのではないか」と消極姿勢を見せた。この姿勢には「死人に口なし」で逃げ切りたい思惑がありありと見える。
しかしこの部分が今回の旧統一教会問題の核心である。安倍元総理がカルトの広告塔にならなければ銃撃されることはなく、銃撃がなければ旧統一教会と自民党議員との広く深い関係が日の目を見ることもなかった。
だがこの部分を追及していくと、岸田総理がいち早く安倍元総理の「国葬」を決めた根拠に疑問が出てくる。だから岸田総理は旧統一教会との断絶を宣言しても、安倍元総理と旧統一教会の関係についてだけは、国民の目に触れさせたくない。それで国民は納得するか。そこが問題だ。
岸田総理は来週開かれるだろう国会の閉会中審査で、自分が出席し安倍元総理を「国葬」にする理由を国民に丁寧に説明すると約束した。そして会見では「国葬」にする理由を4点挙げた。第一とされたのが、憲政史上最長の8年8か月間総理を務めたことである。
おそらくこれが国民を納得させるのに分かりやすいと思い、第一に挙げているのだろう。しかし私が再三指摘してきたようにこれは理由にならない。少なくも戦前の日本に在位期間を「国葬」の理由にする考えはなかった。
なぜなら戦前の総理で最も長く総理を務めたのは桂太郎で、在位期間は約8年弱の2886日に及ぶ。その桂と同時期に交互に総理を努めた西園寺公望は、在位期間が桂の半分以下の1400日だが、西園寺は「国葬」され、桂は「国葬」されなかった。
ちなみに総理経験者で「国葬」されたのは、西園寺以外に伊藤博文、山縣有朋、松方正義の3人がいる。在位期間はそれぞれ2720日、499日、943日である。だから在位期間が考慮されて「国葬」されるわけではない。
また戦後1例しかない吉田茂元総理についても、国葬を決めた佐藤栄作の頭にあったのは、戦後で最も長く総理を務めたというより、サンフランシスコ講和条約で日本を独立に導いた政治的功績によるものだと思う。
ただ佐藤が法的根拠が戦後失効したのに吉田の「国葬」を強く願ったのは、吉田内閣時代に起きた造船疑獄事件で、自分が逮捕されそうになったのを法務大臣の指揮権発動で救ってくれた大恩人だったからだと私は思っている。
岸田総理も法的根拠がないのに「国葬」を強行しようとしている。それは「国葬」にすることで安倍元総理の「岩盤支持層」を自民党に繋ぎ留め、また弔問外交を政治利用しようと考えたからだ。ただ最長在位期間を前面に出すことは危険な効果も生む。
安倍元総理がなぜ長期政権になったのかという部分に光が当たるからだ。以前のブログにも書いたが、そこに旧統一教会が絡んでくる。かつて旧統一教会と距離を置いていた安倍元総理が第一次政権に失敗すると、そこから旧統一教会との接近が始まったのである。
第一次安倍政権は参議院選挙で惨敗し、参議院で過半数の議席を失った。衆議院では小泉政権の郵政選挙のおかげで過半数以上を確保していたが、「ねじれ」が生じたため何もできない。ところが安倍元総理は、やみくもに続投を表明して自民党から見放され、ぶざまな退陣劇に追い込まれた。
「無能な政治家」というのが当時の私の印象だった。それが民主党政権のそれ以上の無能に助けられ、政権を奪還して第二次安倍政権を誕生させてからは、見違えるように力を行使できるようになる。7年8か月の在任期間に6回の選挙で全勝したからである。当たり前の話だが、民主主義では選挙に勝つことがすべての力の源泉になる。
旧統一教会と安倍元総理の祖父の岸信介氏との関係はあまりにも有名だ。その始まりは、米国CIAと協力関係にあった児玉誉士夫や笹川良一らと旧統一教会の文鮮明教祖が協力し「国際勝共連合」という組織を創立したことだ。つまり旧統一教会と岸信介氏の関係は米国のCIAをバックに始まった。
安倍元総理の父親の安倍晋太郎氏はそれを引き継ぎ、旧統一教会と自民党議員を結び付けることに熱心だった。自民党議員の秘書に旧統一教会の信者を紹介している話を私も何度か耳にしている。
しかし安倍元総理は父親のしてきたことから距離を取ろうとしてきた。母親の忠告があったからだという話も聞いている。そして旧統一教会側も安倍元総理との関係が始まったのは2012年からだと言っている。
だとすると安倍元総理は第一次政権に失敗した反省から、全国8万と言われる神社を束ねる神社本庁と、右派の草の根ネットワークである「日本会議」に加え、旧統一教会という選挙集票マシーンを得て、それらを拠り所に政治的復活を考えた可能性がある。
一方で話を戻せば、第一次安倍政権後の福田康夫政権、麻生太郎政権は第一次安倍政権の「ねじれ」という負の遺産に苦しみ、満足な政権運営ができなかった。そして2009年の総選挙では小沢一郎氏が民主党の選挙責任者として采配を振るい、農協以外の全ての業界団体を民主党支持に回すことに成功した。
これに自民党は驚愕する。そこから業界団体より固い組織票を求める考え方が生まれる。小選挙区という政権交代可能な制度の中で、業界団体票は民主党に流れる可能性のあることが分かった。それより宗教団体の思想や主張に自民党が近づけば、固い組織票が得られる。
こうして宗教票やイデオロギー票を獲得するための「顔」として、安倍元総理を再び担ぐ考えが自民党内に生まれた。自民党が最も恐れる小沢一郎氏は秘書が検察に摘発されて身動きが取れなくなり、それがでっち上げと思われているのに民主党は小沢氏をかばわず、一緒になって小沢氏追放の画策に乗ったから、自民党には好都合だった。
こうして2012年の総選挙が近づくと、菅義偉氏や麻生太郎氏が安倍元総理に総裁選出馬を促し、最大派閥町村派会長の町村信孝氏や、国民に人気の石破茂氏、森元総理が推す石原伸晃氏らを相手に安倍元総理は出馬を決心する。
総裁選を前に安倍元総理は2012年4月、後に首席秘書官となる今井尚哉氏らと高尾山に登る。失敗からの再挑戦を期す決意の登山だった。そこには旧統一教会関係者が複数同行していたと「週刊文春」が報じている。つまり旧統一教会との関係が深まるのはこの頃からだと思う。
そして2012年に安倍元総理は政権を奪還するが、自民党は2009年の選挙の時より比例の獲得票を200万票も減らした。それでも民主党の方が国民の支持をそれ以上に失ったので政権を獲得できた。民主党は1桁違う2000万票以上減らしたのである。
国民は民主党政権の誕生とその後の無能を見て、選挙に行く気がなくなった。民主党にはこりごりだが自民党にも入れたくない。全国的に投票率の低下が顕著になる。それは固い組織票を狙った自民党の安倍政権にとって追い風だった。
次の2013年の参議院選挙は安倍元総理にとって「ねじれ」を解消するリベンジの選挙である。その選挙は自民党が政権を奪還した前年の総選挙より、投票率は7ポイント下回り、しかし自民党は民主党の2.6倍に当たる2268万票を獲得して勝利し「ねじれ」を解消した。
政権は「ねじれ」がなくなれば何でもできる。麻生太郎副総理が右派のパーティで「ナチスを真似たらどうか」と発言したのはこの時である。つまり国民の投票による選挙で独裁権力を行使することは可能だと言ったのだ。
その裏側には安倍政権が固い組織票を保持している安心感がある。投票率を上げないようにさえすれば、つまり国民が判断に迷うようなテーマを掲げて選挙をやり続ければ、自民党は勝ち続けるのだから何でもできるという意識がある。
実際にその後の安倍政権は、「消費税先送りについて国民の信を問う」とか、「国難突破解散」とか、与野党が明確な争点を戦う選挙にしない作戦で、参議院選挙の合間に衆議院解散を繰り返し、7年8か月の間に6回の選挙をやり、それに全勝した。これが憲政史上最長の在任期間を可能にしたのである。
その裏に旧統一教会の力があったことが今回の銃撃事件と、その後の旧統一教会と自民党議員の関係から明るみに出た。だから旧統一教会と安倍元総理の関係を追及することは、日本の民主主義がどのような状況にあるのかを国民に認識させる機会を与えてくれる。
固い組織票を味方につければ、そして国民の投票率を上げさせない選挙をやれば、民主主義の名のもとに独裁政治をやることができる。民意が政治に不満を持てば、すぐに解散して勝利し、勝利の結果、不満はリセットされる。それが安倍元総理の憲政史上最長在位期間をもたらした。
それを岸田総理が「国葬」の第一の理由に掲げるのなら、我々はこの問題こそ、徹底的に追及すべきではないか。
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<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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