参議院選挙の「ねじれ」解消しか頭にない与党は、地方自治とか言いながら、都議選を参議院選挙に利用する事を考えた。アベノミクスを前面に掲げて国政選挙並みの応援体制を取り、メディアには「参議院選挙の前哨戦」を枕詞のように繰り返させた。するとそれに乗せられた野党がアベノミクス批判を繰りかえす。こうして東京都が抱える問題は脇に追いやられ、まるでアベノミクスへの期待感を問うような選挙となった。
その結果は、第一に低投票率、第二に自公の圧勝と民主の惨敗という昨年の総選挙とよく似た結末である。自民党は候補者全員が当選したから議席の上では大勝利だが、それではアベノミクスが大差で信任されたかと言えば、それがそうとも言えない。アベノミクスはまだ実現されておらず「ほんわか」とした期待感が続いているだけである。その「ほんわか」とした期待感で争点とすべき現実の課題が覆い隠された。
今回の都議選で自民党の石破幹事長は「積極的な勝利ではない」との認識を示したが、それは昨年の総選挙から続いている傾向である。昨年の総選挙で自民党は議席の上では大勝利を収め政権交代を果たしたが、得票数は政権を失った09年の選挙より少なかった。少ない票数でも勝ったのは民主党に対する失望がそれを上回ったからである。その民主党に対する失望は今回にも引き継がれている。
民主党が自滅したのは国民が政権を託したマニフェストを民主党自身が否定したからである。国民の理解を得て政策を変更するならともかく、強引に三党合意に持ち込んだ経緯は国民に対する背信行為である。そこを自公両党に突かれ、解散して国民に信を問う事になったが、自民党は巧妙にも三党合意の当事者を引っ込め、それまでとは異質の経済政策を主張する安倍晋三氏を押し立ててアベノミクスを打ち出してきた。
これに海外の投機マネーが反応し、円安・株高が進んだことで国民は根拠のない期待感を抱かされる。何よりも三党合意による増税という「重苦しい」政策よりも、マネーが動き始めたという実感によって「明るい」気持ちにさせられた。しかしこれで日本がデフレから脱却できるのか、財政が破たんする事にはならないのか、世界中誰にもわからない。分からないから関心を集めている。
円高・株安は安倍内閣の支持率を押し上げ、その傾向はまだ続いているが、しかし先月以来分かってきたことがある。ひとつは参議院選挙を意識して作成した「成長戦略」では市場が納得しない事。もう一つは円安も株高もアベノミクスだけではどうする事も出来ないという事実である。アメリカのFRBが金融緩和の出口戦略を探り始めた途端に株式市場は乱高下をはじめ、また長期金利も日銀の思惑とは異なる動きを見せ始めた。
安倍政権は市場を操る大きな力の上で泳がされることになった。それが日本の国益を損ねる事にならないのか。しかし安倍総理は「これしかない」と脇目も振らずに直進する構えである。目の前の参議院選挙を乗り切るには「ほんわか」した期待感を先送りするしかなくなった。
秋にさらなる成長戦略を打ち出すと言うが、なぜ早く打ちださないのか。期待感をつなぐことでしか支持率を維持できないと思っているからである。そして参議院選挙さえ乗り切ればその後3年間は選挙をやらなくとも良くなるので、そこで念願の憲法改正に取り組もうとしている。しかしそれは薄氷の上を歩くのに似て、市場の動きにいちいち足を取られる恐れがある。
それにしても今回の民主党の選挙運動を見て唖然とした。よせばいいのに政権を失わせたA級戦犯ともいえる元代表たちが選挙応援に乗り出したのである。有権者の期待をあれほど裏切った面々の顔を有権者は忘れていない。議員辞職をして謹慎するか、最低1年は座敷牢に入っておとなしくしているかと思ったら、最も見たくない顏が堂々と街頭に出てきた。民主党マニフェストを破り、自公と手を組んだ張本人がぬけぬけと自公批判をする。これでは逆効果である。
考えてみれば前回の参議院選挙で民主党が大勝し、政権交代に王手がかかった時、国民が抱いた期待感も根拠のないものであった。私は半世紀以上政権交代がなかった国で、権力中枢の内部構造を知らない民主党が簡単に政権運営できるとは思っていなかった。そのため一時的に自民党と大連立を組むことで政権移譲をスムーズにする方が賢明だと思っていた。
小沢一郎氏が福田康夫総理に持ちかけた大連立構想には、明治維新に先駆けて坂本龍馬が抱いていた大政奉還後の公武合体案に似たものを感じたが、民主党の中にそれを理解する政治家はおらず、力で政権交代を成し遂げることになった。そうなれば権力を奪われる側も黙ってはいない。前代未聞の検察捜査となって小沢氏を襲い日本の民主主義に致命的な傷跡を残すことになった。
そして案の定、国民の民主党に対する根拠なき期待感は裏切られ、次に国民はアベノミクスなる経済政策への根拠なき期待感に踊らされている。そしてその間に政治は期待感をつなぐことが政治の要諦だと考えるようになり、極めて危なっかしい道を歩くようになった。
これらは政権交代が普通の事になる前の段階の現象である。国民が政治に求めるべきは根拠のない期待感ではなく、地に足を付けた現実の変更である。それを考える時に来ている。
■6月《癸巳田中塾》のお知らせ
田中良紹さんが講師をつとめる「癸巳田中塾」が、6月26日(水)に開催されます!田中良紹さんによる「政治の読み方・同時進行編」を、美味しいお酒と共に。ぜひ、奮ってご参加下さい!
【日時】
2013年 6月26日(水) 19時〜 (開場18時30分)
【会場】
第1部:スター貸会議室 四谷第1(19時〜21時)
東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 302号室
http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml
※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。
【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。
懇親会:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。
【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分
【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、記入欄に「年齢・ご職業・TEL」を明記してお申し込み下さい。21時以降の第2部に参加ご希望の方は、お申し込みの際に「第2部参加希望」とお伝え下さい。
http://www.the-journal.jp/t_inquiry.php
(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)
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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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THE JOURNAL
THE JOURNAL編集部
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コメント
7月31日(水)が田中塾の最終回とのこと、何か非常に寂しい。新しい形で再スタートするようであるが、良質な言論活動の場が失われるのは、この国の将来を暗示しているようです。
国の責任の第一は国民の安全の確保であり、第二は国民の財産の確保であり、我々70年代の安保を経験したものにとって、国の安全を全面的に米国にゆだねることに激しく抵抗した経験を持っています。今回、TPPという経済の全面自由化が進もうとしていますが、本質的には、私は経済を米国にゆだねる経済安保と見ています。米国より強い経済力を持ちながら、米国を救うため、わが国が自主性を放棄し米国スタンダードに従い、間接的ながら米国に財産の確保をゆだねることにつながります。これで、日本という国が民主的ルールに則った形で防衛、経済とも米国ナイズが完全に完成したことにつながるのです。私の見方が間違っているかもしれないが、確立はかなり高いと見ています。田中塾のような良質な話が聞ける場が、また、自由な形で意見交換する場が失われるのは大変残念なことです。
(ID:18367902)
私一人コメントしており、控えようかと思いますが、貴重な違った視点からのご投稿に感謝し、コメントします。
田中先生のお話を読みながら,能天気な民主党に無性に腹が立ってきます。アベノミクスなどは、TPPともども米国と大企業に対する支援策以外の何物でもなく、時間がたつにつれ、化けの皮がはがれてくるのは自民党も承知していて、最低参院選までもってほしいと考えているのでしょう。
問題は民主党です。あれだけの大敗をしながら、反省が徹底していない。国民と遊離している次のようなことに対して党としての出直しが出来ていません。
① 党の公約を破ることは、党の存在を己自身が認めていないことにつながります。
② 消費税など公約に反する政策を行うためには、民主主義の基本として、最低民主党内での採決が必要である。
③ 己の信念を遂行するために、国民の声が不在となる。己の信念が国民の声より優先する。
政権党として、国民の信認を得て政治をしようとするのであれば、最低の民主主義のルールは徹底しなければならない.党内議論が割れる場合、話し合いが進まなければ、最後は採決し、決ったことはたとえ反対であっても従うことである。当たり前のことで、たいしたことではないが、この点は自民党は徹底しています。
このようなことは当たり前の民主主義のルールであるが、党是としなければ、民主党に投票しようとする人が出てきません。
私など、政策以前の党としての基本を確認できなければ、同じことの繰り返しが続くだけであり、次の参院選、どこに投票してよいか全く分からなくなってしまう。多くの人が二大政党は必要と考えながら、自民党以外の党が育たないことにいらいらしているのが実情でしょうか。