THE JOURNAL

【無料公開】田中良紹:主権回復を目指す日

2013/04/28 07:28 投稿

コメント:2

  • タグ:
  • 田中良紹
  • 国会探検
サンフランシスコ講和条約が発効した1952年4月28日を記念して政府主催の式典が開かれる。政府はその日を「主権回復の日」と呼ぶ。しかし日本の現状を直視すれば「主権は完全に回復された」などとおめでたい事を言う気になれない。この国の主権を本気で考えるなら、その日を「主権回復を目指す日」とすべきである。

安倍総理は記念式典を開く意義について「日本が占領されていたことを知らない若い人がいる」と述べたそうだが、7年間の占領期について内実を知っている日本人は安倍総理も含めてほとんどいない。GHQによって占領期は厳しく情報統制されていたからである。従ってもっともらしく言われる戦後史も、それぞれの立場がそれぞれに都合の良い情報を言っているに過ぎず、日本人はスタート時を知らずに戦後史を語っている事になる

私がそれを痛感したのは1976年に起きたロッキード事件である。この事件は右翼民族派の領袖で自民党の前身である自由党に結党資金を出した児玉誉士夫がアメリカ軍需産業の秘密代理人であったとするアメリカ議会の暴露から始まった。なぜ右翼民族派の領袖がアメリカの手先となったのか。メディアの取材はそこからスタートした。

「占領期の7年」に解明のカギがあり、新聞もテレビも占領期の情報発掘に全力を挙げた。全社が独自のソースを追って発掘した情報は毎日がスクープの連続で、これほど各社のニュースが面白かった事はない。私も生存するGHQ関係者、諜報機関員、旧軍関係者らを追いかけて占領期の闇を探った。

しかし東京地検特捜部が政治家をターゲットとする捜査に入ったためメディアの「発掘作業」は2か月ほどで終わり、ついに占領期の闇が解明される事はなかった。私の胸には闇の深さだけが残った。その後アメリカの情報公開法によりCIAの機密情報が公開された事や、ノンフィクション作家の発掘作業などによって知られざる戦後史の一端は解明されてきた。

児玉誉士夫や読売新聞社社主正力松太郎がCIAの協力者であった事、アメリカの雑誌「ニューズウイーク」東京支局長が上司のハリー・カーンと共に日本の戦後政治を動かし鳩山一郎や岸信介を総理に就任させた経緯、表向きは追放された旧軍関係者が冷戦の始まりと共にCIAにリクルートされて復活した事など、ロッキード事件当時の取材と符合する事実が次第に明らかになった。しかしそれでもまだ占領期の全容が解明された訳ではない。

一方、サンフランシスコ講和条約は日本の領土を確定したが、それが今では周辺諸国との深刻な対立の遠因となっている。サンフランシスコ講和条約で日本は朝鮮、台湾、南洋諸島、南沙諸島、西沙諸島を放棄し、さらに南樺太と千島列島を放棄したが、国後、択捉両島が千島に含まれるかどうかで変遷があった。当初日本政府は含まない旨を国会で答弁し、二島返還でソ連との交渉に臨もうとしたが、アメリカのダレス国務長官に四島返還でなければ沖縄を返さないと脅され、日ソ平和条約を締結することが出来なかった。

また沖縄を含む南西諸島や小笠原諸島はアメリカの信託統治領となり、アメリカの統治下に置かれた。沖縄県民が4月28日を「屈辱の日」と呼ぶのは、自分たちの主権は回復されず、切り離されたからである。それから20年後に沖縄の本土復帰は実現するが、返還交渉の密使であった故若泉敬が悔悟するように、沖縄は「返還」と言うより「基地の固定化」をもたらした。アメリカにとっては基地機能をいささかも失わずに行政費用を日本に押し付ける事に成功した。

南西諸島の中に問題の尖閣諸島もある。アメリカが南西諸島を日本に返還した以上「尖閣諸島は日本の施政権下にある」とアメリカが言うのは当然である。しかし決してアメリカは「日本の主権下にある」とは言わない。それがアメリカの立ち位置である。サンフランシスコ講和条約に中国は参加していないが、それ以前のカイロ、ポツダム宣言で中国は連合国の側におり、戦勝国の一つなのである。

だからアメリカは共産中国に核保有を認めた。核保有国とは第二次大戦の戦勝国で、戦後の世界を支配する側である。核を持つ国同士が戦争をすることはありえない。米ソ冷戦とは支配する側の中での覇権争いゲームであった。ソ連が自滅した後は、米中が覇権を争う趨勢にある。そのソ連崩壊直後から私は、冷戦後の世界を一極支配しようとするアメリカ議会の議論を見てきた。

そこで語られていたのは、日本にアジアで大きな役割を担わせないために、アメリカがこの地域で優勢な軍事力を展開するという戦略である。日本が存在感を強めればアジアは不安定になるというのがアメリカの認識で、それをさせないために日米同盟を強化すると彼らは考える。昔から言われてきたがやはり日米同盟とは日本を自立させない「ビンのふた」なのである。

その上でアメリカが考える「同盟」とは「アメリカに保護されていると思わせ、独立主権国として行動するために必要な外交能力と国防能力をはく奪するシステム」である。それを知ってか知らずか「日米同盟強化」を叫ぶ安倍政権の誕生を見ると、過去のアメリカ議会の議論を思い出してしまう。

安倍総理が「主権回復の日」に抗議する沖縄県民の心に想いを致すなら、むしろその日を「占領期の歴史に光を当て、日本国民の戦後史を見つめ直し、独立主権国家を回復するための一歩を踏み出す日」とすることをお勧めする。

【関連記事】
■田中良紹:なめきられる日本(4.14)
http://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar196367
■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article

22910441d5edd7d54ad260f5b6b9a400eb5013d6<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

ブロマガ会員ならもっと楽しめる!

  • 会員限定の新着記事が読み放題!※1
  • 動画や生放送などの追加コンテンツが見放題!※2
    • ※1、入会月以降の記事が対象になります。
    • ※2、チャンネルによって、見放題になるコンテンツは異なります。
THE JOURNAL

THE JOURNAL

THE JOURNAL編集部

月額:¥550 (税込)

コメント

田中先生の戦後史の解説を伺いながら、安倍総理はじめ現在の権力権益保持者に、敗戦国としての自覚が全く欠けている事に唖然とせざるを得ません。一昔前の政治家は、敗戦国としての屈辱を知っているから、米国より前に中国と手を結び、米国の鼻をへし折るような芸当をしました。最近の政治家は、米国と中国が経済的には密接な関係を築き挙げているのに、逆に尖閣問題など表に出さなくてもいいことを、外交問題化してしまう。解決策をもって問題化するのであればまだしも、問題化して対立を煽るような現状は、大人の政治家のすることでなく、米国従属化子供の政治がますます酷くなっていくような気がしています。ポピュリズムを超えたナショナリズムの害毒は、戦争敗戦の怖さを知らないところから始まっているといえるのではないか。

No.1 140ヶ月前

日本にとって米国とはどういう存在なのだろうか?時々不思議に思うことがある。何故ならそういう発想はなく、逆に米国にとって日本はどういう存在なのかと日本人自身が気にすることが多いからです。議論すると必ず逆の発想でくる。そういう考え方がより合理的?な考え方だと思ってしまう。肝心なのは、根っこのところでのスタンスを堅持しながら、現実の問題には柔軟に対応するというごくごく当り前の政治の世界で、戦後このかた常に米国の言うことに反対せず追従する人と、逆に米国に反対することが何か新しい動きになると単純にしてしまう中での安部政権が誕生したことだ。日米関係が変質してから久しいが、ついに「先の大戦」を「侵略かどうか専門家にお任せします」と委員会質疑で述べる首相を選んでしまった。拍手する人は新しい動きとして歓迎し、批判する人は米国がどういう反応するか気にしている。「日米同盟」がビンのフタなのは、日本のこうした主体性の全く無いことが、国を誤らせて暴走することを防ぐことだと思う。安部首相はたまたま新経済政策が他の国とうまく呼吸があっただけで、高い評価に調子に乗って自分の本音を喋ってしまった。それがどれだけ自分の立場を弱めてしまうということを考えているということは無い。改憲をすれば国が強くなれるということは無い。少し考えれば分かりそうなものだが・・・。

No.2 140ヶ月前
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事

継続入会すると1ヶ月分が無料です。 条件を読む

THE JOURNAL

THE JOURNAL

月額
¥550  (税込)
このチャンネルの詳細