トランスルーセント 1―彼女は半透明 (MFコミックス)

 猛暑が続いています。ぼくはひたすらエアコンが効いた部屋にひきこもりキーボードを叩く日々ですが、皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

 はっきりいってぼくの「仕事」は楽です。まさに「俺のブロマガがこんなに楽なわけがない」。あとは会員を2000人くらいにまで増やして、問題なくこれで暮らしていける体制を作ることだと思います。遠い目標だ……。

 もうちょっと苦心して書くべきかとも思いますが、苦しんだところでクオリティアップするわけじゃないですからね。すらすらっと書いていても、書き上がったものがおもしろければそれでいいのだ!

 じっさいおもしろいかどうかは皆さんの審判をお待ちするしかありませんが、まあ、最近、極端に会員が減っているわけでもないので、それなりなのではないでしょうか。

 そうでもない? いやしかし、まるでおもしろくないと思うひとは読むことをやめればいいだけですから、たぶん読みつづけているひとたちはどこかしら良い所があると思っていらっしゃるのでしょう。

 で、きょうはその「良いところ探し」の話をしたいと思います。前置きが長いね。

 良いところ探しとは、字義通り、ひとや物や作品の良いところを見つけ出すことを意味します。それはものすごく意味があることだと思うんですね。

 良いところ探しがうまいひとは、確実に他人に好かれるし、必要とされます。それはひとつの能力、あるいは才能だからです。

 良いところを見つけるとはどういうことか? それはつまり「価値を発見する」ということです。

 価値とは無条件に存在しうるものではありません。だれかが発見し、創造することによって初めて生まれるのです。

 たとえば、ほんとうに見る目があるひとは、無名画家が描いた絵でも、その良さを認め、そこに価値を発見することができます。

 そうやって発見されて初めて、その絵は価値があるものと認められることになるわけです。

 価値を発見する能力はきわめて貴重なものです。ほんとうに人生を楽しめるひとは、何気ない風景のなかにも、価値を見つけ出すことができます。

 一方、あらゆるものに価値を認めないひともいて、そういうひとにとっては世界は実につまらない、くだらない場所としか思えません。

 かれは批判精神が豊かなのではなく、ただ、価値を見つけ出す能力が低いだけなのです。

 しかし、そういう生き方は、一面、安全でもあります。かれは何ひとつ価値を提示することはできませんが、それだけに自分自身を晒す心配がありません。

 「こんなものくだらない」と云っているかぎり、かれ自身の価値観はあらわにはならないのです。そういう意味ではかれは守られています。安心な人生といっていいでしょう。