出版不況が叫ばれるいまも、漫画出版はあいかわらず盛況である。一時期に比べセールスは落ちているのかもしれないが、それでも毎日新刊が発売されている。こういう状況では大半の作品が新刊の波の底に沈んでいく。
森秀樹『青空しょって』も、埋もれてしまった作品のひとつだ。決して忘れ去られたわけではないにしろ、いまでは語られることの少ない作品だといえるだろう。しかし、ぼくにとっては、紛れもない名作である。そこで、今日はこの作品の魅力について語ることにしたい。既に一般書店で単行本を入手できなくなって久しいが、古書店で見つけたとき手にとってくれるひとが増えれば幸いだ。
Amazonに書影もないことであるし、『青空しょって』というタイトルだけでは、この漫画が何を描いているのかもわからないかもしれない。実はゴルフ漫画だ。それも最高のゴルフ漫画だとぼくは信じる。初めの方こそ荒唐無稽、無茶な展開も多かったが、後半へ行くに従い絵柄も物語も進歩し、波乱万丈、痛快無比の物語が幕をあける。それだけに前半後半で矛盾も少なくないが、全体の魅力を考えればささやかな瑕疵というべきだろう。
主人公は十代の少年ゴルファー、飛田一八。プレイ中にコースから逃げ出した父親を持つかれは、数々のライバルとの戦いを経て、超一流のプロゴルファーへと成長していく。語りつくせないほどたくさんの名エピソードがあるのだが、今日はマスターズトーナメント予選のことを話すとしよう。
若くして世界最大のゴルフ大会マスターズに招待された一八は、二日間の激闘の末、ほぼ予選敗退が決定する。しかし、運命はかれに皮肉な展開を用意していた。一八がホールアウトしたあと、ある選手がスコアを落とし、予選通過の目が出てきたのである。
その選手とは、一八の親友であるジョー・スタンガン。スタンガンが十八番でボギーを叩けば、一八はかれと共に予選通過できるのだ。しかし、なぜか一八はスタンガンを全力で応援する。
「優勝候補のスタンガンがギリギリ44位なんてみっともないぜ!! バーディでギャラリーをわかせてやれよ!!」
不審に思ったキャディが一八に「なぜだ?」と尋ねると、一八はこう答える。
「オレはもうホールアウトしたんだぜ! 結果は+6だがオレは十分やった! 自分の力量のなさを棚にあげて他の選手のミスを願うことがゴルフか? このオーガスタでそんなことはやめようよ! 欲をいえばきりがない! 本心をさらけ出せば自分がみじめになるだけじゃないか! いまのオレはプレーを見守るギャラリーの一人にすぎないんだ! 予選通過は忘れて精一杯の応援をするさ! カッコよくありたいんだ」
一方、プレイ中のスタンガンとキャディはこんな会話を行っていた。
「トビー(一八のニックネーム)は+6だってよ! ジョー、おまえがひとつスコアを落とせば彼も予選通過さ! どうだい、このホール ボギーをたたいてかわいそうなトビーを救ってやろうじゃないか!」
「変なこというなよ、マイク! オレみてェな天才がどうすりゃボギーをたたけるんだい? このホール バーディでいいかい?」
「仕方ない! トビーにはオレからあやまっとくよ! さあ第二打をグリーン直撃してやれ!!」
しかし、スタンガンの第二打は惜しくもバンカーに吸い込まれる。一八は呟く。
「あと50センチ! 50センチのびていたらカップに寄っていたのに!!」
その言葉を耳にしたキャディは驚き、覚悟を決める。そして第三打、スタンガンはグリーンにボールを乗せるが、長いパーパットがのこる。それを目にした一八はひと言もらす。
「つっこめよ! スタンガン!」
その言葉を耳にしたスタンガンは、「サンキュー!」と答える。
「サンキュー、トビー、きっと沈める!!」
相手を地獄の底に叩き落とすことこそ男たちの友情、プロゴルファーとしてのプライド。スタンガンは手加減することなく、パットを試みる。しかし、ボールは惜しくもカップを外れ、一八は予選通過するのだった。
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