弱いなら弱いままで。

松坂桃李主演の映画『娼年』は清冽なエロティシズムただよう佳編だ。

2018/04/23 22:02 投稿

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 最近、Bluetoothのワイヤレスイヤフォンを購入したので、iPhoneに繋ぎ、音楽を聴くかたわら、石田衣良のポッドキャストを聴いている。

 定番の人生相談なのだけれど、回答の冴えがさすがに素晴らしく、聴いていてとても楽しい。

 まったくキャラクターは違うものの、平気で「その男はクズだから、別れたほうがいいよ」などとアドバイスする突き放した距離感がふしぎとちょっとペトロニウスさんを連想させる。意外と毒舌なのである。

 それにしても、ほんとうによくバランスの取れた人だ。ただクールでセンスが良いだけの人物なら他にもいるだろうが、この人は優しさと冷ややかさのバランスが絶妙である。さすがに20年もベストセラー作家を続けている人はちがうとしかいいようがない。

 相談内容は多岐にわかっているものの、当然というべきか、恋愛とセックスの話が多く、他人の恋愛話を聞いたり読んだりすることが好きでならないぼくとしては実に興味深い。

 そう、ぼくは自分はまるで恋愛感情を抱くことがないのに、他人の恋愛話はすごく好きなのだ。

 そもそも、自分のことより他人のことが気にかかる性格だから小説を読んだり、映画を見たりするのである。自分のことを何より優先するべきだと思っていたら、他の生き方を選んでいただろう。

 しかし、恋は盲目だとよくいうが、こういう相談を見ていると、人はほんとうに恋をすると色々なことが見えなくなるものなのだなと感じる。

 いままで盲目の恋に落ちたことなどないばかりか、ろくに人を好きになった経験もないぼくからすると、ちょっとふしぎな感じだ。

 いったい人を恋するとはどういう気持ちなのだろう。とても気になるのだけれど、ひょっとしたらぼくは一生無縁かもしれない。今年は40歳になってしまうわけだし。

 どうも、ぼくの心の花壇には、一向に恋の花が咲く気配がないようだ。

 そもそもそこに埋まっているのはダイコンやらニンジンばかりで、深紅の薔薇なんてまるで見あたらないようなのである。いや、ほんと、困ったものだ。うーん。

 さて、きのう、その石田衣良が原作を手がけている映画『娼年』をみてきた。これが想像以上に良い作品で、いまの日本にはめずらしいようなアダルトな、それでいて品のある一本にしあがっていて感心させられた。

 館内にはきれいな女性たちもたくさん来ていて、ちょっと感想を訊いてみたいような気がした。

 ほとんど全編の半分くらいは濡れ場という官能的な映画だけに、女性の目からみるとどういうふうにみえるのかは気になる。

 いっしょに映画をみたてれびんは何やらぶつぶつ文句をいっていたけれど、きっと奴には人を愛する心の切なさがわからないのだろう。

 こういう輩には愛と性の清冽な深淵を描く大人の作品はふさわしくない。『クレヨンしんちゃん』の新作でもみせておけばいいのである。

 映画は、さまざまな理由から松坂桃李が演じる大学生の「娼夫」を買い、セックスに溺れる女性たちを描いている。

 どこか陰のある美青年を演じ切った松坂桃李もいいのだけれど、物語の中心となるのはかれの前に次々とあらわれる女性たちのほうだ。

 彼女たちのほとんどは変態的とも取れる欲望を隠し持っているのだが、それは物語のなかでは決して否定的に描かれない。

 じっさい、ぼくはみていて中年を過ぎた女性たちの可憐さに心を打たれた。

 それぞれに性と欲望に関わる悩みを抱えた女性たちをみていて、人間とは、そして女性とは、なんと可愛いものなのだろうと思ってしまったのだ。

 じっさい、「レズ風俗」を扱った本を読んでみると、客の女性たちは性風俗店を利用するときも、「こんなおばさんで大丈夫なのだろうか」などと自分の年齢を気にしたりするものなのだそうだ。

 男性の場合は娼婦を買うときにそんなふうに自分のことを気に留めることはないだろうから、女性のこういうところは可愛い。

 男がいつまで経っても大人になれないということとはまた少しちがう意味で、女性はずっと心のなかにひとりの幼い女の子を住まわせていたりするのかもしれない。

 物語は、たくさんの女性たちとの性的な関係を経て、主人公が変わっていくさまを丹念に綴っていく。

 非常にエロティックな、倒錯的ともいえる作品ではあるが、決して下品に堕さず、むしろ全編にわたって気品すらただよっている辺り、石田衣良の原作をほんとうに巧く処理していると感じた。

 なかなかお奨めなので、近くの映画館で上映しているという方がいらっしゃったら、ぜひ、みてみてほしい。

 この水準でセックスを描いた映画は日本では相当にめずらしいだろう。

 出てくるほとんどが女性たちは綺麗ではあるが中年以上の年齢なので、女性は若いほうがいいの、熟女に限るの、胸は大きいのがいいの小さいほうがいいのと非本質的な話に走りがちな日本の男性たちにとっては、かなり刺激的な映画だといえるだろう。

 まったく、こういう作品をみていると、ぼくの心の花壇の荒涼とした光景が何だか寂しく思えてくるよね。

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海燕

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