歳をとると涙腺が尿道ぐらい緩くなるので、上も下もビショビショになって困る。さっきまで小便を漏らしながら大号泣していた。僕は赤ん坊の頃さえ、小便を漏らして大号泣しなかった人物なので、今はもう、開放感をも超えて、何も感じなくなっているかのようである。ジュリーのせいだ。まさか、沢田研二の「ジュリー」が、あの「サウンド・オヴ・ミュージック」のジュリー・アンドルーズから採られているという事実を知る人も多くはいまい。
沢田研二が昨年75歳になったからか、BS、CSの奴隷をやっていると「ジュリー祭り」みたいなものばかり見るようになり、まあまあヨージ・ヤマモトの寅さんシリーズ中(僕が勝手に、山田洋次をこう呼んでいるだけ。因みに女優の左幸子は「左sahiko-M」。我ながら天才だと思う、こういうことだけな!!)、沢田研二と田中優子の結婚のきっかけとなった「寅次郎、なんとかかんとか」というのは、倍賞美津子(さくら)がどんだけ可愛く、僕がどれだけ妹が欲しかったがわかるばかりで、ジュリー自体はどうってことはなかった。
が、森田芳光の最高傑作「ときめきに死す」(84)と、沢田研二のさいアリでのライブ「まだまだ一生懸命」(23~24)を並べて見たらもうダメだ。この2本立ててで、小便を景気良くブッ放しながら号泣しない人物に対しては、まあ、、、、、そうだね。諦めるしかない。
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>>1
吉田健は僕、(比べることじゃないですけど)、東京事変の彼の方よりも遥かにグルーヴと才気があると思うんですけど、多分、体育会系でおっかないんでしょうね笑。あの生意気で気難しい2人(Kinkiのことね笑)を服従させてましたもんね。みんな抱きしめて。みたいな番組でも(拓郎の前では出張らない。とか、すげえ規律正しいなと思ってました笑)。
柴山和彦ですが、健康面でないことを祈ります。本当にそれだけ。
(ID:30075620)
杉原さんてたぶんあの方だったのだろうな、と後から思ったのですが、ビルの地下のビストロ、三、四回ほどしかうかがってませんが、一度、オーダーした時に「それだと量が多すぎますよ」と軽くたしなめられてしまいました。それでも我々、「いや、お腹空いてるんで大丈夫です!」と強行突破したものの、彼の予想どおり、お料理残してしまったんです。「ほら、申し上げたとおりだったでしょう?」と言われたときに不思議と全く悪い気はせずに、むしろちょっと嬉しかったような気がしたのだけ、何故か記憶に残ってます。
ジュリーの昔の歌番組出演を集めたBS TBS?の特番を何気なく録画してあり、つい最近観ましたがあの頃の歌番組(主にベストテン)豪華でしたね。でも順位が下がるといきなりセットもなく、はい、それままバンドの前でお歌いください、と黒柳さんに言われてたジュリー。衣装のひとつひとつも、凝視してしまいました。
(著者)
>>3
くりいむしちゅ〜の上田にちょっと似た方です笑。多分、その思い出の方だと思いますよ。
ベストテンはJ-POP前夜、歌謡曲の爛熟期でしたね。